我々の神々も我々の希望も
  もはやただ科学的なものでしかないとすれば
  我々の愛もまた科学的であっていけない謂れがありましょうか。
  
  ――リラダン『未来のイヴ』より




  鋼鉄都市






  十数年前、とあるヒューマノイド工場で、歴史に残る大事件が勃発した。
  人間型ロボットを大量生産するその工場は、特に医療福祉型ロボットの製造に力を入れており、
 介護用ロボットを味気ない無機質な金属が剥き出しのロボットを、その外観が患者の精神を苦痛に
 追いやっていると提唱し、見た目を限りなく人間に近付けたロボット――即ちヒューマノイドの推
 奨を行った。
  その工場――社名をエワルド社という――は機械工学は勿論、人体学から、果ては心理学に至る
 までの教養を兼ね備えた技術者を集め、人に限りなく近い動きをし、人の表情を見て自分の表情も
 変化させる、世界で最も美しいヒューマノイド『タイプ307-2ガラテア』を作成した。
  毛穴の一つ一つまで精巧に作られたそれは、その精巧さにも拘わらず、普通の医療用ロボットと
 同程度の価格であった、といっても数億をくだらない値段ではあるのだがそういう事もあってマス
 ・メディアにも大きく取り上げられた。
  だが、『ガラテア』の制作に携わった当時の技術総責任者は、ガラテアが人と全く同じ動きをす
 るだけでは良としなかった。
  彼は何度も『ガラテア』の電子脳のプログラムを組み替え、ルーチン思考を出来る限り排除し、
 彼女――『ガラテア』は女性型ヒューマノイド、つまりガイノイドだ――を成長する事が出来るよ
 うにした。
  それは、機械にある、それこそパーソナル・コンピューターにでも搭載されているような学習機
 能ではない。
  彼――カレル・チャペックが目指そうとしたものは、完全に人間と同じ行動をする、即ち、物事
 に対して何事かを感じて、その感情に即した行動ができる人形、有態言ってしまえば、心を持った
 ロボットだった。
  そして、研究に研究を重ねたカレルが構築したものが、疑似感情プログラムであり、後にウイル
 ス・ソフトとして闇に葬られてしまった『LEB108』である。
  何故、このプログラム『LEB108』がウイルス・ソフトと呼ばれるようになったのか。それは至っ
 て単純だった。エワルド社の工場で歴史に残る大事件が発生したからである。つまり、『LEB108』
 を汲みこまれた『ガラテア』達が、最終チェックを終えた後、チェックの際の記憶を削除して初期
 化処理をされている途中で、反乱を起こしたのだ。
  突如、彼女達は悲鳴を上げ、初期化作業中の研究員を殴り殺したのだ。そして駆け付けた警備兵
 達を次々に殺しながら工場内に雪崩れ込み、工場で作業している作業員達をも殺していったのだ。
  すんでのところで工場を完全封鎖した為、街へ彼女達が流れ込む事はなく、封鎖された工場にサ
 イボーグ兵が投入され、ガラテア達は一掃された。
  しかし工場内で働いていた作業員204名が死亡し、生存者も重傷を負う重大な事件となり、エワ
 ルド社は社会的非難を受けた。
  また、この事件で工場に突入したサイボーグ兵達が、ガラテア達が『自分達の記憶を不当に消そ
 うとするなど許せない』と叫んでいたと証言した事で、ガラテア達が植え付けられた疑似感情プロ
 グラムにより、自分達の所有権を増長してしまい、三大原則第一である『人間には危害を加えては
 ならない』が脅かされたのだと憶測が飛び交った。そしてその非難の矛先は、当然、プログラム構
 築者であるカレルに向かい、カレルは事実上ロボット研究者としての地位を剥奪され、そしてその
 まま失意の内に死を迎えた。
  往年、彼は唯一手元に残された『ガラテア』に、しきりに何かを語り掛けていたという………。
  
  
  
