エヴァ-K452。
アンドロイド製造工場を内包する大手ロボットメーカー『HAL』が製造した新型ガイノイド。
出来る限り人間に似せられて製造された『エヴァ』は、その音声機能に人間の声帯を模した発声器
官を使用しており、外見だけでなく、声もより人間に近い音となるように設定されている。それ故、
歌を歌っても、その他のロボット音声のように、何処か違和感のある作られた音ではなく、より人
間味ある、微かに音程さえ外す音を出す事が出来る。
それ故、『エヴァ』は発売前の展示会において、『歌う人形』とまで言われ、ネットや雑誌など
でも大きく取り上げられていた。
しかし、発売され、店頭に並べられた直後、その場にいた店員を絞殺。そのまま逃走。それは一
店舗だけの事件ではなく、その他の店舗でも同様の事件が相次いだ。なお、店頭に並べられた『エ
ヴァ』の数は少数であり、僅か十二体に過ぎない。これは『エヴァ』の生産性の低さ、またメーカ
ーであるHALが、価格低下を恐れ、市場に出回る数を制限した為である。
暴走し、逃走した『エヴァ』は今現在も見つかっていない。
『エヴァ』を制作したHALは、ウイルスに感染したガイノイドを販売したとして、マスコミから
非常に叩かれた。ネットには社員の情報が流出し、モニタに映し出される映像は、HALのものば
かりだった。
だが、それはある日を境に、ぱたりと治まる。
長年、介護用人形としての座を築き上げてきたガイノイド『ブラッドベリ』。今まで何の欠陥も
なく稼働していたそのロボットが、唐突に被介護者を絞殺するという行為に及んだ。それは一体や
二体ではなく、またその日を境に『ブラッドベリ』に限らず、他の機体に置いても同様の現象が確
認された。
被介護者を絞殺するに及んだ『ブラッドベリ』は、直後に逃走を図ったが、『エヴァ』と異なり
すぐさま破壊され、押収された。そして解析された結果、新種のウイルスに感染されている事が分
かったのだ。
発見された新種のウイルスは『ブラッドベリ』だけではなく、その他の暴走したロボットからも
解析された。
そうなると、考えるのはHALで製造されたガイノイド『エヴァ』の事である。
一番最初の、大規模暴走を起こした『エヴァ』についても、同種のウイルスが感染していたと人
々が考え始めるのは自然な成り行きだ。
今までHALを責め立てていたマスコミは、一転掌を返し、何者かによる大規模なアンドロイド・
テロだと騒ぎ始めた。そして一向に犯人の手掛かりを掴めぬ警察を扱き下ろし、これはとある研究
所の科学者達がウイルスの実験の為に起こしたのだとか、或いは精神異常者がこの世を恨んでウイ
ルスをばら撒いたのだとか、果てはロボット達が人間に復讐しているのだとか、面白おかしく騒ぎ
立てた。
――此処までが、世間一般に出回っている、一連の騒動の大まかな流れである。
それをネットで確認したダースは、ネットにアクセスしているキューブから自分の端末を引き抜
き、ネット・ダイヴを中断する。
めぼしい情報は得られなかった。
一応、眉唾ものの、都市伝説の類と化している情報にも眼を向けてみたが、臓器工場の画像とウ
イルス・プログラムを結びつけるものは一つとしてなかった。逃げ出した『エヴァ』達の行方につ
いても、あちこちで噂されているが、どれも信頼性のあるものではない。
そもそも、この世界には、ロボットが隠れる場所など幾らでもある。今ダースがいる場所は、緑
豊かな整備された地域だが、一歩別の地区に向かえば、薄汚れたコンクリートの建物が細い路地を
取り囲むようにして立っているような、薄暗い場所もあるのだ。それに、昔の市街地を埋め立てて
出来た下水道には、埋め立てられた街並みがそのまま地下に残っている場合もある。
そうした場所は、犯罪者であったり、不法入国者であたりの隠れ家ともなっている。その場所に
不法投棄されたロボット達が迷い込む事も、決して珍しい話ではない。
打つ手がなくなった。
ダースは苦々しげに溜め息を吐いた。
カトゥーが収監されて三日経つ。彼が逮捕される見込みは薄いが、釈放される気配もない。警察
が決め手とした、HALの画像モニタに映っていたというカトゥーの姿は、恐らく虚構だろう。何
者かが、そこにある姿をカトゥーに入れ替えたのだ。画像の日付はカトゥーが火星に主張する前の
ものだった。火星に行く前に、HALに忍びこむ暇などカトゥーにはない。
何故、カトゥーの姿をそこに入れたのかは分からない。だが、警察の解析が進んでいないところ
を見ると、相当複雑に作り込んだ虚構なのだろう。
けれども、いつかは解析され、そしてカトゥーは釈放される。
それを待てば良いだけの事かもしれないが、しかし、何か難癖をつけられて釈放されない場合も
ある。何せ、カトゥーはデータこそ今では持っていないが、ウイルスに侵されたロボットの解析を
行い、そこから臓器工場の画像を発掘してしまったのである。それが発覚した時、警察は彼を徹底
的に追い詰めるだろう。
そうならないうちに、早く『エヴァ』を見つけ出し、真犯人を捉えなくては。
せめて、その残滓だけでも見つける事が出来たなら、後は糸を追うだけだ。細くとも電子の網に
