黒い髪が強く日の光を弾いて銀に輝くのを見て、保安官は眼を細めた。自分のくすんだ金髪とは
違い、あの青年の髪は良く輝く。
両手一杯に真っ白い花を抱えて、とことこと歩いていく様は、酷く洒落ているようにも見えるけ
れども、同時に妙に幼く見えた。
事実、保安官の眼から見た青年は、あまりにも幼い。まだまだ筋肉も未発達な腕と、細い脚。頬
も丸みを帯びている。きらきらと光る眼だけが、異様に大人びているが、しかしそれもとある拍子
には悪戯めいた眼差しに変わるから、絶対的ではない。
酒場の窓から青年の頭が移動していく様子を見やりながら、あんなに花を持って何処に行くんだ
ろうな、と思う。馴染みの女でも出来たのだろうか。青年が、この町の周囲を縄張りにし始めてか
ら随分と経つから、そういう事があってもおかしくないのだが、あの幼さを思えばそう言った艶め
いた事が遠ざかっていく。
だから、結局妥当なところに思い至らず、保安官は考えるのを止めた。
蝉時雨
「おもしろいガキだね。」
酒場のマスターは、保安官が何を見ているのかを察して、保安官の背中に向けて、そう言った。
グラスをきゅっきゅっと拭きながら、したり顔で話を進める。
「あれは、面白いガキだ。初めて此処に来た時も、金髪碧眼の男っていう情報だけでこの荒野から
たった一人の人間を捜し出すなんて突飛な事を言ったけど、その為に賞金稼ぎになるだなんて、
やっぱり面白いガキだよ。」
尤も、青年の判断は間違ってはいない。
この西部で今一番力を持っている者と言えば、それは保安官などではなく、ならず者と紙一重の
位置にいる賞金稼ぎだろう。人を撃ち殺してその対価として支払われる金で生きる彼らは、しかし
一歩間違えれば、奈落の縁にまで転落する。そしてそのまま、今まで自分達が狩っていた賞金首に、
今度は自分達が成り下がるのだ。
それを防ぐために、優秀と言われる賞金稼ぎ達は、徹底的に情報網を張り巡らせる。街と言う街
に細かい網を張り、そこに引っ掛かる情報を精査する。優秀な賞金稼ぎであればあるほど、狩りそ
のものよりも、情報を精査するほうに時間を掛けるのだ。
間違って、無辜の人間の命を狩って、転落しないように。
だから、人探しをしているという青年が、賞金稼ぎになったというのは頷ける話だ。むろん、青
年がそこまで考えているのかは分からない。もしかしたら、単に手っ取り早く金を稼ぐ方法として
その職を選んだだけかもしれない。
けれども、そこに至る経緯はどうでも良い。重要なのは、結果としてそこに至ったという事実だ
けだ。彼が賞金稼ぎになっただけでも、彼に十分に利く鼻があるという事を知らしめる。
それも含めて、マスターは、面白いと言っているのだろう。
「いやいや、暴漢に襲われそうになったところを助けてくれた男を捜すだなんて、今時珍しい、随
分と一途な奴だと思ったんだが。」
それがどうしてどうして。
「あんなに賞金首を狩って来る人間だなんて思うかね。」
賞金稼ぎとなる為に、青年がまず手始めにやった事は、路地裏に屯している、人身売買紛いの事
をしている連中だった。小物と言えば小物だが、如何せん数が多い。だが、西部に到着して一日目
に襲われたという腹いせもあってか、青年はしつこく男達を追い詰め、全員捕縛する事に成功した
のだ。
その後も、性質の悪い賞金首を、ちまちまと潰していき、小物を全て食い潰した時には、この町
は青年の縄張りになっていた。
以前いた賞金稼ぎ達が、数回青年に吠えているのを見かけた事はあったが、その後、見なくなっ
た。さしずめ青年に追い払われたか、或いは銃でも抜いてそのまま返り討ちにあったか。前者なら
ば良いが、後者ならば憐れと言うよりも愚かだ。自分が先に銃を抜いた以上、殺される事は覚悟し
なくてはならない。それが西部の掟だ。
「この町も随分と治安が良くなった。そう思わないかね?保安官殿だって、感謝はしてるんだろう?」
