風車の羽根が落ちかかるように、繰り出された刃を避ける術は、ストレイボウにはなかった。
  妬ましいほどに逞しい腕が、渾身の力を込めて剣を振り下ろせば、ストレイボウの矜持とも言え
 る魔力の渦でさえ、いとも容易く引き裂かれてしまう。
  常人には有り得ざる力。
  それを最期の一瞬でさえ、友人の中に認めて、ストレイボウは酷くやるせない気分になった。そ
 れは、魔法使いとして異端の烙印を捺された自分自身と、同じく異端として弾かれるという、あま
 りにもせせこましい仲間意識があったからであり、同時にその異端の力が一瞬とは言え周囲に認め
 られた友人に対する嫉妬も渦巻いていたからだ。
  異常な力は、畏怖を巻き起こし、時には弾圧を生み出す。
  ストレイボウは正しく弾圧の家系に生まれた。教会の力の強いこの時代、魔法使いはどう足掻い
 ても異端であり、どれだけ羊の皮を被って大人しくしていたとしても、何処かで何かをするのでは
 ないか監視の眼が、もしくはその脚を引っ張ろうと粗を探す眼が、常に付き纏う。
  それは、ストレイボウとて例外ではない。
  生まれた時から、ストレイボウに真の意味での自由はなかった。同年代の子供達が教会に行きた
 くないと駄々を捏ねる時でさえ、ストレイボウは粛々として教会で神父の言葉に耳を貸さねばなら
 ず、皆が教会の催しをさぼる時でも一人それに参加せねばならない。もしもそれを破ったなら、普
 通の子供ならば尻をぶたれる程度だろうが、ストレイボウの場合は、即座に火炙りにされてしまう。
  また、ストレイボウが同世代の子供よりも聡かったのが、余計に大人達を怯えさせたのかもしれ
 ない。
  魔法使いであるストレイボウは、脈々と受け継がれたその血筋ゆえに、幼い頃から本に親しんで
 きた。薬学書や医学書に慣れ親しんできた彼にとって、同世代の子供が受ける教育は、十歩も百歩
 も遅れている。それは、魔法使いとしては当然の事なのだが、普通の子供から見れば異常でしかな
 かっただろう。
  また、子供らの親も、そんなストレイボウからは距離を置くように言い含めていたらしかった。
 それは至極まともな考えだと、ストレイボウでさえ思う。魔法使いと子供が付き合う事など、どの
 親が望むだろうか。忌まわしい家系と関わり合いを持たぬようにするのは、当然の事だ。むしろ、
 恐怖のあまりに家を取り潰しにこなかっただけでも有り難い。
  そう思うほどに、ストレイボウは、自分が他の子供よりも逸脱している事を理解していた。その
 様子が、更に畏怖を覚えさせるとまでは、流石に子供の時分には考えなかったが。
  それ故、ストレイボウはいつも一人だった。

  けれども、常人よりも優れているにも拘わらず、異端と呼ばれずに、光さえ浴びる人間もいるの
 だ。
  ストレイボウはその聡さ故に、厭われた。
  しかし、オルステッドは、その剣の腕故に、勇者と崇められた。
  幼い頃から既に真剣を持ち、大人達を撃ち負かしていたオルステッド。
  皆から天才と持て囃され、天真爛漫にその賛辞を受け取っていたオルステッド。
  そして、ストレイボウを畏怖も忌避もしなかった、ストレイボウ唯一の友人。
  同じ天才でありながらも、何故これほどまでに境遇が異なるのか。何度もそう思った。今でもそ
 う思っている。
  初めてその姿を見た時から、ストレイボウはオルステッドが賛美を受ける事に、何故、と思って
 いたのだ。ストレイボウは、一度も賛美を向けられた事はない。魔法使いであるが故に、皆が顔を
 背けている。
  オルステッドは、その髪のように光を受けて輝くのに、自分の鈍色の髪は一筋の光さえ与えられ
 ない。
  それは、紛れもなく嫉妬だ。
  手に入れられないものを手に入れている、同じく異端であるにも拘わらず自由に羽ばたいている
 オルステッドへの嫉妬だ。

