サンダウンの振り下ろした大鎌が、少年を真っ二つにする寸前、少年の身体はそれを避けた。
 といっても、少年が避けたのではない。少年の下に敷かれているトカゲ達が、己の危険を察知して
避けたのである。その為、上に乗っていた少年も動く事になり、結果的にサンダウンの鎌から逃れる
事になったのだ。
 尤も、トカゲ達は少年の身の安全など興味がない為、少年がそのまま自分達の身体の上からずり落
ちても、全く気にもかけなかったが。
 それどころか、自分達を真っ二つにしようとしたサンダウンの脚元につめより、きゅいきゅいと抗
議の声を上げている。もふもふになるサンダウンの脚元。

「キッド!ひとりだけ、もふもふになってずるいぞ!」

 そして、そう叫んでもふもふトカゲの中に飛び込むマッド。サンダウンの脚元がややこしい事にな
り始めたあたりで、トカゲから振り落とされた少年が、むくりと起き上がる。鈍色の髪をだらりと床
に垂らしながら、目覚めて一番最初にふるもっふな光景を見る事になった。
 完全に覚醒した少年を見て――足元をもふもふにされながら――サンダウンは舌打ちした。
 これで、単純に人里に戻すだけではならなくなった。この少年の口から魔族の事が漏れる前に――
マッドの事が人の耳に入らないように――口を封じてしまわなくてはならない。
 大きく見開いた剃刀色の眼に、自分達の姿が映っているのを見て、サンダウンは鎌を構え直す。

「な、なんだ、お前達は?」

 床から身を起こしかけた姿で、少年は問う。マッドとサンダウンと、そしてトカゲとを見比べ、や
がて何かに気が付いたかのように眼に光を灯した。

「そうか……お前達は、悪魔だな。やはり俺の考えは正しかった。この世にいるのは、神ではなく、
悪魔なんだな。神よりも悪魔は、我ら人間に近しいのだ、と。」

 呟く少年の声を聞き取り、トカゲに埋もれていたマッドが、もふるのを止め、サンダウンのズボン
の裾を引く。

「なあ、あいつなんかおかしなことをいってるぞ。ちょっと、あたまがあれな、かわいそうなやつな
のかもしれねぇ。」
「おい、俺はおかしくなんかないぞ!」

 マッドの声が聞こえていたらしい。少年がこちらを睨み付ける。
 それに対してマッドも少年を睨み付け、

「おかしいやつは、たいていじぶんではきづかないんだぜ。じぶんではおかしくなんかないっていう
んだぜ。」

 と、対抗する。

「黙れ。人間を苦しむ様を見て喜ぶ悪魔に、気違い呼ばわりされる覚えはない。」
「その、あくまってのが、わからねぇんだよ。」

 マッドは口を尖らせ、なあ、とサンダウンを見上げて同意を求める。

「おれらは、あくまなんかじゃねぇんだぞ。」

 かなりの頻度で、悪魔的としか思えない悪戯を仕掛けて、悪魔そのものの笑い声を上げる子犬は、
きっぱりと言った。

「おれのなにをみて、あくまっていってるのかしらねぇがな。あくまってのはもっと、こう、おかし
なやろうじゃねぇのか。」
「お前達が十分におかしいから言っているんだろうが。」
「このおれさまのどこが、おかしいっていうんだ。めがわるいんじゃねぇのか。それともあれか。ち
びには、おとなのびてきかんかくが、わからねぇのか。」
「お前のほうがチビだろうが。」

 しょうもない言い合いが始まった。しかも、少年がマッドの地雷を踏んだ。
 チビと言われたマッドが――別に普段それほど身長の事など気にもしてないだろうに――ぷくんと
頬を膨らませた。

「うるせぇぞ!ゆきにうもれるなんていう、ぶざまなかっこうをさらしたおまえのほうが、せいしん
てきにちびなんだぞ!」
「そういう事を言うほうが、精神的にチビに決まってるだろうが!」

 しかし、サンダウンとしては、マッドとこの少年が仲違いするほうが都合が良い。そのほうが、マ
ッドに咎められず、少年を屠る事が出来る。
 鎌からは手を離さず、二人のやり取りを見下ろしながら、サンダウンはマッドが少年に飽きる時を
今か今かと待っている。

「だったら、悪魔ではないというのなら、お前達は一体何なんだ!俺はこの森の奥に、悪魔が灯した
炎があると聞いてきたんだ。」

 叫ぶ少年に、マッドは妙な顔をした。

「このもりに、あくまなんていねぇぞ。おれはみてのとおり、いぬだし。とかげはとかげだし、キッ
ドはみてのとおり、カボチャだ。」

 なあ、とマッドは同意を求める。トカゲ達は、きゅい、と返事をするが、サンダウンは頷かなかっ
た。
 少年の為にわざわざ答える責務はない所為でもあるが、それ以上に少年の言葉に思い当たる節があ
ったからだ。
 悪魔の炎。
 それは、紛れもなくサンダウンの自身の魂に宿る炎の事だ。天国にも地獄にも迎え入れられる事の
ない魂に、唯一憐れみを覚えた悪魔が差し出した炎が、鬼火の核だ。
 しかし、サンダウンはそれを寄越した悪魔を知らないし、そして他のどの鬼火も、己に慈悲をくれ
た悪魔の事は知らないだろう。そして、その炎を手に入れたところで、何にもならない事を。

「そもそも、あくまのほのお?なんてもんをみつけてどうするんだ。どうせ、なんのやくにもたたね
ぇぜ。せいたんさいでもらう、せいぼのほのおだって、じっさいのところ、ごりやくがあるのかびみ
ょうだぜ?」

 魔族達の間では、聖誕祭は神子を祝うものではなく、神子を産んだ聖母を祝う為のものだ。慈愛の
聖母がもたらす炎を持ち帰り、暖炉に灯すのが習わしだが、サンダウンと暮らすマッドは、それほど
その習わしに熱心ではない。まれに行事に参加して、貰ってくる事もあるが。

「聖母の炎?」

 少年が、少しばかり首を傾げた。人間の知らない風習だからだろう。しかし、すぐにそんな事はど
うでも良いとばかりに首を横に振る。

「まあ、そんなものの事はどうでも良い。悪魔の炎さえあれば、俺はもっとましな人生を送る事が出
来るんだ。神への祈りは届かなくても、悪魔に魂を売る事はできるからな。」

 これを見ろ、と少年は痩せ衰えた手を見せた。手の甲から、中指の先までに渦巻くような模様が絶
え間なく刻まれている。黒々としたそれは、獣人であるマッドには馴染みのないもので、かつて人間
だったサンダウンも、それを身体に入れている人間を見たことは、ほとんどない。
 刺青。
 サンダウンの鬼火が魂の罪を示すならば、それは現世での罪を示すものだ。

「俺は魔法が使えるというだけで、悪魔に魂を売り渡したと言われてきた。だから、実際に売り飛ば
しても、問題ないだろう。」

 それで、世界が変わるのなら。