夜になれば、この街はけばけばしい光に包まれる。あちこちでネオン灯が輝き、街並みに作られ
たオブジェというオブジェは何故か光が灯る。巨大な広告画面も、昼間はそこまで目立たないのが、
闇の中で輝く所為か眼に痛いくらい眩しくなる。
こうしたところは、何度時間を置いても変わらないと思う。長く時間を空けても、昼間見た木々
の生い茂る公園然り、これらもまた変わらないのだろう。
「それは災難でしたね。」
むっつりと黙り込んでいたダースに、年若い機械技師の友人は、苦笑を浮かべながら言った。彼
の足元では、丸いロボットがダースを宥めるように、くるくると回転している。
結局、あの後、ダースは参考人として駆け付けた警官隊に同行を求められ、つい先程まで署に拘
束されていたのだ。むろん、ダースが何か疑われていたわけではない。どう見ても典型的な機械の
暴走であり、ダースが偶々通りかかったというのは、周囲の目撃情報からも分かる事だ。
ただ、ダースがあまりにも手際良く機械人形を止めた事と、一般市民が持たない銃を持っていた
所為もあって、拘束が長引いたのだ。ダースが退役軍人である事が分かると、すぐに釈放してくれ
たのだが。
おかげで、カトゥーを訪問する時間が遅くなってしまった。カトゥーは夜分に訪れたダースを、
特に何の非難もなく迎えてくれたが。
「それにしても、地球も全く落ち着きませんね。」
キューブの入れたコーヒーを飲みながら、カトゥーが呟く。
「機械の暴走だなんて……。僕が火星に行く前にも、大規模なものがあったばかりなのに。」
カトゥーが言っているのは、大型スーパーマーケットで起こった、子供向け愛玩人形の暴走の事
だ。歌う人形という謳い文句で新商品として売られていたそれらは、突然暴れ始め、その場にいた
店員や親子連れを攻撃して死傷者を出した。しかも、その人形達は店舗の外に逃げ出し、今も行方
が分からないという。
事件の起こった当初は、人形メーカーの不備だという事で、その人形メーカー――HALという
メーカーだった――は、かなりマスコミに叩かれていた。
だが、そのすぐ後に、また同じような事件が発生したのだ。今度は別のメーカーから売りに出さ
れていた介護用人形が暴走したのだ。売り場にいた店員や買い物客を攻撃し、そして逃げ出す。し
かも、この介護用人形は初めて売りに出されたわけではなく、長く介護用人形として親しまれてき
た人形だった。
この時、逃げ出そうとした人形達は、その場で警備員達に撃ち壊された。そして、分析にかけら
れる事となったのだが。分析が進んでいる間にも、似たような事件が次々に発生したのだ。全て、
唐突に暴れ出し、人間を攻撃し、そしてその場から逃げ出そうとする。
運良くその場で壊す事の出来た人形達は、皆、分析にかけられた。
その分析の結果は。
「全て同一の、新種のウイルスなんて。」
ウイルスに侵された機械の暴走自体は、珍しい話ではない。不法投棄された機械が、対ウイルス
プログラムを更新されないままに放置され、そしてウイルスに感染して暴走するという事は、数年
前から社会問題になっている。
ただ、今回は規模が大き過ぎる。対象となる機械はメーカーも型式もばらばらで、しかしウイル
ス自体は同一。おまけにそれによって死傷者まで出ているのだ。プログラム・メーカーは今必死で
対ウイルス用プログラムを開発しているそうだが、今も被害は拡大し続けている。
「ダースさんが出くわしたロボットも、同じウイルスに感染したんてしょうか?」
「さて、な。」
ダースにはそこまで分からない。だが、その可能性はないとは言い切れない。
「まあ、怪我人が出なくて良かったです。ダースさんも怪我してないし。」
カトゥーの言葉に同意するように、丸いロボットが回転する。カトゥーの作ったこのロボットは、
本当に、まるで人間のような感情を見せる。
「でも、本当に地球は少しも落ち着きませんね……。機械の暴走に限らず、強盗、殺人なんか日常
茶飯事だし。この前だって、大規模な人身売買の組織が検挙されたばっかりで。犠牲者はほとん
どが子供だって言うし。」
こんなのをキューブに見せたかったわけじゃないのに、とカトゥーは自分が作ったロボットの頭
――丸いので何処から何処までが頭なのかは不明だが――を撫でながら愚痴る。
「……人間というのは何処に行っても変わらないものだ。宇宙に行っても戦争ばかりしている。」
むろん、血を流さずに友好的に進む場所もある。しかし、時に激しい争いを別の星の上でする事