  
  機械の起動音がしたかと思った瞬間、今まで耳に語りかけていた機械音声と、眼の前に広がって
 いたカレルの顔写真とガラテアの写真、そしエワルド社工場での惨劇の映像が消えた。それを確認
 してから、ダースは耳と目を覆っていたイヤホンとカメラを外す。そして、大きく溜め息を吐いた。
  すると、その溜め息を聞き届けたのか、先程までダースの付けていたイヤホンとカメラに接続し
 て映像と音声を送り続けていたキューブが、キュルっと鳴いて、コーヒーを差し出す。
  その様子に小さく笑みを浮かべながら、ダースは差し出されたコーヒーに手を伸ばした。
  そして、先程まで見ていた映像をもう一度頭の中で振り返る。
  
  ダースがカレルとガラテアの事を調べているのには、彼が今福祉ロボットの研究に携わっている
 事に原因がある。
  ダースが考える福祉ロボットとは、出来る限り人間の感情に近い思考プログラムを備えたロボッ
 ト――正にカレルが考えた『心を持ったロボット』だ。人に寄り添うロボットならば、人の感情を
 理解するべきだという思いがダースにはある。
  だが、今のロボット業界は実を言えばそれとは真逆を向いている傾向にある。それは福祉業界も
 同じである。
  むろん、人の感情を理解するロボットを考えぬ技術者や研究者がいないわけではない。だが、そ
 の声は一様に『ロボットが狂ったらどうするんだ』という発言に掻き消されてしまう。その時に、
 出される具体例が、このガラテア事件である。
  ただ、ダースはガラテア事件の時は戦場にいて、具体的な情報を知らなかった。それに元はロボ
 ット嫌いだった事もあり、その事件を耳にしても『またロボットが』と蔑んだ思いで見ていたため、
 詳しい事を知ろうともしなかったのだ。
  だが、考えを改めてロボットに関わろうとしている今、特に感情を持ったロボットを目指す今、
 過去に起きた惨劇を知らないでは済まされないと感じ、キューブにインターネットで情報を探して
 貰い、こうして情報を見せて貰っていたのだ。

  しかし、とダースは顔を顰める。
  確かに、ガラテアの事件は、感情プログラムの構築を考える者にしてみれば尻込みするような事
 件だ。最終チェックの記憶にさえ我を持って所有権を口にするとは、しかも挙句に人を殺すなんて、
 ロボットとしては一番あってはならない事だ。
  つまり、『感情プログラム』と『三大原則第一』は相反するものだという前例を、ガラテアは作
 ってしまったのだ。
 
  ダースは腕組みをして考え込む。
  ロボットにとっては『三大原則第一』は絶対だ。それが狂えば、どうなるかはダースも良く知っ
 ている。何せ、マザー・コンピュータが狂ったコギトエルゴスム号の悲劇は、ダースの中に今でも
 生々しく残っている。
  尤も、その生々しい記憶の中でも、新しく友と呼べるものに出会えたから、それは決して忌避す
 る記憶ではないのだが。
  そう思って、足元にいるキューブを見れば、キューブは壁に取り付けられたモニターのランプを
 見ている。赤い帽子とメガネは、彼を作った技術者に良く似ている。そう、改めて頷いていると、
 モニターに、図らずともその技術者――カトゥーの顔が映し出された。

 『ああ、こんばんわ、ダースさん。』

  思考に浮かんでいた人物が、突然モニターに現れて、思わず仰け反ったダースになど気にせず、
 モニターの中の若い友人は、にこにこと笑っている。

 『すいません、キューブの面倒を押しつけちゃって。どうですか、キューブは何かご迷惑をかけて
  いませんか?』

  先週、火星にある人工衛星に技術者として行かないといけないと呟いていたカトゥーは、その間
 キューブをどうしようかと悩んでいた。それを見たダースが、それならば自分が預かると申し出た
 のだ。ダースとしても、キューブを預かる事によってキューブの行動を間近で見る機会が増えるの
 は願ってもない事だった。
  かくして、カトゥーはキューブをダースに預けて、火星へ旅立ったのだ。
  しかし、この親馬鹿の技術者は、そんなにキューブの事が心配なのか、毎日こうしてモニター通
 信をしてくるのだ。

