19世紀後半のアメリカ。
  ちょうど、最初の大陸横断鉄道が開通したその翌年、カリフォルニアで発見された金鉱や新天地
 を夢見てごったがえす西部行きの列車の中に、まだ未発達な身体を持て余した青年の姿があった。
  白い肌に黒髪黒眼の端正な顔立ち。着ている物も小奇麗で、所謂労働者階級とは一線を画してい
 る。時折零れる声の端々に、柔らかな南部訛りがある事から、恐らく南部の綿花畑で一山当てた貴
 族なのではないかと推測される。
  けれども、南北戦争終了と共にこうした南部貴族は消えていったから、もしかしたら彼は、斜陽
 していく彼らの残滓であるのかもしれない。没落貴族が西部に向かう事は、珍しい話ではないのだ。
  ただ、列車に揺られる青年の表情に、そうした貴族達の中に見られる疲れ切ったような諦観の念
 は何処にも見られなかった。
  ともすれば冷たそうに見える端正な顔は、その口の端に微かな笑みによって打ち消されており、
 瞳は日の光を受けてきらきらと閃いている。氷の像の冷たさとは正反対の、酷く人間じみた表情で、
 青年は列車の窓から見える風景を追いかけている。
  不気味に声を響かせて飛んでいくハゲワシの群れ一つ、一つ間違えば列車の脱線にも繋がり掛け
 ないバッファローの群れ一つにも、まるで子供のように眼を輝かせて身を乗り出す。貴族ならば顔
 を顰めるであろう列車の黒い煙にも、それが窓を覆う度に付着した煤を指でなぞって、色んな絵や
 文字を描いては喜ぶ。
  悲愴感の一切ない様子は子供のそれ。
  しかし、その腰に帯びている厳めしいガンベルトには、黒光りする物体がしっかりと存在を主張
 し、彼の属性を知らしめている。
  むろん、銃自体を帯びる事は珍しい事ではない。だが、ベルトに差し込まれた銃は一丁ではない
 し、銃以外にも物々しいナイフが何本も下げられている。その様子は、これから観光にいくなどと
 いう生易しい態ではない。
  明らかに、前人未到の地に赴くか、或いは人の屍で城を作るかのどちらかを目的としている。
  そう思えば、列車に乗って無邪気に笑う青年の表情が、何処かぎらついたものであると気付いた
 だろう。しかし、大抵の人間は、青年の端正な顔と身体付きに眼を奪われて、その属性を完全に見
 抜く事は出来ずに終わる。
  それは、青年がこれから辿りつこうとしている西部の地でも同じ事だった。

  


