色づいた木の葉がはらはらと舞い落ちている。
  どれだけ機械化が進んでも、人間と言うのは何処かに季節の移ろいを示す生命体を置きたがるも
 ので、そして古き良き時代というものを好むもので、磁気道路の上を磁気自動車が浮かんで走って
 も、背の高いビル群を、つるりとした硬化硝子の線路で繋がったとしても、必ず眼を凝らせば木々
 の生い茂る公園がある。或いは、灰色に汚れた壁に囲まれた路地裏が。
  そして、ビルを高く高く、そして天に届く船を作り上げるような知性を輩出する大学ほど、古き
 時代の建物のままであったりする。

 「では、本日は此処まで。」

  講堂の中央に浮かんでいた複雑な構造の機械の立体映像が、その声と共に消える。同時に、暗く
 沈んでいた部屋の中に光が満ちる。壁に埋め込まれていた化学蛍光塗料が、眩しくない自然の光を
 生み出したのだ。
  そういった自動化された光に対し、講堂の中に満ちるのは学生達が木の椅子を鳴らす音だ。未だ
 に残る、古い時代の机と椅子。これらを消そうと考える者は、この大学の中にはいないのだろうか。
 講義や実験に使用されるものは、高度な、それこそ時には時代の最先端を行く機器であるにも拘わ
 らず、大学の中には今では一般家庭でも見かけないような古い物体が置いてある。
  それらを見る度に、ダースは、これらを保護している人間でもいるのかと訝しむ。
  先日、軍を止め、それからは福祉関係の機械の開発に携わる道を進もうと決めたダースだが、む
 ろん、いきなりそうした仕事が出来るわけではない。
  軍にいた以上、普通の一般市民よりも機械について詳しいのは当然なのだが、しかし本当に機械
 に携わる技師ほどの知識があるわけでもない。
  なので、福祉関係の仕事をしつつ、その片手間にこうして大学の講義を受けに来ているのだ。
  まずは機械の歴史から、機械の今現在について、そして自動化機械――所謂ロボットの構造、そ
 のAIに関して。
  確かに知識は一般市民よりもあるとは言え、以前はロボットというものを極端に嫌っていた。そ
 の為、機械について偏見に満ちた知識しか持っていなかったのだが、その偏見が消えた今、再度学
 んでみると、如何に取り零しがあったのかが分かる。
  学ぶという事は、どれだけ歳をとってもその本質は変わらないのだ。人間であれ、機械であれ。
  教材――と言っても、全てが大学の共有データベースにある為、情報端末だけなのだが――を片
 付け、ダースは古めかしい、けれども機械が同居した講堂を出る。講堂の窓から見える景色も、秋
 空と色づいた木の葉のある、機械からはかけ離れた風景だ。大学校内は、勿論磁気道路が走ってい
 るが、しかし磁気自動車よりも自転車のほうを良く見かける。
  かくいうダースは、運動もかねて徒歩で通学しているわけだが。
  ちらり、と腕に嵌めた端末で時間を確かめる。日が暮れるにはまだまだ時間がある。それは、空
 の色からも判断できる。宇宙各地を移動してきたダースにとっては、こうして青い空で時間を計る
 事は、本当に久しぶりなのだが。
  家に戻るには、まだ早い。今日は福祉施設に行く必要もない。
  そうなると、あまり趣味のないダースにとって思い付くものとなれば、知り合いのロボットを見
 にいくくらいしか選択肢はない。軍部時代ならば、銃火器の手入れなどあったものだが、とダース
 は苦笑いをする。
  むろん、今でもダースは銃を持っている。それは、軍を止めたダースに、辛うじて残された軍部
 時代の恩恵だった。それが良いかどうかはともかくとして、一般市民が簡単には手に入れられない
 銃をダースは持ち、ちゃんとライセンスも持っている。尤も、それを使った事は、軍を止めてから
 はないのだが。
  苦笑いを浮かべたまま、服の内側に隠し持った銃をなぞり、ダースは知人の家に向かう。確か、
 今日は彼も非番であったはずだ。優秀な機械技師である彼は、軍を止めたダースなどよりもずっと
 忙しく、数日前まで火星に行って帰ってきたばかりだ。
  疲れているところ申し訳ない、とは思うのだが。若い友人と、彼の作ったロボットに逢う事は、
 ダースの数少ない楽しみの一つなのだから、許してくれというしかない。
  本格的に、彼の家へと脚を速め始めた時。
  何かを擦り合わせるような不快感を煽(る絶叫が聞こえた気がした。
  思わず立ち止ったのは、もはや度重なる戦争によって擦り込まれた習慣としか言いようがない。
 普通の人間ならば、そのまま顔を背けて立ち去りたくなるような喧騒。穏やかな大学の古い匂いか
 らかけ離れた、機械の駆動音の忙しない路地の向こう側で、確かに聞こえたのは、爆撃の合間合間
 に何度も聞いて覚えた人間の断末魔だ。
  何事かと思い、そちらに脚を向けたのも、もはやダースの中に色濃く残った軍人の血の為せる業
