[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
黒い賞金稼ぎ。
それが、今現在ディオの背に乗る主であり、ディオの『オディオ』としての牙を折った張本人だ。
牙を折った人間としては、もう一人、茶色の賢しらな馬の主がいる。
ディオとしては、むしろ、賢しらな馬の主である賞金首のほうに、些かの興味を持っている。
かつて保安官であり、その銃の腕故に血を呼び込み、賞金首に自ら成り下がった男。
その顛末が、遠い世界の『オディオ』に結びついているような気がして、自分よりもこちらのほ
うが悲劇の幕開けに近いのではないかと思う。茶色い賞金首の、その青い眼が、いつ赤く濁ったと
しても、ディオは驚かないだろう。あの男一人で、何処まで憎しでこの世界を席巻できるかは分か
らないが、かの国の『オディオ』は普通の人間であったにも拘わらず、裏切りによる絶望で、自ら
の祖国を一夜にして滅ぼした。それと同じ事が、あの男の身に降りかかったとしてもおかしくはな
いし、降りかかったならば、やはり同じくアメリカ西部を壊滅させるだろうと思う。
それは至極当然な考えであるように、ディオには思える。そんな当然の考えを、賞金首の愛馬が、
気付いていないとは思えない。ディオと同じくらい賢しらな馬の事だ。きっと、自らの主の不安定
さは、承知している事だろう。
それを受けて、ディオが再び『オディオ』にはならないと言っているのか。
ディオよりも、より『オディオ』になるに相応しい人間が、いるから。
しかし、茶色の小賢しい馬は、違う、と呟く。
「お前の今の主が、」
黒い賞金稼ぎ。
ディオよりも、深い黒い毛並みと、暗く透明な眼を持った賞金稼ぎ。
確かに、普通の人間よりも銃の腕は立つと思うし、秀麗な体躯と時にぞっとするほど上品に揺ら
めく指先は、それこそ荒野では異質だ。まるで、何処かの貴族か、何か。もしも銃の腕がなければ、
そのまま食い散らかされてもおかしくない。けれどもそれを許さぬほどに、黒の賞金稼ぎの気性は
荒い。その色は、特異ではある。
だが、だからと言って、ディオが彼を背に乗せた時、何か特別な感情や感覚が持ち上がったかと
言えば、それはない。
黒い賞金稼ぎは、あくまでただの人間だった。
その内々に、何か特別な力を持っているわけでもなければ、高潔で神に近い魂を持っているわけ
でもない。
彼が持つのは秀麗な体躯と、その身体から繰り出される人間に許される範囲の筋力、そして金も
女もその腕に抱きこむ貪欲な魂だ。
あまりにも人間らしい魂の在り様。
「だから、」
賢しらな馬が、彼には珍しい事に、少しばかり言葉を探す素振りを見せた。普段は澱みなく、知
ったような口を利く癖に、今回は妙に言葉を選ぶ。
「あの男は、人間でなくてはならない。」
ようよう迷った挙句に、茶色の馬が口にしたのは、そんな台詞だった。
その台詞に、ディオは怪訝な顔をする。人間でなくてはならない、の前に、あの黒い賞金稼ぎは
どんなに頑張ったって人間だ。きっと、望んだとしてもそれ以外にはなれないだろう。茶色の馬は、
あの男を枠には当てはまらないと称したが、けれどもそれはあくまで人間の中での話。人間を越え
た人智を超える存在に、あの男はどうしたってなれないのだ。
そう告げると、馬はゆっくりと頷いた。
「そうだ。あの男は、そういう存在だ。間違っても、選ばれた存在などであってはならない。」
木の幹に突き刺さった剣を引き抜く英雄でも、神に選ばれた勇者でも、偉大なる種族の末裔であ
ってもいけない。
自分の中にある力だけで、世界と対峙する、ただの人間でなくてはならない。
「そうである事を、我が主も望んでいる。」
その台詞に、ディオはますます顔を顰めた。
この馬の主と言えば、茶色い賞金首。そして、おそらくこの時代この世界で最も『オディオ』に
近い存在。いつ、魔王と化してもおかしくない男。
その男が、ディオの主がただの人間である事を願っていると言う。
一体、何を考えてそんな事を口走っているのか。
確か、かの国の魔王『オディオ』は、あの賞金首も含む七人の英雄を呼びだして、そして最期に
は破滅した。オルステッドという名前の人間だった魔王が、自らの破滅を望んでいたのかどうか、
そこまではディオには分からない。だが、七人の英雄を呼び寄せなければ、当分はあのまま恐怖の
名を借りて、あの世界に君臨していたであろう事は容易に想像がつく。
つまり、魔王が破滅したのは、七人の英雄の所為。
だから、ディオの主である黒の賞金稼ぎは、人間であれと願っているのか。自らの破滅を先延ば
しにする為に。常に、賞金稼ぎとしてその首を狙って決闘を申し込む男だ。もしも英雄のような力
を持っていれば、簡単に茶色の賞金首など壊滅させる事が出来るだろう。
だが、人間であるならば。ただの人間に『オディオ』を消す事は出来ない。だから、人間であれ
と願っているのか。
「随分と、せこい考えだ。」
ディオは、自分で出した結論に対して、鼻で笑う。
自分が消えたくないから、ただの人間であれと願うなど。後ろ向きである事この上ない。だが、
それこそがオディオでもある。憎しみとは、本来自分本位なものだ。どれだけ他人の為と掲げよう
とも、むしろ他人の為と言う憎しみこそ、最も手に負えない。
すると、茶色の馬は、少しもどかしそうに首を横に振った。
「違う。そうではない……。」
「あ?何がだよ?てめぇの主人は、自分可愛さに、俺の今の主人が人間であれって思ってるんだろ?」
「確かに自分可愛さの為だが……そうなんだが、根本が違う。」
賢しらな馬が、自分の言葉足らずに、もどかしげにしている。
酷く奇妙な光景であり、酷く愉快な光景でもある。いつも冷静に、小賢しい言葉を吐いている馬
が、何か大きな間違いをしてしまったかのように、慌てている。
「……お前は、勘違いをしている。」
溜め息を吐くという、馬にはあるまじき行為をしてみせた賢しらな馬は、同時に酷く憐れむよう
な眼でディオを見た。この馬が、そういった眼でディオを見る事は良くある事で、その度にディオ
は苛立つ。
だが、賢しらな馬は、気付かぬふうで告げる。
「魔王を斃すのは、剣を引き抜く英雄でも、神に選ばれた勇者でも、偉大な種族の末裔でもない。
そんな輩に、魔王は斃せない。」
魔王であろうと、化け物であろうと、悪魔であろうと、或いは憎しみに染まった人間であろうと。
「……それらを斃せるのは、人間だけだ。」