もある。ダースはその最前線にいた。にも拘らず、では地球が平和であるのかといえば、そんな事
はない。カトゥーが言うように、昔と変わらずありとあらゆる悪意のある事件が起こっている。
「こんなのじゃあ、キューブもいつか人間に不審を抱いてしまんじゃないかと、僕は不安で不安で。」
「……キューブに限ってそんな事はないだろう。」
「それでも、絶対とは言えないじゃないですか。」
だから僕はアダルト系のものは置かないようにしてるんです、と思春期の子供の親のような事を、
当の子供――キューブの前で力説するカトゥーを前にして、ダースは黙りこむ。
そして一つ咳払いをして、カトゥーの前にすっと自分の端末を差し込む。
「ところで、先程の暴走した機械人形の事なんだが。」
「え、ああ。ダースさんが動きを封じ込めて、それからいきなり自壊しちゃったんでしたっけ。本
当に、三大禁則事項を全部破ってますよね。」
ロボット工学における三大原則――人間に危害を加えてはならない、前記に反しない限りは人間
の命令には服従しなければならない、前記二項に反しない限りは自己を守らなくてはならない――
これらを、暴走した機械は全て破っている。
「その、自壊する直前の機械人形の言葉が、残っている。」
そう言うなり、ダースは端末を操作し、音声再生を行った。そこから零れるのは、か細い女の声
だ。機械の、無機質な声。
『………許せない。』
呟くように聞こえた台詞。それは端末がリピート再生にある所為だろうが、延々と長く続いてい
く。何度も繰り返される『許せない』の台詞に、カトゥーが呆然とする。
やがて、我に返り、
「って……、これって証拠物件じゃないんですか?!」
「ただのコピーだ。」
「いや、ただのコピーでも、要するに壊れたロボットにアクセスしたって事でしょう!ばれたら大
変ですよ!」
「そんなへまはしていない。」
仮にも軍人だ。自分の痕跡が残るような事はしてない。
「そんな事よりも、この言葉をどう思う?」
許せない。
それは明らかに怒り、憎しみ、哀しみを孕んだ言葉だ。機械が口にするような言葉ではない。そ
んな言葉を口にした、その意味は。
「分かりませんよ、そんな事は。」
「それを調べて欲しい。」
「ぅええ?!」
カトゥーは、口にしていたコーヒーを噴き出しそうになった。
「何を言ってるんです!そんな事、僕がしなくたって警察がちゃんとやりますよ!」
「だが、警察では見落としてしまうかもしれん。」
今の警察は、基本的に機械は感情を持たないという考えが主流だ。鑑識の中にはもっと柔軟に物
事を考える人間もいるかもしれないが。
「あのですね……。」
「分かっている。」
呆れたような顔でカトゥーがコーヒーカップを机に置き、何事か口にしようとするのを、ダース
は制した。
「分かっている。これは私の我儘だ。ロボットに感情を入れる。これは私のこれからの課題だ。そ
の課題の為に、この不幸を利用しているだけだ。だが、もしも本当に、今回のロボットに感情が
宿ったとしたなら、その理由が知りたい。」
ウイルスか、それとも設計上の不備なのか。感情が本当に宿ったのか、そういうプログラムの所
為なのか。
コギトエルゴスムの『マザー』が、あのように人間に不信を抱き、それがそのまま感情となった
理由は、今でも謎のままだ。そしてキューブが同様に感情らしきものを見せる理由についても。
その理由の一端が、このロボットの事で分かると言うのなら、ダースは幾らでもロボットの記録
データをコピーするだろう。
「って事は、これに含まれてるのは音声データだけじゃないですね。ロボットのほとんどのデータ
がコピーされてるって事じゃあ?」
「その通りだ。まあ、自壊してすぐにデータは初期化されてしまったと思うが。」
「……完全に犯罪ですよ、これは。」
言いながらも、カトゥーは端末を受け取る。
「………分かりました、分析してみます。どうせ、次の仕事までは時間がありますから。」
その代わり、とカトゥーは念を押す。
「これはあくまで学術研究の為ですよ。間違っても、警察の妨害や事件解決の為じゃないんですか
らね。」
「分かっている。」
「例え、この分析結果からウイルスを流した可能性のある人物に辿り着いたとしても、首は突っ込
まないで下さいよ。」
ダースの軍人であった時の気質を考えて、カトゥーは言っているのだろう。
その事はダースも承知している。
つもりだった。