オムライスを口いっぱいに頬張ったマッドは、ひどくご満悦だった。

「ひげのわりには、なかなかうまいじゃねぇか。」

 サンダウンが作ったオムライスについて、そんな評価をしながらも、もごもごと食べていく。子供
用の椅子に座ったマッドの脚元では、トカゲ達もオムライスを分け合いながら食べている。といか、
こいつら、オムライスとか食べるのか。
 サンダウンが、マッドとトカゲを見比べながらそう思っている視界の隅では、スプーンを握り締め
た少年が、オムライスを睨み付けてる。
 別に毒など入っていないのだが、少年はオムライスを口に運ぼうとはしない。或いは、魔族から出
された食事を口にしたら、二度と人間の世界には帰れないという迷信でも信じているのか。

「なんで、くわねぇんだ?」

 マッドはスプーンについたケチャップを舐めとりながら、少年に問う。

「せっかく、そこにいるカボチャが、じぶんのためのオムライスをさしだしたってのに、そのたいど
はねぇんじゃないか?いくら、キッドがカボチャだからって、なにをしてもいいってわけじゃねぇん
だぜ。」

 口をもぐもぐと動かしながら少年に言うマッドに、行儀が悪いぞ、とサンダウンは口の端についた
ケチャップを拭いてやる。

「そんなこといって、あいつがめしをそまつにしてるのがわるいんだぞ。それはちゅういしねぇのか。」

 口を拭かれながら反論するマッドに、分かった分かった、と相槌を打って、サンダウンは少年の様
子をちらりと見る。
 サンダウンとマッドのやり取りを、親の仇でも見るかのように睨む少年は、果たしてこの後の自分
の運命について了解しているのか。

「食べないというのなら、それでも構わんだろう。」 

 次に満足に何かが食えると思っているのではないのなら。 
 そう言ってやれば、少年は何を思ったのだろうか。人里に帰された後、満足に食事はできない日々
に戻ると思ったのだろうか。
 悪魔の炎というものに、世界を変革できる一縷の望みを託して、そのような生活に戻るわけがない
と信じているのか。
 だとしたら、とんだ夢想家だ。彼は、自分の考えが、自分が否定している髪を信じる者達と同じで
ある事を理解したほうが良い。
 神に祈りが届かないのなら、悪魔に届いた祈りは虚実でしかない。悪魔が真実を常に語るわけがな
いことは、誰にだって分かるだろうに。そして、悪魔が代償を求める存在である事も。神でさえ祈り
と信仰という代償を求めるのだから、その下をうろつく悪魔がそうでないはずがないだろうに。

「たべれるのなら、たべたほうがいいんだぞ。」
 
 マッドが、オムライスを口に運びながら、真理を語る。
 その通りである。食べられるうちに、食べておいたほうがいい。次に、無事に食事を取れるだなん
て淡い期待は持たないほうが良い。
 なかなかだったぞ、と満足しきって、腹をぽんぽんと叩いているマッドの口の端についている、米
粒を摘まみ取ってやる。
 マッドは大人しくサンダウンのなすがままになっていたが、しばらくするとお腹が一杯になって眠
くなってきたのか、とろとろと瞼を下げ始めた。

「眠いのか。」
「……ねむくなんかねぇぞ。」

 眼をごしごしと擦りながら呟くマッドの声は、最後のほうはむにゃむにゃと聞き取りづらい。
 昼寝の時間である。トカゲ達も眠たそうな目でマッドを見上げている。マッドを抱え上げて寝床に
向かうと、トカゲ達も眠たそうな表情でついてくる。
 少年からは意識を逸らさずに、マッドを寝床のある部屋に連れて行く。
 このほうが、都合が良い。
 サンダウンはトカゲにもふっと埋もれたマッドの頭を撫でながら思う。口をもごもごと動かして、
眠りに完全に落ちきる前の何事かを呟く子犬は、この世に真に恐ろしいものがあるとは夢にも思って
いないに違いない。
 それで良い。それで良いのだ。
 マッドはこの世に恐れを抱いてはいけないし、マッドに恐れを抱かせるものは存在してはいけない。
この子犬は、何よりも幸福であらねばならない。
 あの少年のような瘴気からは、何があっても守られなくてはならない。
 そう。
 これから起こる事は、マッドは眼にする必要のない事だ。
 マッドの耳がパタパタと動いて、けれどもマッドの眼が開く事がない事をを確認してから、サンダ
ウンは立ち上がり、少年を置き去りにしている台所に戻る。
 少年は、スプーンを握り締めたまま、オムライスには手を付けていない。

「……食べないのか?」

 最期に、もう一度問いかける。
 すると、少年は鼻先で笑った。

「そうやって、誤魔化して、俺を適当にあしらうつもりなんだろう。だが、そうはいかない。俺は、
あの子犬とは違うんだ。子供だましなんぞ通用しない。そういうふうに、生きていたからな。」
「自分と、マッドを比べるのは止せ。」

 比較対象にもならん。
 サンダウンは、少年の言葉を切り捨てた。少なくとも、サンダウンにはそうする必要があった。こ
の少年と、マッドは比較すべき対象ではない。

「本当に、食わんのだな。」
「くどい。」

 少年の吐く息に、瘴気が混じる。どうやったらここまで堕ちる事が出来るのか。いや、此処まで堕
とす事が出来るのか。
 錆びついた剃刀色の眼を見て、サンダウンは頷いた。

「そうか。ならば、もう良いだろう。」

 サンダウンが依代にしているカボチャの眼が、ぎらりと閃いた。そこに灯った蒼褪めた炎に、少年
は気が付いただろうか。
 それこそが、少年が求めている、悪魔の炎である事に。
 鬼火が宿す、悪魔が見せた一つの慈悲。
 悪魔の炎とは、それだ。

「最期の晩餐は、必要ない、と。」

 サンダウンの言葉に、少年が訝しげに首を傾げた。だが、サンダウンにはそれを、ご丁寧に説明し
てやる義理はない。少なくとも、少年がまだ引き返せる、今は。
 少年が引き返せない場所に立った時、初めて教えてやるつもりだ。
 もしかしたら、それは確かに少年にとっては救いになるのかもしれない。悪魔の炎とは、確かに悪
魔のなけなしの慈悲の一欠けであったのだから。それに少年が触れる事で、少年の中の何かは救われ
るのかもしれない。
 ただし、その瞬間に、少年は文字通り魂を悪魔に売り払い、人間として生きる事さえ出来なくなる
のだが。
 けれども、サンダウンにはそれを指摘してやる義理はないし、指摘したとしても少年が信じるかど
うかも分からない。
 ならばサンダウンに出来る事は、少年がマッドに対して何らかの不都合を齎す前に、その存在を掻
き消す事だ。
 蒼褪めた炎は、ゆらりゆらりと揺れる。

「お前に、悪魔の炎を、見せてやろう。」

 その魂と引き換えに。