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 カボチャ頭のサンダウンが、自分の家の玄関のドアに、一枚の手紙が差し込まれているのを見つけ
たのは、朝食を食べ終えて、さてこれからどうしようか、と考えている時だった。
 するりと差し込まれた手紙は、一応封筒に入れられていたが、切手も貼られておらず、誰かが直接
やって来て扉の隙間に滑り込ませたのだろうと分かる。
 しかし、鬼火であるサンダウンの元に、好き好んで手紙を差し込む輩はいないはずだ。
 鬼火とは天国にも地獄にも行けない罪人の魂が、無為に燃えているだけの存在であり、あらゆる者
から唾棄されている。だから、此処に近づく者自体、いないはずなのだが。
 そう思いながら封筒から中身を取り出し、読み始めて合点がいった。
 手紙には一番最初に、『重要なお知らせ』と書かれていた。

『重要なお知らせ。
 最近、森の中に人間達が入り込んでいるという情報が多数寄せられています。
 今のところ、我々の生息域にまではやって来ていないようですが、小さなお子様をお持ちのご家庭
 では、十分に注意してください。
 特に、お子様が出かける時は、知らない人についていかないよう、指導をお願いします。
 町内会より。』

 町内会の知らせだった。
 この森には、無数の、所謂魔物と呼ばれる存在が暮らしている。その魔物達で結成された町内会か
らの報せであった。
 だが、普通、鬼火であるサンダウンの元には、このような報せは入ってこない。サンダウンは鬼火
であるが故に、魔物達の集まりからは切り離され、彼らのコミュニティの一員とは見做されていない
のだ。
 けれども、それでもこの報せはサンダウンの元にやって来た。それは、それほどまでに、魔物の存
亡に関わるほどに、この報せが重要だから、というわけではない。いや、人間の介入は重要事項では
あるのだが。
 そこに、ぽてぽてと足音を立てて、ちんまりとした子犬が奥の部屋から出てきた。赤い犬耳フード
のついたコートを着込み、今からさも出かけます、と言わんばかりの出で立ちをした子犬の獣人は、
手紙を読むサンダウンの脚元をすり抜けようとする。その後ろには、これまたフードを被ったトカゲ
達が、ぽむぽむと足音を立てて連なっている。
 サンダウンを尻目に家の外に出ようとする子犬を、サンダウンはひょい、と摘み上げた。

「うきゅっ!」

 まさか止められるとは思っていなかったのか、子犬が悲鳴を上げた。
 しかし、悲鳴は短く、すぐにじたばたと暴れ出す。

「なにしやがるんだ、てめぇ!」

 きゃんきゃんと吠え始めた子犬とサンダウンの周りで、きゅいきゅいとトカゲ達も鳴き始める。非
常に煩い。

  「何処に行くつもりだ。」

 喧しい子犬とトカゲの声を無視して、放っておくと好き勝手する子犬に問いかけると、子犬は妙に
偉そうな態度で、

「さんぽだぜ。」

 と答えた。
 黒い毛並みを持った――今は犬耳フードで隠れてしまっているが――子犬は、眼も開かない赤ん坊
の頃、流行り病で親兄弟を亡くした犬の獣人である。どういうわけだかサンダウンに懐き、他の魔物
が反対するのを無視して、サンダウンと一緒に暮らしている。
 獣人達は子犬をサンダウンから引き剥がそうと、しばらくはあれこれ手を尽くしていたが、どうに
も無理だと分かると、ぶつぶつ言いながらも子犬がとにもかくにもきちんと育つように、自分の子供
のお古だとか、夕飯の残りだとかをサンダウンの家に置いていくようになった。
 この、町内会のお知らせも、子犬を案じて滑り込まされたものだろう。

「雪が積もっているが。」
「かんけいねぇぜ。」

 いいかげんおろせよ、と口を尖らせて、マッドという名前の子犬が吠える。
 言われた通り降ろすと、マッドはサンダウンが持っている手紙に眼を付けた。 
 
「なんだ?あんたにてがみをもらう、あてなんかあったのか?」 
「町内会からの知らせだ。」
「ふぅん。なんだって?」
「物騒だから、あまり表を出歩くな、だそうだ。」

 此処で人間云々を言うと、マッドは逆に嬉々として出ていくような気がする。

「なにがどうぶっそうなのかわからねぇな。ぐたいてきじゃねぇはなしには、おれはのらないぜ。」

 まあ、人間云々がなくても、マッドはサンダウンの言う事など聞きはしないのだが。何事も無かっ
たかのように、玄関に向かうマッドを、サンダウンは止めようとはしない。
 確かに人間がいるとかその辺りは気になるが、マッドには無数のトカゲがついているし、大事は起
こらないだろう、と考えている。それに、仮に人間がこの辺りに近づけば、サンダウンが気づく。
 鬼火は、かつて己もそうであった存在――人間の気配には敏感だ。この世に蠢く、サンダウンも含
め、所謂、負の塊である者共は、元は人間であった。故に、元を同じくする存在どうしは気配を感じ
やすい。むろん、元の存在である人間も。

  「あまり遠くには行くな。それと、早めに帰ってこい。」
「わかってるぜ。」

 ラメ入りのファーに包まれた尻尾が、ふりふりと、本当に分かっているのか分からない返事をする。
 しかし、サンダウンがこれ以上何を言っても、マッドは勝手に何処にでも行くのだから、これ以上
の声かけは無意味である。

「まつぼっくりとか、かざりにつかえそうなもんをひろってくるぜ。」 
 
 一瞬、マッドが何を言っているのか分からなかったが、ああそういえばと思い出す。そう言えば、
そろそろ聖誕祭であった。 
 サンダウンとマッドの家の前には、サンダウンが森の奥で見繕ってきた、形の良いモミの木が植わ
っている。聖誕祭までにそれを飾りつけするのが、魔物の聖誕祭の祝い方である。
 一応、飾りはあるにはあるのだが、それらは家の中の飾りつけにも使われているので、少しばかり
足りない。マッドはそれを調達しに行くつもりらしい。 

「あんたが、かぼちゃをかざるのはだめだっていうから、しかたなくやってるんだからな。」 

 万聖節で使用したカボチャの提灯を飾りに使おうとする子犬を、そんな事をしたら他の魔物が怯え
ると諭し、止めさせたのは、記憶に新しい。

「じゃあ、いってくるからな。ひるめしはじぶんでてきとうにつくれよ。」

 しっかり自分の弁当は確保して、マッドは玄関を出ていく。その後を、トカゲの群れがぽてぽてと
追いかけていった。