サンダウンが微かな揺れを感じて眼を覚ますと、まずはガタガタという車輪が凹凸の上を走って
急に止まったような音と、そして視界には件の黒い賞金稼ぎが眼に入った。
サンダウンが座っている座席の対面に座っているマッドは、眠っていたサンダウンとは異なり、
先程まで何かを熱心に見ていたようだ。マッドが広げていたらしいそれは、ちらりと見れば古びた
地図のようであったが、一体何処の地図なのかはサンダウンには分からなかった。
ただ、マッドの事だからこれからの行く先をしっかりと調べているのだろう。サンダウンはそう
頷いて、夜明けには程遠い窓の外を眺めた。
出航
列車は、静かに何処かの駅に止まっているようだ。
サンダウンが見ている窓の外は暗く、一体何が何処にあるのか分からぬほどだった。分かるもの
といえば、手が届かぬ遠い場所で輝く星々と、駅の薄暗い街灯くらいのものだった。煌めく星のお
かげで、何とか列車がどちらを向いているのかは分かったものの、だが、以前として何処を走って
いるのかは分からない。
まあ、分からなかったところでサンダウンには困る事はないのだ。列車の行く先は一つしかない
し、それにマッドがそのあたりはきちんと把握しているだろう。
ただ気になるのは、列車の中に妙に人気が少ない事だった。
列車の中には煌々と明かりがついていたし、サンダウン達がいるのは一等車両の個室なのだが、
隣の個室にもどうやら明かりが灯っているようなのだが、けれども人の気配がしないのが不思議だ
った。
一等車両の豪華な部屋には、当然の如く寝台も頭上に添えつけられていたし、彼らが明かりをつ
けっぱなしで寝ているという可能性も、勿論あるのだが。
ただ、列車が停まっている駅にも人影がないのが、奇妙といえば奇妙だった。白々しく光る街灯
の下には、ただただ街灯の影が伸びているだけだ。
もしかして自分達以外には誰もいないのではないか。そんな事を考えてしまうほど。例えばサン
ダウンが寝ている間に列車強盗にでもあって、他の乗客はみんな逃げ出してしまったのではないか。
まあ、その場合、此処に賞金稼ぎマッド・ドッグがいる以上、誰かが逃げ出すには及ばない事なの
であまり考えられない事だったが。
それに、誰もいなくなってしまって、それで困るのかと言われればあまり困らない。サンダウン
もマッドも、荒野に一人きりは慣れている。流石に荷台に乗っている馬もいなくなっているとなる
と、少し困るかもしれないが。
「うぞうぞせずに、大人しくしてろよ。」
きょろきょろと辺りを見回していたサンダウンに、マッドが地図をしまいながら呆れたように言
った。
なんだか久しぶりに聞いたような気がするマッドの声に、ほっとしてサンダウンはもぞもぞと椅
子に座り直し、帽子を目深に被ってポンチョと帽子の隙間からマッドを見れば、マッドは視線をサ
ンダウンに向けて呆れたような表情を浮かべている。
「眠いんなら寝台使えよ。別に椅子に座って寝る事はねぇんだ。」
別に眠いわけでは、と思ったが、先程まで眠っていたのは確かなので、反論できない。むうと黙
り込んだサンダウンに、マッドは小さく溜め息を吐いて、腹でも減ったのか、と問うてくる。子供
に対する扱いをされているような気がして、サンダウンがますます黙り込んでいると、マッドはサ
ンダウンから眼を逸らし、足元に置いていた荷物袋をごそごそと漁ると酒瓶を取り出した。
「腹が減ってねぇのなら、こっちが足りねぇのか?別に飲んでも構わねぇが、酔うんじゃねぇぞ。」
そんな酒で酔うものか、と思ったがマッドが言っているのは酒で酔うというよりも、酒を飲んで
且つ列車に揺られた所為で酔う事を言っているようだった。どちらにしてもそんな失態は犯さない
が、ひとまず頷いて、サンダウンはマッドから酒瓶を受け取った。
一方のマッドは、酒を飲むつもりはないのか窓辺に肘をついて、ぼんやりと窓の外を見始めた。
珍しいマッドの様子に、サンダウンは首を傾げる。いつもならサンダウンが酒を飲み始めれば、
マッドももう一つ酒瓶を取り出して飲み始めるのに。もしかして、サンダウンに渡したのが最後の
一本だったのだろうか。
そう思ったサンダウンは今にも口を付けようとしていた酒瓶を前にして、ぴくりと行動を辞めた。
あまりにも不自然に行動を止めたサンダウンに、マッドが怪訝に視線を向ければ、サンダウンは
すごすごと酒瓶を返した。
サンダウンの行動に不気味さを感じたマッドが、少しばかり身を引いて、
「どうしたんだ、あんた。」
と気味悪げに呟いた。
「……これが、最後の一本なんだろう?」
呟き返したサンダウンに、マッドは目を丸くして、やがて皮肉っぽい笑みを湛えて言い返した。
「へえ、これはこれは、あんたにそんなふうに気遣う心根が残ってたとは驚きだ。」
「…………。」
「だが残念。生憎とこれが最後の一本なわけじゃねぇ。それに仮に最後の一本だとしても食堂に行
けば、酒くらいいくらでも手に入るしな。」
むっとしているサンダウンに、マッドはひらひらと手を振って、だから好きなだけ飲んだらいい、
と言う。
「どうせもうすぐ出発だ。酔って吐かれると困るが、まあ出航祝いに酒瓶を割っても良いだろ。」
マッドがそう言うのと同時に、列車が野太い汽笛を上げた。
がくんと音がして、列車が揺れ、やがて軋む音と共に列車が前へと進み始めた。