 だろう。
  ダースがその現場に辿り着いた時、真っ先に鉄錆びた臭いが鼻腔を突き刺した。彼がよく知って
 いる臭いで、目線の先にはその臭いの源であろう赤い塊が転がっている。通りに面した店のショウ
 ウィンドウの前に作られた血の泥濘に倒れ付したそれに、息がないことは一目瞭然だった。
  久しぶりに見た凄惨な状況だったが、それ以上の修羅場を見てきたダースは、自分でも驚くほど
 冷静に事態を観察した。それは彼に、自分のかつての居場所が如何に人間離れした場所であるかを
 知らしめた。
  眼の前に広がる光景は、つい最近起こった事態なのだろう。人だかりが集まりつつあるが、同じ
 くらい逃げる人々もいる。この事態を受けて動くはずの警官隊もまだ到着していない。
  周囲の状況を一通り確認したダースは、そして血の泥濘の中、すっと立ち上がった人影を見据え
 た。
  どこか無機質な顔立ちの女性。美しくはあるが表情もなく、瞬きもしない。仕草は滑らかである
 と同時に、ぎこちない。引き結んだ形の良い唇からは、些かの呼吸音も聞こえない。
  ダースはすぐに気がついた。
  それが、女性型の機械人形――ガイノイドであると。
  緩くウェーブを描く茶色の長い髪の下で、瞬き一つしない茶色い眼には、瞬きの代わりに忙しな
 い演算の光が明滅しているのだ。
  人間を模倣した、機械。しかも、人間の理想とする形をしている。
  そして、そのガイノイドの形の良い胸から艶めかしい下半身にかけては真っ赤な血で染まって、
 『彼女』が纏う衣服を、その身体にぴったりと貼りつけている。それは『彼女』の身体の曲線美を
 より強調する事となっている。
  しかし、その造形美が意味するところなど、一つしかない。その脇に転がる、物いわぬ肉の塊が
 あれば、尚更。
  見たところ、攻撃用に特化した殺戮機械ではない。おそらく、市販の愛玩人形か養護人形か。け
 れども如何に見た目麗しい女性型であっても、愛玩用の人形、養護や介護用の人形であっても、そ
 の力は人間の比ではない。
  まして、暴走してリミッター制御が成されていないのなら、人間など紙を引き裂くほどに容易い
 だろう。
  暴走している。
 『彼女』を見た瞬間に、ダースはそう判断した。
  ウイルスか、それとも設定上の不備か。本来確実に三大原則がプログラムに組み込まれているは
 ずの機械が、こうして人間に危害を加えているとなると、その原因などそれくらいしか考えられな
 い。
  それとも、『マザー』のように、人間に不審を『覚え』、人間を殺したとでも。
  自らの研究課題を思い出し、ダースは首を一振りする。
  そんな事を考えている場合ではない、と。
  それに、何よりもダースに考える暇など与えぬように、『彼女』は瞳にダースを映す事なく、何
 の前触れもなく、唐突に襲いかかっている。軽い音を立てて跳躍し、ほっそりとして、男なら誰で
 も眼に入れたくなるような曲線も眩しい脚が、けれども人間の頭など一瞬にして粉々に出来る風圧
 を伴って、ダースに向かった。
  が、その時には既にダースは、二度と使う事はないと思っていた銃を引き抜いている。軍の時に
 身体に染みついた動作は、後でダースが思い出してみても、些かの澱みもなかった。
  次の瞬間、曲線美を誇る脚は、金属同士がぶつかり合う特有の鋭い音を立てて、螺子やコードを
 剥き出しにして火花を散らせ、膝関節から引き千切れて地面に落ちていた。
  その横に、悲鳴一つ上げず、足を切断された人形が何かが潰れるような音を立てて転がる。そし
 て、血の代わりに機械部品が気前良く散らばった。その中で足の無い人形が、無表情でもがく。
  もう碌に動けないだろうガイノイドを、ダースは見下ろした。これが戦闘用機械ならば、ダース
 は近付く事を躊躇っただろうが、市販の人形である以上、ダースが恐れる事はない。もしも以前な
 らば、苦々しげにその胴体を蹴りでもしたかもしれないが。
  しかし、それよりも、ダースには確認したい事があった。
  このガイノイドが、何を持って人間を殺したのか。
  ウイルスか、三大原則事項の不備か。
  それとも、まさかとは思うが、あの宇宙船の『マザー』のように、人間に対して不審を持ち、見
 下し、殺したとでも言うのか。
  地面に崩れ落ちた機械の前に屈みこみ、ダースは演算の光を狂ったように瞬かせているガイノイ
 ドの虚ろな眼を見る。茶色い硝子の眼からは何一つとして読み取れない。それは人間のように思い
 を乗せる事はできない、ただのカメラレンズでしかない。美しい髪も合成繊維でしかなく、白い肌
 の下も螺子と基盤とコードの詰まった、機械だ。
  けれども、理想の形をした赤い唇が、薄っすらと動いた。
  それは、小さく、無機質ではあったけれども、はっきりと意味のある言葉を形作っていた。