長じたオルステッドが、誰かを取り巻いているところは、実は見た事がない。
  子供だった頃は、誰かしらとなんだかんだ言いつつも遊んでいて、それを見た他の子供達が纏わ
 りついていたのに、十五の年を過ぎてから、突然その取り巻きを脱ぎ捨てた。
  かといって、ストレイボウのようにずっと一人でいるわけではない。
  剣の腕が立つオルステッドには、来る日も来る日も、どこぞの魔物退治の依頼が舞い込んでくる。
  ルクレチアは、その領地内に魔の山を内包している。異形の獣達が犇き合う山々と、その山麓に
 広がる森は、ストレイボウのような魔法使いならば珍しい薬草が生えるという事で行く事が多くな
 るのだが、それ以外の人間――どれだけ好奇心旺盛な子供であろうとも――には、入り込みたくな
 い、禍々しい空気を孕んでいる。
  かつて、勇者と賢者が入り込み、現国王の奥方を魔王の手から救い出したという。けれども、魔
 王を倒した今でも、その山には瘴気のようなものが澱んでいる。
  そこから這い出し、町にまで降りてきた異形達を、オルステッドは倒す事で生活を立てている。
 彼の二親がいなくなってから、彼は粉挽き小屋を閉め、自分に一番あった暮らし方をするようにな
 ったのだ。

 『彼らは、つまらない。』

  以前、オルステッドは、自分を称賛して取り巻く人間を差して、そう言っていた。
  だから、もはや子供ではなく、子供のように仲良くし続ける必要もない今、取り巻きを脱ぎ捨て
 る事に戸惑いはないのだろう。
  けれども、魔王山から流れ出てくる異形を倒しているオルステッドは、依頼人にあったり、彼ら
 に礼を言われたりと、必ず何処かで誰かと関わっている。
  決して、一人きりになったりしない。
  依頼人達に逢っていない時には、ストレイボウと逢っているからだ。

 「君も、一緒に行かないかい?」

  異形を倦まず弛まず吐き出し続ける山から戻ってきたオルステッドは、ストレイボウの顔を見る
 なり、そう告げた。
  未だ異形の血で濡れたままになっている剣を垂らし、オルステッドはそんな血など知らないかの
 ような無垢な青い眼でストレイボウを見つめる。

   「君だって、あの山には、良く行くだろう?」
 「……良く知っているな。」

  ストレイボウが、薬草を摘む為に、あのおぞましい山に向かっている事を。
  あの山に行く事は、オルステッドのように魔物退治という大義名分がない限り、おぞましい事と
 されている。禁じられてはいない。ただ、あの山に分け入る者は、忌んだ眼で見られるのだ。
  ストレイボウは、魔法使いであり、もともとが忌避される存在である。だが、それでもこれ以上
 妙な噂を立てられるのも好ましくないので、山には夜、全てが暗闇に閉ざされ人々の眼が閉ざされ
 る時に行く事にしているのだが。
  それを、何故オルステッドが知っているのか。

 「君は、少し自分を卑下しすぎなんじゃないのかな?」

  ストレイボウの疑問を読み取ったかのように、オルステッドは腰に手を当てて頭を横に振りなが
 ら、溜め息まじりに言う。

   「私は、君が考えている以上に、君の事を見てるんだよ。昨年の流行り病の時だって、一人で山に
  入って薬を摘んで、病気に効く薬を作って、それを行商人に渡して皆に配っていた事を、知って
  るよ。」

  水底のような深い青は、じっとストレイボウを見ている。
  そして、もう一度口を開いた。

 「どうだい?一緒に、異形退治に行く気はないかい?」
 「何故………。」

  何故、自分を誘うのか、と。 
  オルステッドならば、連れていく人間はより取り見取りだろう。彼が一声かければ、大勢の人間
 がついていこうとするに違いない。 
  にも拘らず、何故、ストレイボウを連れていこうとするのか。よりにもよって、忌避すべき魔術
 師を。
  確かに、オルステッドは以前から、自分に付き合えるのはストレイボウくらいのものだと言って
 いたし、それにストレイボウ自身、オルステッドと自分はこの国で異端の能力者だと思っている。
 だが、ストレイボウの能力が忌み嫌われるものであるのに対し、オルステッドのそれは皆に称賛さ
 れるものだ。一緒にいて、良い事があるはずもない。
  けれども、オルステッドは事あるごとにストレイボウに逢いにやってくる。異形退治の仕事がな
 い時などは、ストレイボウが薬を煮詰めている作業をずっと見ている事だってあるのだ。
  それが、どんな感情に起因するものなのか、ストレイボウには分からない。
  一番考えられるのは、憐れみ、なのだが。

 「君なら、足手まといにならないからさ。」

  この国で、最もオルステッドに近く、オルステッドと共に動ける人間。
  オルステッドも、ストレイボウが自分と同類である事を知っている。それ故に、一緒に立つべき
 はストレイボウであると言っているのだ。

 「君なら、魔物相手に怯む事もないだろうからね。それに、私の望みを聞いても、何も言わないで
  いてくれそうだ。」

  その瞬間、天真爛漫な青い眼に似つかわしくない、苦い水底が見えたような気がした。それは、
 オルステッドの人知れない苦さであるのかもしれないが。
  それを肯定するように、オルステッドは、小さな声で囁いた。

 「いつか、私はこの国を出るつもりだ。」

  この国の人間は、この国が全てだと思っているようだけれど。そうなるように、この国の教会も
 事実を捻じ曲げているけれど。
  そして、オルステッドという名馬が、何処にも行かないようにと網目を張り巡らせているようだ
 けれど。

 「私は、この国を出る。」

  オルステッドは、その網を破ると言う。
  長く長く、ルクレチアという棺に縛られ続けるつもりはないと言う。 

 「その為に、剣の腕を磨いている。追い縋る人々を弾き返せるように。ただ、まだまだ、足りない。」

  その不足分を更に補う為に、もっと深くあの山に分け入る。その為に、ストレイボウが必要なの
 だと言う。
  なんとしてでも、この国から出ていくつもりか。
  その気持ちは、ストレイボウには良く分かる。いや、ストレイボウのほうが、オルステッドより
 もずっとこの国に縛られ、虐げられている。いつの日か、などではなくて、今すぐにでも出ていき
 たい。
  だが、それをするだけの力が、何処にもない。
  出ていくだけならば簡単だろう。だが、その後の事は。どうやって生きて、暮らしていけば良い
 のか。外の世界だって、教会の力が強く、魔法使いは忌み嫌われるに違いない。剣の腕さえあれば
 傭兵として生きていけるオルステッドとは違う。
  オルステッドは、きっと、何処にいても称賛を受けるだろう。
  だが、自分は。
  何処かの貴族にでも拾われなければ、今と同じように、忌避されて、日蔭者として生きるしかな
 いのだ。

 「どうだろう。だから、一緒に行く気はないかい?」

  それは、一緒に山に行くだけの誘いだった。
  決して、一緒に国を出るという誘いではなかった。