不穏な言葉を吐く少年をまじまじと見つめた後、マッドは耳をパタパタさせながら、サンダウンを
見上げた。

「なあ、キッド。あいつのての、くろいの、なんだ?なんか、かっこいいぞ。」

 少年の手に刻まれた刺青を指差し、マッドは問う。その眼が、妙にきらきらしている。魔物達の中
で刺青の風習はないから、無理もないと言えば無理もないが、刺青なんぞ別にかっこよくもない代物
だ。
 ただ、無鉄砲なティーンや、その感性を持ち続けたまま大人になった輩なら、かっこ良いと言うか
もしれないが。

「おれも、ああいうのしてみたいぞ。」

 そのティーンみたいな事を、マッドが言い始めた。
 しかし、サンダウンは当然の事ながら反対である。

「やめておけ。」
「なんでだ。このおれがかっこよくなったら、だめだっていうのか。」

 サンダウンの反対に、文句を言うマッド。
 黒い小さい三角形の耳をパタパタさせるマッドは、残念だがかっこ良いというよりも可愛いらしい。
刺青をしたところで、その辺りが覆る事はないだろう。 
 いやそれよりも、マッドのぷるぷるの肌に、刺青を入れるなんて冒涜的な事が許されるわけがない。
 だからと言って、それを馬鹿正直に伝えると、マッドからもの凄い勢いで文句が返ってくる事は眼
に見えている。
 なので、まずは事実を伝えてやることにした。

「刺青は、あれは入れたら取る事は出来んからな。一生、そのまま残るからな。」
「それはいやだ。」

 すると、マッドはきっぱりと返事した。どうやら、一生ものであるという事を無視してまで進める
ほど、マッドは無鉄砲ではなかったらしい。
 しかし、かといって諦める気もないようだ。

「えのぐとかで、にたようなことできるんじゃねぇのか。」

 なあなあ、とズボンの裾を引っ張るマッドに、サンダウンは、ああそうだな、と適当に答える。絵
具で身体に模様を描いて、それで満足するのならそれで良いだろう。

 それよりも、とサンダウンは剃刀色の眼をぎらつかせている少年に視線を向ける。鈍色の髪をだら
りと垂れ下げた少年からは、やはり異様なほどの瘴気が漂っている。
 それは、少年が魔法を使えるという事実に起因しているのだろうが、そこに少年に対する怨嗟やら
呪詛が入り込み、少年の魔法を瘴気に変換してしまっているのだ。
 人の業が、人を人ならざるものに変貌させてしまう良い例だ。
 けれども少年が背負っているそれは、サンダウンでさえ元が人であったとは分からぬほどに、重い。
もしも彼が、一度でも悪魔の炎に触れることになれば、その身は一瞬で鬼火となるだろう。
 正直なところ、サンダウンにとって、この少年がどうなろうと知ったことではない。
 魔法使いであるが故に迫害されている事実を憐れまぬわけではないし、その身に起きた不幸な出来
事も想像できる。
 だがそれらは、サンダウンに、マッドをの平穏を犠牲にしてまで少年を救うという選択肢を選ばせ
るにはあまりにも弱い。
 
「お前達は人間じゃないんだろう。」

 少年が、刺青の入った手を見せつける。

「ならば、悪魔についても何か知っているはずだ。」
「しらねぇぞ。」

 マッドが、さらっと少年の問いかけに否定の弁で答える。

「たしかにおれらはにんげんじゃねぇが、だからってあくまのしりあいがいるわけじゃねぇ。だいた
い、あくまなんかほんとうにいるのか?」

 そう。天使と悪魔に対しての認識は、人間も魔族もそう変わらない。天使は神の使いで、悪魔は地
獄より来たる者だ。
 そしてその姿は、基本的には人間にも魔族にも見えない。サンダウンでさえ、その姿は知らない。
鬼火になる時に見たのかもしれないが、覚えていない。
 けれども、人間にとっては、いなくては困るのだ。
 でなければ、

「俺の存在は、どうなる?悪魔に魂を売り渡したと罵られて、罪人扱いされている、この俺の存在意
義は?」

 悪魔の存在を理由に、虐げられている者がいるのだ。その者にとっては、神はいないも同然だが、
悪魔はいて貰わなくてはならないのだ。でなければ、虐げられている理由がなくなってしまう。刺青
を入れた理由もなくなり、自分が何故虐げられているのかが、分からなくなってしまう。
 血を吐くような少年の叫びを、マッドはサンダウンのズボンの裾を握ったまま、きょとんとして見
ている。
 虐げられた事を知らない子犬には、虐げる理由が必要であるという意味が、よく分からないのだ。

「どういうことだ?」

 少年の呪詛に満ちた声に、困惑したようにサンダウンを見上げるマッドに、気にするな、とサンダ
ウンは答える。
 少年のような生き様など、マッドは知る必要もないし、マッドがそのような状態に身を窶す必要も
ない。
 マッドは虐げられる運命にはないし、そのような運命はあってはならない。
 少年から広がる瘴気が、マッドに届こうとするのを、サンダウンはポンチョの裾を払う事で弾き飛
ばす。如何に哀れな生まれであっても、マッドに手を出す事は許さない。

「なあ、キッド。おれはおもうんだが、こいつはさくらんしてるんだとおもうんだ。ちょっとあたま
をひやさせたほうがいいんじゃねぇかとおもうんだ。そしたら、あくまなんてみょうなことを、くち
ばしったりしなくなるとおもうんだ。」

 マッドが、耳をパタパタさせながら提案する。
 悪くない提案だ。これが、本当にただ単に錯乱した人間相手ならば。残念だがこの少年は、痛々し
い程に正常で、だからこそ悍ましいのだ。

「めしをくって、おちついたら、まともにはなせるようになるんじゃねぇかな。というか、おれがは
らへったんだが。」

 どさくさに紛れて空腹を訴える子犬。
 飯、と催促する子犬は、どうやら意味不明な事ばかり言う少年に飽きが来たようだ。
 マッドの催促にサンダウンは頷き、

「それは、どうするつもりだ?」

 少年を顎で指して――カボチャの中でやったので分からないだろうが、しかしマッドに意図は伝わ
ったようだ――問いかけると、マッドは、

「めしくらい、くわせてやるぜ。おれたちはけちじゃねぇからな。」

 マッドがそう言うなら、サンダウンに異論はない。飯くらい、食わせてやる。

「で?」

 マッドが再び、サンダウンのズボンの裾を引く。見上げる二つの眼には、困惑は既になく、むしろ
問い詰めるような色合いが深い。

「てめぇ、ちゃんとめしをつくってるんだろうな。まさかおれにつくらせようだなんておもってねぇ
だろうな。」