  だが、同時に、オルステッドを見た時に、ようやく仲間を見つけたとも思ったのだ。
  剛腕と言っても過言ではない勢いで、軽々と重い真剣を振り回す彼を見て、その境地には誰も辿
 りつけないだろうと思った。事実、オルステッドには、賛美の声を上げる取り巻きはいても、オル
 ステッドと同じ土俵で剣を構える者は誰一人としていない。
  賛美を受けつつも、彼が孤独である事は、難くない。

 「あれ?君は、確かストレイボウだったっけ?」

  ただ、彼が自分の名を知っている事は意外だったけれど。
  その事を、いつだったか白状すると、オルステッドは眼を丸くしていた。

 「何を言っているんだ、君の事くらい知っていたに決まってるじゃないか。だって君は目立つもの。
  それに、私は前々から君の事が気になってたんだ。」

  どうやら、オルステッドも、ストレイボウに同種の匂いを嗅ぎ取っていたらしい。同じ、異端の
 能力者としての。
  オルステッドに、本当に、友人らしい友人がいない事も、すぐに分かった。

 「だって、彼らはつまらない。」

  遠くにいる自分の崇拝者達を一瞥して、つまらなさそうに言った事を、良く覚えている。

 「彼らは通り一遍の事しか言わないんだ。私に対して、凄いだとか強いだとか。そのくせ、自分達
  を私に近付けようだなんて、少しも思ってないんだ。本当につまらないよ。私と一緒に何かをし
  ようだなんて、ちっとも考えてないんだから。」

  考えたとしても、彼らがオルステッドについていけるわけがない。普通の人間に、オルステッド
 と同様の言動を望む事は無理だ。
  そう指摘してやると、オルステッドは、にっこりと微笑んだ。

 「そうさ。だから君を呼んだのさ。」

  私に付き合えるのは君くらいのものだもの。
  純粋無垢なその台詞に、深い溜め息を吐くと同時に、心臓が震えた事も事実だった。これほどま
 でに近しい魂を感じた事は、親兄弟でさえなかった。これほどに深く共感し合える存在がいるだな
 んて、思いもしなかった。
  しかし同時に、これほどまでに共感を覚えるのほど近しいのに、何故、自分にはこの男と同じ物
 が与えられないのかと、理不尽に思った。
  近いが故の憎しみ。
  近親憎悪、とはまた違う。オルステッドとストレイボウは、型は全く違う。ただ、同じ孤独な異
 能者だ。足りないものを補う、欠けた破片の半分同士のようなものだ。
  それ故に、境遇が違う事が許せない。
  だから、これほどまでに、憎んだのだ。
  きっと、オルステッド以外の人間だったなら、例え姫と王の眼の前で無様に膝を突かされたとし
 ても、これほど憎んだりしなかっただろう。よりにもよって、王殺しという最悪の罪を着せて、全
 てを失わせるだなんて真似はしなかった。
  裏切るだなんて、そんな事はしなかった。
  いや、ストレイボウには、オルステッドしか裏切る相手はない。
  裏切れるほどまでに深く関わった人間は、この世においてオルステッドを置いて他にはいない。
  それが、オルステッドには理解できるだろうか。
  けれど、例え分からなかったとしても、それをストレイボウに説明するだけの時間はない。深く
 胸に突き刺さった刃は、一刻も早くストレイボウの魂を狩り取ろうとしている。その刃の先では、
 オルステッドが呆然とした表情をしていた。
  その表情の意味でさえ、気が狂うほどに理解できる。
  それほどに、オルステッドの感情の動きには共感できる。ただ、それが嫉妬で穢されてしまった
 だけで。そして嫉妬は、それでもなお深くストレイボウの中に息づいている。ストレイボウが生き
 ている限り、脈々とオルステッドへの共感を怪我し続けるだろう。
  だから、この刃が胸に突き刺さるのは、何よりも正しい事なのだろう。
  きっと、息耐えれば、再び純粋に、オルステッドの魂に近付く事が出来る。流れる赤の中で、ぼ
 んやりとそう思った。