は必ず痕跡が残っている。だから、切欠さえ見つけ出す事ができたなら。
その時。
足元にいるキューブから、軽い電子音が流れた。見ると、何者かからのアクセスを受け取ったら
しい。アクセス先を見ると『NE-BRD-SAF451-233』という文字がパネルの中で点滅している。
何者だ。
ダースは顔を顰めた。少なくとも、ダースの知るアクセス先ではない。かといって、カトゥーの
知り合いとも思えなかった。知り合いであるならば、こんな意味不明の文字列ではなく、きちんと
名前で登録されているはずだ。
不審に思っている間も、アクセスを求める電子音は続いている。ダースはキューブにディフェン
ダーを立ち上げるように指示し、それが稼働し始めたのを確認してから、アクセスする。
途端に、キューブと繋がっているモニタに、白い顔が映し出された。
白い髪、端正な顔、その中で光る蒼褪めた視線。
ダースの前で警官を騙り、接触を図ろうとしてきた、人形だ。
予期せぬ来訪者に、ダースが息を詰めていると、モニタのスピーカーから滑らかな電子音声が流
れ始めた。
『このような不躾な方法をとって申し訳ありません。ですが、こうでもしなくては、お話できない
と考えましたので。』
慇懃ではあるが無礼な口調。
けれども、その無礼さを怒るよりも、疑問が膨らむ。
「何故、ここのアクセス先が分かった?」
『ああ、そこにいるロボットが、私をスキャンした時に、そちらの情報についてもスキャンさせて
いただきましたので。』
あっさりとした声には、些かの悪びれもない。
『私とて警官の端くれ……作業用ロボットのスキャンくらい気付きますし、防御も出来ます。』
「………警官であるという証拠はないだろう。」
ダースは、眼の前のモニタに映る青年が、警官であるとも人間であるとは思っていない。キュー
ブも、スキャンしてそう判断したはずだ。
しかし、青年は顔色一つ変えなかった。
『ええ、貴方の疑惑は良く分かります。警官は原則、二名で動かねばならない。しかし、それは一
般的な警官に限って、です。警察の中には、時に超法的手段に訴える事も許されている部署もあ
ります。一般的にはされていませんが――軍人だった貴方なら、聞いた事くらいあるのでは?』
その通りだ。聞いた事はある。政治的な絡みのある事件には、とある特殊部隊が投入される事が
あると。噂で、聞いた事があった。
「だが、それをどうやって信じろ、と?」
ダースも、噂でしか聞いた事がない。眼の前の青年が、そうであると、どうやって分かるのか。
すると、青年は絶妙の角度で首を傾げた。
『さて、それは信じていただくしかありません。私が人間である事も含めて。』
貴方は私が機械であると思っているようですが、と彼は前置きして、続ける。
『生憎と、私は人間です。言ったでしょう?作業用ロボットのスキャンなど、妨害できる、と。そ
れとも、脳殻を見なければ信用できませんか?』
そう言うなり、モニタの前に佇んでいた青年の顔に、すっと一筋切れ込みが入った。と、見る間
に端正なその顔が、二つに裂ける。そこから覗いたのは無機質な金属片と、双眸を模した硝子のレ
ンズ、そしてその奥に、様々なコードが繋げられた銀色の脳殻が見えた。
脳殻とは、全身を機械化した人間が、脳神経からの電気信号を機械へ繋ぐ為の一種のデバイスだ。
この脳殻だけを外し、別の義体に入れ替える事も可能とされている。
眼の前の青年が人間であると分かり黙りこんだダースの前で、白い顔は元の形へと組み立てられ、
モニタには端正な顔が再び現れる。
『さて、御理解いただけたところで、お話をしましょうか。」
「……嫌だと言ったら。」
『いいえ、貴方は言えないはずですよ。何せ、貴方の御友人が、収監されているのですからね。お
っと……言っておきますが、この件に私は関与していませんよ。部署が違いますので。』
何かを言い掛けたダースを、先に口を開いて封じ込め、青年は形の良すぎる指を組んだ。
『情報交換しましょう。貴方は御友人を助ける為に『エヴァ-K452』の情報が欲しい。私は、ウイ
ルスに侵された機械のデータが欲しい。』
「……生憎だが、私は情報交換できるようなデータは持ち合わせてはいない。」
『御謙遜を。』
モニタの前の無表情は、無法情で、その表情に相応しい抑揚のない声のままで、ダースが身構え
るような台詞を口にした。
『貴方は、貴方が破壊した直後のロボットから、データをコピーしたはずです。私はそれを知って
いる。』
底冷えするような蒼褪めた眼差しを瞬かせながら、青年は続ける。
『貴方が破壊した機械を分析した結果、何者かがデータをコピーした形跡がありました。ただ、残
念ながら、我々がその機械を押収した時には、既に自壊した後だった為、ほとんどのデータは初
期化されており、大したデータは取れなかった。私は、機械が自壊する前の、完全なデータが欲
しい。』
ご安心を、と彼は黙りこんだダースに言った。データを渡してくれれば、コピーした事には眼を
瞑ろう、と。
『さあ、取引をしましょう。』
ダースを見据えて告げた声は、それでもやはり無感情だった。