ダースはキューブを連れて、HALの製造工場近くにやってきていた。手には銃と、そして端末
 を持っており、端末から突き出したコードはキューブへと繋がっている。ダースが端末を操作する
 度に、キューブの眼が点滅して、その中で演算が起きている事を知らしめた。
  ダースがたった今端末に打ち込んだのは、HALのアドレスだ。
  広大な敷地を有するHALの製造工場は、夜という事もあってか、その敷地内には警備用の自律
 機械が放されてうろついている。それに、人間の肉眼では見えはしないが、恐らく工場内はセキュ
 リティ・センサが網の目のように張り巡らされている事だろう。しかも微細に振動して不規則に位
 置を変更するレーザー・センサから逃れる事など、軍に属する高性能のアンドロイドでもなければ
 困難だろう。
  これほどまでにセキュリティを厳重にする理由は、普通に考えれば自分達の技術力の流出を恐れ
 ての事だ。こうした製造メーカーでは、商品についての情報は出来る限り押さえておかねば、いつ
 何時、他社に奪われるか分からない。そしてその一方で、他社の商品の情報を得ようと手薬煉引い
 ているのだ。
  だが、HALに関しては、それだけではないだろう。
  それを確かめる為に、ダースはこれから、セキュリティの眼を掻い潜って、工場に忍びこむのだ。
  ウイルスに汚染された機械人形を見つける為に。




    『一番最初にウイルスに侵され、大規模な暴走したとなっているガイノイド『エヴァ-K452』。この
  機体は、暴走した後、人間を死傷して逃亡し、そのまま行方知れずとなっています。ですが、真
  実はそうではない。』

  ダースと二度目の接触を試みたあの白い人影は、二度目の邂逅の際にそう言った。その言葉に顔
 を顰めたダースに、おかしいと思いませんか、と続けた。

 『確かに、この街には埋め立てられて下水道となった市街もあれば、未だ手つかずの古い路地裏も
  ある。けれども、だからと言って『エヴァ-K452』の情報はあまりにも少なすぎる。それに、もし
  も下水道や旧市街に紛れこんだのなら、そのままそこで朽ち果てていきそうなものではありませ
  んか。』

     まして『エヴァ-K452』は初期化された状態だ。下水道も旧市街も、どのようなものなのか知らな
 いだろう。基本的に、不法投棄された機械の行く末は、そのまま朽ち果てていくのが普通だ。
  間違っても、再び、綺麗な姿で街中に彷徨い出てきたりはしない。

 『そう。あの時貴方が見た『エヴァ-K452』の身なりは、小奇麗な物だったでしょう?つまり、何者
  かに、匿われているのです。』
 「だが、誰が?」

  暴走して、人さえも殺しているガイノイドを傍におきたがるなど、よほどの好事家か、或いはウ
 イルスに興味のある人間か。
  もしくは―――。

 『もしくは、『エヴァ-K452』が彷徨っていては困る人間――当局の手にも渡って欲しくない人間か。』

  そんな人間は、限られてくる。
  そして、最も考えられる者と言えば。

    『そう、『エヴァ-K452』の製造元であるHALだ。』




  先日の会話を思い出し、ダースは表情を硬くする。
  決して、あの白い人影の言った事を鵜呑みにしたわけではない。しかし、あの言葉以外に情報が
 ないのも事実だった。
  それに、あの言葉はいちいち頷けるものでもあった。確かに、その他の暴走した機械人形達は押
 収されているにも拘わらず、『エヴァ』だけが未だに逃亡し続けているというのもおかしな話だ。
 如何に、唐突に起こった大規模な暴走と雖も、機械の暴走自体は別段珍しい話ではない。多いわけ
 ではないが、決してない話ではないのだ。少なくとも、暴走が起こった時の対処法くらい、ロボッ
 トを販売する業者は知っている。だが、それを掻い潜って『エヴァ』は逃げ切り、その後の追跡も
 振り切っている。
  そう考えると、『エヴァ』を匿っている者がいると考えるのは普通の事だ。
  そして、それを行うべき存在が、製造元であると考えるのも。

