二人で、幾度となく魔の山に入り、そこに蔓延る異形の者達を叩き伏せた。
  オルステッドが剣を振るう度、常人ならば眼を背けてしまうであろう醜い者どもは、綺麗な硝子
 のような断面を見せて、そこからどす黒い液体を撒き散らしながら、倒れ伏してく。
  血をたっぷりと含んだ刃は、しかしオルステッドが空を振れば一瞬でもとの白さに戻る。ただの
 一振りで、血を払う事が出来るのは、剣が逸物だからではなく、剣を振るうオルステッドの力が強
 いからだ。
  薄手の使い古した皮の鎧に身を包んだオルステッドは、身体が動くたびにその下にある筋肉の動
 きが良く分かる。鎧を脱いでいれば、もっと良く分かるのだが、オルステッドの身体は戦士として
 十分に働けるほど逞しい。毎日剣を振るっていれば当り前なのかもしれないが、彼の両親が彼を騎
 士にしたいと望んだのも頷ける。
  片や、ストレイボウと言えば。
  青白い肌と細い腕。決して逞しいとは言えない。髪の色もじっとりとした鈍色で、太陽光線の下
 よりも薄暗い室内のほうが似合っているだろう。明らかに労働者階級からは逸脱した身体は、労働
 者としては不出来だ。粉挽きも、田畑を耕す事も出来はしない。いや、それ以前に、そんな事をす
 る事自体、自分の家系には許されていない。
  オルステッドと違い、ストレイボウは血脈自体が常人からかけ離れているのだ。
  けれども、それ故に、だからこそ、ストレイボウには称賛の眼差しは与えられない。

 「いやあ、すごいね、君は。」

  唐突に上がったオルステッドの声に、ストレイボウはびくりとした。
  初めて聞かされた他人からの称賛に、恐る恐る顔をそちらに向ければ、オルステッドは丸焦げに
 なった獣を眺めて、感慨深げにしている。

 「この獣を一撃で仕留めるなんて。」

  煙を上げて地面に蹲る獣は、ぴくりとも動かない。先程、ストレイボウの炎の一撃を受けた獣は、
 一つ悲鳴を高く上げて以降、物言わぬ骸と成り果てている。

 「魔法って言うのを見るのは、私は初めてじゃないんだけれども。」

  何度か、聖職者ともこの近くに来た事はあったから。

 「けれども、あれだね。彼らが使う魔法は弱々しくて、実戦向きじゃない。いちいちお祈りをして、
  それで出来る事と言ったら小さな炎や雷が落ちるくらい。後は、うろつく魂を追い払うくらいで、
  牙を持った異形にはほとんど効果がなくってさ。」

  焦げた獣を指差し、こんなふうには出来なかった、と言うオルステッドに、ストレイボウは小さ
 く呼吸を整えて、告げる。

 「当たり前だ。聖職者が使う力は魔法ではなくて法力。神の力を祈りによって分けて貰うんだ。魔
  法とは、根本が違う。」

  神の力は、攻守どちらかと言えば守に重きを置いている。相手を傷つけるよりも封じる事に、癒
 す事にその力は使われるのだ。それが、神の本分であるのかどうか、ストレイボウには分からない。
 ただ、もし本当に神というものが存在するならば、それは自分を信じている者が如何に愚かである
 か分かっているのだろうと思う。己を信じる者が、明らかに他者を傷つけているのを知っているか
 らこそ、闇雲に攻撃しないように、攻よりも守の力を与えているのだろう。 
  そんな事は、口が裂けても言えないが。
  しかし、それをあっさりと口にするのがオルステッドという男だ。

 「ふうん。随分と神の力って言うのは弱いんだね。それともその程度の力しか、彼らに与えたくな
  いのかな。」
 「オルステッド!」
 「だってそうじゃないか。そう考えれば、神様って言うのは本当に平等だと思うよ。祈りしか捧げ
  ない人間にはその程度の力を、君みたいに自分で勉強した人間にはきちんとした力を与えるんだ
  から。」

  そう考えれば、君は聖職者なんかよりもよっぼど神に選ばれた人間って事さ。

  思わず、辺りを見回した。
  よりにもよって、魔法使いを神に選ばれた人間だなんて。そんな事を言えば、如何にオルステッ
 ドと雖も、ただでは済まされない。
  そして自分は、オルステッドを誑かした魔法使いとして火炙りにされるだろう。
  けれども、そんなストレイボウの懸念を、面倒臭そうにオルステッドは吹き飛ばす。

 「誰もこんな所には来ないよ。此処は魔王山だ。普通の人間は、こんな所に入ってこない。此処に
  いるのは、私と君だけだよ。だから心配しなくっても良い。」
 「だからと言っても、軽率だぞ!」

  声を荒げるストレイボウに、オルステッドは少し口を尖らせていたが、やがて悪かったよ、と呟
 いた。

   「別に君を困らせたかったわけじゃない。ただ、君があんまりにも自分を卑下するから、そんな事
  はないって言いたかっただけなんだ。君は、その辺の聖職者なんかよりもずっと凄いって。」