「……直接、話をする事はないからな。」
マスターの言葉に、保安官はさらりと返した。
「顔を合わせる事もない。擦れ違う事はあるが………。」
「賞金を渡す事が、あるだろう?」
「それは、助手の役目だ。」
眼を丸くしているマスターに、保安官は淡々と返す。
実際、保安官は青年と絡む事はない。保安官と賞金稼ぎという事で仲が悪いから、とかではなく、
本当にそんな機会がないのだ。
確かに、青年のおかげで、以前のように殺伐とした雰囲気はなくなった。以前は、何処で聞きつ
けたのか、保安官の銃の腕に眼を付けて決闘を申し込んでくる無法者が多かった。それが、青年が
この町を縄張りにし始めたあたりから、徐々に減っていった。どうやら、無法者がこの町にやって
来る前に、青年に食い散らかされているらしい。
だが、それについて保安官がわざわざ感謝を言いに行くのもおかしな話だ。それに、青年も特に
保安官についてなんらかの興味を示そうとはしていない。だから、逢う機会がなくてもないまま、
それに任せているのだが。
「……別に、仲違いをしているわけではない。」
「そりゃ、分かってるよ。誰も、保安官殿と、あのガキの間で争いが勃発するだなんて心配はして
ないさ。ただ、顔を碌に合わせてもないってのが、意外だっただけで。」
あのガキは金髪碧眼の男を捜してるんだぜ。
「だから、保安官殿を見れば、何か言うんじゃないかと思ってたのさ。」
「最初、この酒場の入口で擦れ違った時、何も言われなかったが。」
「まあ、逢ったら魂の形ですぐに分かるとか、乙女な事を言ってたから。本当にそう思ってんのか
ねぇ?」
「……だったら、賞金稼ぎなどにはならんだろう。」
きっと、あの青年は誰よりも現実的だ。今も注意深く、捜し人の情報を見つめている。
「それに、魂の形で分かるというのは、乙女な言葉なのか………?」
むしろ、いっそ、生々しい。
匂いや熱、眼の光などではなくて、魂の形なんて。人間の魂など、強烈で苛烈で、見つめていら
れないほど貪欲だろうに。
それとも、分かるのか。分かるのかもしれない。
「ま、いいんじゃないのかね。この町もある程度平和になった。喜ばしい事じゃないか。」
グラスを磨き終えたマスターが、よっこらしょと言いながら背筋を伸ばし、酒瓶の置いてある棚
を片付けに掛かる。
その後ろ姿を見やりながら、保安官は懐にあった葉巻を咥え、青年が消えていった方向に視線を
漂わせる。その先からは、果てしない喧騒が聞こえてきそうな気がした。
「……………。」
確かに、保安官が手を下さねばならない獲物の数は、格段に減った。青年の名が上がれば上がる
ほど、無法者達はこの町を迂回するようになるだろう。
保安官と青年では、決闘の条件が全く違うのだ。
保安官を殺したところで、賞金の額が増えるだけの話。けれども青年を殺した場合は、おそらく
報復がある。まるで氷が水に溶けるように、この町に馴染んで見せた青年。きっと、あちこちに馴
染みの女がいて、今も何処かで賞金稼ぎ仲間達と騒いでいる。彼が溶け込めば溶け込むほど、この
町は華やいで、騒がしくなる。
そして、彼を撃ち落とした時の報復の数も、必然的に増えていく。
だから、その報復を恐れて、無法者達はこの町を迂回する。何者も恐れぬならず者達も、命は惜
しい。娼婦や賞金稼ぎ達から憎まれ、弾かれる事は恐ろしい。
この町の平和は、そうした恐怖の上に成り立っている。
だから、きっと。
あの黒髪の青年が、この縄張りに飽いて、いなくなった時。
この平和は、瓦解する。
それは、そう遠くない未来だろうし、そうなった時の自分の行く末は、楽しいものではないだろ
う事は、予想がついた。けれどもその未来は、青年によって先延ばしにされた、何れ訪れる未来だ。
青年がこの町に居続ける理由がない限り、未来に変更はない。
そして、保安官は、その未来を捻じ曲げるつもりは、毛頭なかった。