 「……………。」

  ダースはHALのセキュリティ・センターに接続する。ダースとて、このまま工場敷地内に侵入
 する事が自殺行為である事くらい理解している。
  まして、今は自分が捨て駒にされる可能性がある状況だ。
  あの、白い人影。彼は協力を申し出てきたが、それを全て鵜呑みする事は出来ない。この侵入に
 先だって、例えセキュリティを無効にするパスワードを教えてくれたのだとしても。
  キューブがセキュリティに侵入し、細かい糸を断ち切っていくのを、演算の光の瞬きから想像し、
 ダースはその様子を見つめる。ダースも、仮想映像をスコープを通じて見ているが、幾つもの防壁
 がキューブの行く先に立ちはだかるように現れて、それをぎりぎりで躱していくキューブの姿は、
 見ているだけでも心臓に悪い。
  だが、展開される防壁を躱していくキューブは、同時進行でセキュリティ・データを組み換えて
 行く。その様子は、仮想世界に映し出された幾つもの文字列で示される。組み換えられたデータは、
 簡単には戻せないようにロックが掛けられる。
  やがて、最後にセキュリティを無効にするのかという問い掛けが現れた。それに『OK』と入力
 した途端、パスワードを求められる。
  ダースはその瞬間に、少し戸惑った。白い人影から与えられたパスワードが、正しいとは限らな
 い。罠とも限らないのだ。だが、他に手立てなどあるはずもない。
  微かな逡巡の末に、パスワードを入力する。
  転瞬、ダースが息を呑む暇もなく、セキュリティを模していた光の粒子は飛散し、そのまま解除
 された。

 『上手く言ったようですね。』

  仮想空間の隅に、小さくアクセスしてきた男の顔があった。相変わらず無表情の男は、それが仮
 想空間でイメージされた姿だから、無表情と言うわけでもないだろう。

 『さて、これで自律機械、およびセキュリティ・センサは全て解除されました。すぐには復旧しな
  いでしょう。『エヴァ-K452』を探すならば、今のうちです。私も貴方がたに同行しますので。』

     ダースの返答も聞かずに、一方的に接続回線は打ち切られる。
  だが、ダースも白い人影の言葉を敢えて止めようとは思わなかった。むろん、彼の話した言葉が
 全て真実であればの話ではあるのだが。




  あの日、ダースは情報料として、代わりに暴走した人形から掠め去った画像データを彼に見せた。
 臓器工場の画像だ。幼い子供達が売られ、解体され、そして売られていく現場。
  それを見せた時、微かにではあったが、無表情だった白い顔に、初めて葛藤のようなものが見え
 た。ような気がした。 
  しばらく思わせぶりに黙っていた彼は、やがて口を開く。

 『私には、妹がいるのです。つい一年ほど前に、行方不明となってしまいましたが。』

  唐突な台詞に、ダースは表情をますます顰めた。だが、そんなもの、見えていないかのように彼
 は話す。

 『ご存知ですよね。この世には、人間の脳を殻に押し込め、それを機械に入れる技術がある事を。』
 「……お前も、そうだろう。」

  義体化していると言うのなら、この男もそうではないか。すると、彼はゆっくりと頷き、けれど、
 と続ける。

 『中には、幼い子供を無理やり連れ去り、脳だけを取り出し、機械の身体に入れる事もあるそうで
  す。脳には感情の節制を掛け、飼い主の言う事だけを聞くように。まるで機械そのもののように
  して、売りさばく者達が。』
 「…………なんの事だ?」
 『けれども、脳に完全な節制を掛ける事など不可能だ。不十分な節制が何かの拍子に外れた時、機
  械にされた子供達は、どうするか………。』

    彼が言わんとしている事を理解し、ダースは思わず声を荒げた。

    「証拠がないだろう!」




 「回想はそこまでにしていただきましょうか。」

  唐突に、足音もなく闇から声が上がった。闇の中で、ぼんやりと浮かび上がっている白い人影。
  ダースが先日の記録データを読み直している中に、割って入った白い人影を見て、ダースは慌て
 てスコープを取り外し、彼に向き直る。
  数日ぶりに見たその姿は、相変わらず無表情で些かの抑揚もない。
  その姿を見る限り、誘拐された妹がHALにて機械にされている、というふうには見えない。
  だが、端から違うとも言いきれない。ダースに出来る事は、いつ彼が豹変しても言いように、備
 えを持っていく事だけだ。ダースまで捕まって、カトゥーの釈放がなされなくなるなど、あっては
 ならない。

 「キューブ。此処で待っていろ。」

  そして、キューブを危険な眼に合わせるわけにもいかない。ダースが捕まって、それでキューブ
 まで破壊されるなどという事になれば、カトゥーは悲しむどころではなくなるだろう。
  キューブが戸惑ったように電子音を鳴り響かせる。どうやら、キューブの三大原則が、ダースを
 引き止めようとしているらしい。だが、それを聞いてやるわけにはいかなかった。

 「良いか、1時間経って私が戻って来なければ、お前はカトゥーの部屋に帰るんだ。大丈夫だ。危
  険な事をするわけじゃない。」

  むろん、そんなはずがないのだが。
  だからといって、此処で止めるわけにもいかなかった。
  キューブも、実際にダースの身に危険が起きているわけでもないので、強くは止められなかった
 らしい、しぶしぶといった風情で、その場に立ち止まる。
  その様子を見ていた白い人影が、揺れる。

 「……行きましょう。セキュリティが復旧されてしまう。」

    ひらりと白さが翻った。