  それだけだよ、とぽつりと告げて、オルステッドはストレイボウに背を向けた。

 「帰ろう。今日は此処までだ。」

    肩越しに言い、オルステッドはすたすたと森の中を歩いていく。先程来た道は、オルステッドが
 何度も通っているのか、獣道となっている。
  去っていくオルステッドを、ストレイボウがぼんやりと眺めていると、突然オルステッドが振り
 返った。

 「何してるんだい?君も早く来なよ。それとも、このままそこに残って薬草摘みでもするつもりか
  い?それなら私も付き合うよ。」

  前半部分は呆れを含んだ声で、後半部分は真面目な声で、オルステッドが言う。放っておくと、
 本当に薬草を――分かりもしない癖に――摘み始めそうなので、ストレイボウは頭を一つ振ってオ
 ルステッドの後を追う。 
  ストレイボウがオルステッドに並んだところで、オルステッドが再び口を開いた。

 「君は、この世界を見返してやろうとか、思わないのかい?」
 「何を……?」
 「せっかくそれだけの力を持っているのに。その力を見せてやれば、皆、納得するさ。」
 「何を言っている。魔法使いの力は教会に反する。公で使えば火炙りは免れない。」
 「そうじゃないさ。教会なんかよりも君のほうがずっと頼りになるって事を示してやれば良いんだ。」

  教会は祈るだけで、実際に魔の山から異形が溢れだした時には、何の役にも立たないだろう。そ
 の時に力になるのは、剣を取る事ができるオルステッドと、魔法を使えるストレイボウだけだ。

 「今度、御前試合があるだろう?」

  唐突に、オルステッドがそう言った。
  来月に行われる、王と姫の前で行われる、御前試合。そこには使用する武器も勝つ為の手段も何
 の規制もなく、ただ相手を打ち負かせば良いだけというだけの試合。
  オルステッドはそれに出るつもりだと言う。
  そして、ストレイボウもそれに出れば良いと言う。

 「皆に、君の力を見せつけてやればいいのさ。」

  そう、真剣な顔で言うオルステッド。
  けれどもその表情のままで、オルステッドはストレイボウを打ち負かしたのだ。全ての観衆の眼
 がある前で。
  オルステッドに他意はないのだろう。悪意もないのだろう。
  そんな事は、ストレイボウにだって分かっている。
  だが、耳に届く賛辞の声は、全てオルステッドの名を語っている。ストレイボウの名前など何処
 にもありはしない。
  打ち崩された自分の前で、オルステッドへの賛辞の言葉が、王女の口から淡々と紡がれていく。
  屈辱。いや、まだ自分はましなほうだと思わなくては。この大会には何の規則もない。相手を殺
 したって良いのだ。現に自分も、戦ってきた相手を再起不能にしている。そうならなかっただけで
 もましだと思わなくては。
  そう、ストレイボウには嘆く権利さえ与えられていない。
  けれども、自分の前で、オルステッドが王女からの求婚を受諾しているのが見えた。それを見て、
 唖然とする。
  お前は、この国を出ていくのではなかったのか、と。
  王女に求婚されて、それで止めてしまうのか、あれほど、語っていたお前が。
  ストレイボウに、自分に付き合えるのは君だけだと切々と語って、そしてもっと前を見ろと言っ
 ていた。そして、いつかこの国を出ていくと言った。この国は何もかもが捻じ曲げられていると言
 って。
  けれども、分かっているのだろうか。王女の求婚を受けてしまえば、それは叶わないという事が。
  それとも、王女の求婚で、そんなに簡単に覆されてしまうような言葉だったのか。
  ならば、ストレイボウに向けて言った、賛辞の言葉も激励の言葉も、全部そんなに軽いものだっ
 たのか。
  広場から、全員がいなくなり、オルステッドが城に入って出てこなくなって、一人そこに残され
 てから、ストレイボウは自分の喉の奥が痙攣している事に気付いた。ひくつく喉から零れ落ちるの
 は、乾いた笑い声だけだ。
  そうだ、最初から分かっていた事だった。
  魔法使いの血脈である自分には、誰か寄りそう人間などいない事など、生を受けた時から分かっ
 ていた事ではないか。家族の死があっても、誰一人として参列者のいない葬式を見て、自分もこう
 なる運命だと、感じていたではないか。
  それを忘れていた、自分が一番悪い。
  かかと大笑する内側の魂が、しかし同時にどす黒く染まっていく事を、ストレイボウは止められ
 なかった。
  回転する思考回路は、オルステッドへの怒りと妬みと侮蔑で染まっている。そこから生み出され
 る考えなど、碌なものがない。
  ただ、これを実際に行わなければ、ただの妄想で終わっていた。行う機会もないだろう。城に入
 ったオルステッドは、二度とストレイボウの前に現れたりはしないだろうから。
  暗い情に突き動かされた行動は、決して世に出る事はないのだ。

  それだけが、唯一の救いだった。
  そのはずだった。