喚くエヴァを、その機体をシャットダウンさせる事で黙らせた後、キューブは手早く警察への連
 絡を行っていた。彼は未だ白い人形の姿をしており、その状態で無数の『エヴァ』が保管されてい
 るカプセルの状況をチェックしたりと忙しない。
  ようやく周囲のざわめきが治まった頃になって、キューブは項から出したままだったコードを収
 納する。

 「これで、何の問題もなく、此処にある『エヴァ-K425』を全て押収出来るでしょう。HAL側から
  の介入もシャット・ダウンしました。」

  HALが妨害してくる事もない、と告げるキューブの声は、相変わらず平坦だ。人間を拘束して
 のけた機械は、表情すら変えない。あの、丸い機体にいた時は表情を動かすような仕様ではなかっ
 た所為もあるだろうが、やはりキューブも、そうした機能がついていても不要であると考えるのだ
 ろうか。
  表情のないキューブを、ダースが黙って見つめていると、長い凝視に異常と判断を示したのか、
 キューブの視線がダースを捉えた。

 「何か、問題が?」
 「いや…………。」

  もしも今、キューブに笑えと言えば、きっと笑い顔を作ってはくれるだろう。しかしそれが感情
 に寄るものではない事くらい、ダースにも分かる。

 「いや、ロボットの感情について調査するつもりで首を突っ込んだが、とんだ事になってしまった
  と思ってな。」

  最初は、それだけの事だった。
  それが、結果としては友人まで巻き込むという事態に陥ってしまったわけだが。
  その上、感情があるのではないかと考えた機械は、結局は定説通りウイルス感染であったり、脳
 殻が人間だった。実りは何処にもない。
  ただ、あるとすれば。

 「……キューブ。お前は、人間の命令を無視したわけだが。」

  あらゆる物事から解釈した末に、エヴァの命令を無視した――即ち、三大原則事項の網を潜り抜
 けたキューブに、ダースは語りかけた。

 「もしも、以前の――そうだな、コギトエルゴスム号にいた時のお前ならば、どのような判断を下
  した?」
 「その仮定に、どのような意味・意図があるのか分かりかねますが。」

    ダースの問い掛けに、疑問を呈しながらも、キューブは命ぜられた通りに回答する。

 「製造されたばかりの私では、『エヴァ』の背景を踏まえた上での判断はできなかったでしょう。
  おそらく、『エヴァ』が人間である以上、私は彼女の命令に従ったでしょう。」
 「………そうか。」

  そうだろうな、と思う。
  あの船の中で、キューブは唯一、誰も傷つけない存在だった。マザーのように船内の調和ではな
 く、ただただ人間を守る事に重きを置いただろう。そして、そこに存在する人間の命に対して、酷
 く機械的に優劣を付けなかったはずだ。
  誰かを危険だと言い、拘束を解かないなど、決して有り得ない。
  それを果たして成長というものなのか、ダースには分からない。もしかしたら、カトゥーが『学
 べ』と言った事を、ただただ忠実に行うプログラムの所為であるのかもしれない。
  しかし、そうであっても、キューブの中に確かにあった変化は、得るものがないと思える中の、
 数少ない成果だろう。
  けれども、キューブはその変化をどう捉えているのか。機械という檻の中で、自分の変化をどう
 考えているのか。

 「キューブ。お前は、機械である事が嫌だと思った事はないか?」
 「その問いには、先程、エヴァに対して回答しました。私は機械である事が『辛い』『嫌だ』とい
  う事が分かりません。それについて解析した事もありません。」

    幸せも不幸も、理解は出来ない。
  まるで人間の感情を読み取ったかのように動く機械は、ダースの願望をゆっくりと突き放す。け
 れども完全に、その手を離したりはしない。 

 「私は、これまで記録してきた人間の行動から、私がどのように動くべきか解析して、その解析の
  結果通りに動くだけです。」

  つまり、キューブの記録が――経験が増えれば増えるほど、そこから解析される事象が増えると
 言う事だ。
  解析の末に導き出された結果を、なんと名付けるべきかは、わからないが。

 「この回答に、何か不足・不備はありますか?」
 「いいや………。」

  それで良い、と答える。
  それで良い、とも思う。
  きっと、簡単に名付けられるものでもないだろうし、ダースの望む方向に発芽するかどうかも分
 からないものだろう。ダースに出来る事と言えば、キューブの中の変化の方向を、出来る限り長く
 見続ける事だけだ。

 「撤収しましょう。私も、戻ります。」

  これが最後であろう機械音声に、ダースも頷いた。

 「ああ……二人で、カトゥーを迎えに行こう。」

  頷き、言い終わるや、眼の前の白い人形がその眼に緑に光を灯した。途端、糸が切れたかのよう
 に崩れ落ちた。中には、もはや何一つとして残っていない。あるのは白い外殻だけだ。
  戦闘用機械でも、妹を助け出そうとする義体化した人間でもない、ただの動かない人形を見下ろ
 すダースの耳に、ようやくサイレンの音が聞こえてきた。