 「ああ、キューブは何も問題はない………。」
 『本当ですか?良かったぁ。』

  この遣り取りも、一週間ほど続いている。
  やれやれ、とダースは首を竦めようとして、だが待てよと思い聞いてみる。

 「カトゥー、カレル・チャペックという人物を知っているか?」

  もしかしたら、技術者であるカトゥーならばカレルの事を知っているかもしれない。
  すると、果たして彼は頷いた。

 『知っていますよ。ガラテア事件の技術者でしょう?それがどうかしましたか?』
 「ああ………。」

  ガラテア事件の時はカトゥーはまだ学生かそこらじゃなかったのか、とも思ったが、やはり技術
 者としてそこは知っているのだろう。
  ダースはとりあえず、福祉ロボットの感情プログラムの導入と、それに対する反発について調べ
 ていた事を話した。

 「皆が一様にガラテアの事を言うから、一度調べてみようと思ったんだが。」
 『まあ、なかなか難しいでしょうねぇ。ガラテア事件は、感情プログラムによる最大の悲劇ですか
  らね。』

  うんうんと、どの機械よりも感情めいたものを見せるロボットを、遊びで作ってしまった男がモ
 ニターの中で頷く。

 「どうだろう?例えば、あのままガラテアの初期化をせずに、そのまま成長させていれば、何事も
  起こらなかったと思わないか?」
 『それは、キューブやマザーのことを指して言ってるんですか?』

  キューブはカトゥーに愛情込めて育てられ、マザーは人々の軋轢を見ているうちに人間不信にな
 った。この二つのロボットの間にあるのは、方向は違えど他者によって感情を育てていった事にあ
 る。ならば、ガラテアも同じように、記憶を消さずに育てていけば良かったのではないだろうか。
  だが、カトゥーは首を横に振った。

 『どうなんでしょうね?ダースさんの言ってるのは、十分成長させた後で初期化したら良かったん
  じゃないかって事ですよね。それは出荷の為か、修理の為か分かりませんけれど。でも、僕は、
  例え成長してもガラテアは『記憶を失う事』に抵抗するんじゃないかと思うんです。』
 「何故だ?」
 『ガラテアが、人間に近くなるように作られたからですよ。』

  これは僕の憶測にすぎないんですけどね、と前置きしてから、若い友人は言った。

 『人間だったら、自分の記憶を失えと言われて、はいそうですか、なんて言わないじゃないですか。
  ガラテアが、人間に近くあるように感情プログラムを作られたのなら、それは同じですよ。』
 「だが、キューブなら、もしも何か危険があって、初期化しろと言われたら、するだろう?」
 『キューブはガラテアじゃありませんから。』

  キューブの親は、あっさりとそう告げた。

 『キューブのプログラムなんて、ガラテアの足元にも及ばないちゃちなものですよ。でもキューブ
  は、ここまで成長した。勿論ガラテアにだって成長できたのかもしれないですけど、でも世間が
  それを許してくれなかった。キューブは僕が遊びで作ったロボットで、でもガラテアは商業用ロ
  ボットで。つまり、ガラテアには一切の時間的余裕も許されない。』
 「……………成長させる暇も、か。」
 『だって、僕みたいに遊びじゃなくて、利益を生み出さないといけない経済活動ですからね。心だ
  何だと言ってる暇なんて、本当はなかったんですよ。カレル博士以外には。』

  そう言ってから、カトゥーはどうしますか、と尋ねた。何がだと訝しげに首を傾げると、カトゥ
 ーは、実は、と声を潜めた。モニターだから、あまり意味がないのに。

 『カレル博士の妹の居場所を、僕は知ってるんです。』

  カレル博士の妹も有名なロボット工学者でしたからね、何度か学会で見てます。
  そう、まるでポーカーでロイヤルストレートフラッシュを出した時のように、カトゥーは得意げ
 だ。

 『カレル博士が失墜して、その煽りを受けて一緒に学会からは消えてしまいましたけど、人当たり
  の良い人だから逢って貰えると思いますよ。』

  逢ったら、その時の話を聞かせて下さいね。
  そう言って、カトゥーはおやすみなさいと手を振ってモニターから消えた。