    清囀





  列車から流れ出る人ごみに押されるようにして、青年は駅に吐き出された。
  石炭の臭いと人間の体臭で、むわっとする空気の中で、けれども青年は涼しげな表情で辺りを珍
 しそうに見渡している。
  その姿に、行く人々が好奇に満ちた眼差しを向けるが、そんな不躾な視線など意に介さないと言
 わんばかりの態度で無視してのける。その様は、まるで貴族。けれども、貴族と言い切るには表情
 が冷たくない。
  労働者階級にはあるまじき端正さと、貴族にはあるまじき表情の豊かさが、その両方から好奇の
 目で見られる。
  しかし、当の本人はそんな眼差しは自分には関係ないと言わんばかりに、人のごった返す駅のホ
 ームから離れていく。
  これからどうするつもりなのか、は実は青年自身も考えていなかった。青年は、ただこの地に来
 たかったのだ。勿論、目的はある。ただ、その目的の為に、これからどうするべきなのかは、そこ
 まで深く考えていなかったというのが正直なところだ。ただ、ひとまず、この地に来ない事には話
 にもならなかったのだ。
  この地に来る事さえ出来れば、後はなんとでも出来る。
  そう思っていたし、なんとか出来る自信もあった。
  青年は、自分の体躯が一般よりも飛び抜けている事を理解していたし、他者を惹きつける術も持
 っていると自負していた。また、何か危機が迫っても、それを掻い潜るだけの力も身に付けていた。
 だから、この地でも何とかやっていく自信はある。
  きっと、この荒れ果てた乾いた大地で、王者に成り上がる事だって出来るだろう。
  けれども、青年の目的は荒野で玉座に座る事ではない。本当の目的は、もっと先にある。その為
 に、まずどうするべきか。
  考える青年の背後で、不埒な影が躍った。
  それは、未だ治安の不安定な西部にて、銃を振り翳しては我が物顔で弱者を食い荒らす類の人種
 だった。銃を振り翳すといっても、別段銃の腕が特別良いわけではない。銃の腕で誰かを圧倒する
 のではなく、ただ銃を持って脅すだけ。しかも脅すのは自分よりも格下の相手だけという、西部の
 荒野の犯罪者の中でも最下層の位置にいるような輩だ。
  そんな輩が、たった今西部にやってきたばかりの、少しばかり見てくれの良い、小奇麗で端正な
 獲物を見逃すはずがない。そういった獲物だけを見つける事にだけは特化した鼻で、青年の後姿を
 舌舐めずりする勢いで眺めている。
  身に付けているものは高くはないが、決して安くもない。剥ぎ取ればそれなりの値段で売れるだ
 ろう。
  それに。
  乾いた大地が多く、治安も不安定で、インディアンの襲撃も多い西部では、小奇麗な恰好をする
 人間は、町の有権者か娼婦、或いは観光気分の貴族くらいだ。普通の労働者達は、日に焼け、端正
 からは遠い姿へと変貌していく。だから、小奇麗な人間は、男であれ女であれ重宝するのだ。権力
 を持った人間は、日に焼けた女よりも端正な男を抱きたがる。そういった嗜好を持つ役人に売り飛
 ばせば、まとまった金が転がり落ちてくる。
  そうやって、彼らは何人もの人間を売り飛ばしてきた。そうする事で日銭を稼いできたのだ。一
 切の罪悪感はない。
  だから、さっき列車を降りたばかりの黒髪の青年を餌食にする事にも、なんら抵抗はなかった。
  ただ、後悔もしなかったのは明らかな失敗だった。いや、後悔する暇もなかっただろう。
  青年は、いきなり絡んできた男達に眉を顰めた。案内をしてやろうと薄ら笑いを浮かべながら近
 付いてくる男達を見て、青年がある種の物乞いを思い出したのは無理ならぬ話だった。無理やり案
 内をかってでて、そして途方もない金を要求するのはよくある話だった。だから青年は絡む男達を
 振り払い、先へと進もうとする。
  が、獲物を見つけた肉食獣が執拗であるように、男達も執拗だった。男達にしてみれば、別に青
 年を言葉巧みに騙す必要はない。無理やりにでも路地裏に連れ込んでしまえばいいだけだ。見たと
 ころ、青年は優男風で、荒っぽい西部の男達には慣れていないように見える。
  ただ、それが本当に『見える』だけだという事に男達が気付いたのは、青年を路地裏の入口にま
 で引き摺りこんだ瞬間――青年の形の良い脚が、男達の顔面を容赦なく蹴り砕いた時だった。
  脚の一振りで男三人の顔面を蹴り飛ばした青年に、容赦という言葉はないらしい。鼻血を噴き上
 げて蹲る男達に、今度は自ら肉薄するや、その股間を蹴り上げた。途端に響く、あまり上品とは言
 えない、むしろ聞くに堪えない悲鳴。

 「俺に手を出した事を、後悔するんだな。」

  零れた南部訛りの残る柔らかな声音は、いっそ何処か笑みさえ孕んでいる。男達に嬲られそうに
 なった事さえ、まるで愉快でさえあるかのように。
  地面に倒れ込んだ男の一人の顔を踏みつけながら、少し首を傾げて青年は問い掛ける。

   「ところで、お前ら、この辺で尋ね人捜しが出来るような場所って知らねぇか?俺は人を捜して西
  部に来たんだけどよ。こっからどうすりゃいいのか分からねぇんだ。」

  言いながら、明らかに人捜しには不要としか思えない黒光する銃を男達に向けている。きっと、
 此処で一言でも逆らうような言葉を口にしたら、青年は些かの躊躇なく引き金を引くだろう。けれ
 どもこの青年には一切のお咎めはないのだ。一応は、路地に連れ込まれかけた被害者だから。

 「お前らが知ってるってんなら、別に良いんだけどな。でも、お前らが知ってるような人間じゃあ
  ねぇだろうしな。」

  なあ、とそれでも一応確認の為か、青年は倒れ伏した男達に、追い打ちのように銃を突きつけな
 がら問い掛ける。

 「金髪で青い眼の男、知らねぇか?」

  問い掛けと共に、顔を踏んでいる脚に力が籠った。ごり、と顎の骨が音を立てる。動く事もまま
 ならぬ状態で、それでもどうにかして、分からないと男達は声を絞り出した。金髪碧眼だけでは分
 からない、と。
  確かに金髪碧眼の人口はブルネットに比べれば少ない。けれども、それだけで誰かと分かるほど
 に少なくはない。そう告げると、青年もそんな事くらいは承知していたのか、ゆっくりと頷いた。

 「だよな。でも、他に捜しようがねぇんだ。名前も知らねぇし。そいつに逢ったのも俺がガキの頃
  の話だしなぁ。顔も変わってんだろうなぁ。」

  そんなのでこの広い荒野から、人間一人を捜し出すなど、どだい無理な話。
  だが、青年は笑う。

 「ま、気長に行くかね。」

  生きてりゃ、逢えるだろうさ。