マッドは、濃い臙脂色のコートを脱いで、その下に着ている黒と海老色のストライプの入ったスー
ツを見下ろして、身内だけのクリスマス・パーティなんて愉快なもんじゃないだろうに、と思う。
 しかし一方で、これが他の家柄の貴族も呼んだ対外的なものであれば、下手をすればマッドのお披
露目会になりかねない。そうではないだけ、幾分かましである。

「キッド、念のために言っとくが、出される料理に手は付けるんじゃねぇぞ。」
「分かっている。」

 派手目なマッドに対して、サンダウンは以前と同じチャコールグレーのスーツを着て、大人しくし
ている。今回のパーティにも、サンダウンはマッドの従者としてついていくのだ。
 マッドとしては、サンダウンには悪いことをしているな、と思う。
 サンダウンが幾ら好んでやっていることだ、とは言っても、クリスマスの日まで付き合わせる事は
ないだろう、と思うのだ。
 貴族のパーティなんぞ、そんなに楽しいものではない。子供の頃はまだしも、大人になればそれは
腹の探り合いの場でしかなく、しかも今回は後継者争いという問題が俎上に上げられている。先だっ
て言ったように、愉快な話し合いにはならないだろう。
 だが、それでも主役達は席の合間合間を拭って、そこそこ料理を口にする暇もあるだろうが、しか
し使用人達にはそれは許されない。彼らは、パーティの間中、何も食べずに、無言でひっそりと、華
やかな空気の中から姿を隠しておかねばならない。
 それは、サンダウンと雖も例外ではない。マッドが望む望まぬに関わらず、サンダウンがマッドの
従者として行動する以上、そうでなくてはらないのだ。
 そういったことがあるので、マッドはサンダウンに料理に手を付けるなと言い、サンダウンも心得
ているのか頷いた。

「だが、マッド。お前こそ出される料理には下手に手を付けないほうが良い。」

 毒でも盛られているかもしれないからな、とサンダウンは言った。何を馬鹿な、とマッドは顔を顰
める。

「あのな、後継者問題で騒いでる身内だらけのパーティで毒なんか盛ってみろ。犯人はこの中にいま
す、って言ってるようなもんじゃねぇか。」
「そうだな。」

 サンダウンはあっさりと頷く。しかし、だが、とすぐに否定の言葉を出す。

「だが、そう判断できないくらい、切羽詰まっている輩もいるかもしれない。実際に、ジェラルドと
か呼ばれてたお前の、たぶん従兄弟は、会社の経営に行き詰ってるだろう。」

 爵位と同時に手に入る千ポンドの給料は、喉から手が出るほど欲しいだろう。ただし、実際はそれ
と同時に、使用人達への給料や、領地や屋敷の維持費も支払う義務も発生するのだが。故に、貴族で
あっても、実は食うに困って借金まみれ、ということは珍しい話ではない。
 クレメンス伯爵は堅実に貴族としての職務を果たし、借金などに手を出してはいなさそうだが、そ
のほかの叔父達はどうだろうか。

「私も十分に注意をするが、しかしお前のすぐ傍にいてやることは出来ない。お前が自分で気を付け
るんだ。」
「んなこと分かってる。」

 マッドだって賞金稼ぎとして死線を潜り抜けてきた。自分の身は自分で守ることくらい知っている。
だから、むっとして口を尖らせると、サンダウンから微かな苦笑の気配が漂ってきた。かさついた大
きな手が伸びてきて、頬に触れる。

「クリスマスだというのに、何もしてやれなくて、すまないな。」

 囁かれた台詞に、マッドは少しだけ眼を見開いた。

「そんなこと、」

 そんなことはない、と言いかける。何もしてないのは、マッドのほうだ。サンダウンは、無理をし
てアメリカからイギリスまでついてきてくれた。
 サンダウンの言葉を否定しようと声を上げたが、それはサンダウンの手が、わしわしと頭を撫でた
所為で途中で止まってしまった。

「日付が変わるまでにパーティが終われば良いが。そうすれば、少しはお前にクリスマスを楽しませ
てやれるんだが。」
「な、」

 何を企んでやがるんだ。
 マッドは、思いかけないサンダウンの言葉に、思わず聞き返した。だが、サンダウンは答えない。
ただ、ぽむぽむとマッドの頭を軽く叩くだけだった。





 覚悟はしていたが、クリスマス・パーティではマッドはサンダウンと引き剥がされた。
 マッドはサンダウンが何かを企んでいるらしいことが気になって、あの手この手で口を割らせよう
としていたのだが、生憎と普段は石のように無口なサンダウンである。結局何一つとして聞き出せな
いまま、この前訪れたばかりの、父方のタウン・ハウスに辿り着いた。そしてそのままサンダウンと
引き離されたのである。
 サンダウンと引き離されたこともあるが、サンダウンから何も聞き出せなかった事に少しばかりむ
っとしていたマッドは、少し口を尖らせて、つん、とした表情でクリスマス・ツリーを見ていた。
 何処から獲ってきたのか、本物のモミの木に、ガラスや銀メッキで作った天使や林檎を飾りたてた
クリスマス・ツリーは豪華そのものだった。その周りに配置されている丸テーブルの間の親類縁者は、
あまり見ていて楽しいようなものではなかったが。
 が、この中の誰かに自分の継承権を押し付けようと考えているマッドは、面白くないからと言って
彼らから眼を背けるわけにもいかなかった。
 シャンパンの入ったグラスを受け取って、パーティの輪の中に飛び込みながら、マッドは素早く視
線を動かして、集まった――おそらくはそのほとんどがマッドの継承権に文句を言いたいのであろう
輩が何者であるのか、改めて確認する。
 マッドの父親は、六人兄弟であった。
 長男は現クレメンス伯爵。
 次男がマッドの父親。
 三男は別の貴族のところに婿入りしたアルバート氏――この息子がジェラルドである。
 そして長女であるエイムズ伯爵夫人――ジェラルドに意地悪な言葉を投げかけた女は、夫であるエ
イムズ伯と娘同伴で来ている。マッドは伯爵夫人よりもエイムズ伯のほうが記憶に残っている――彼
は確か父親の友人だったのだ。
 四男は、アンジェラの父親でもあるあの小太りの男である。ベイリーという名のマッドの父の弟は
銀行家であるらしい。今日は、アンジェラ以外にアンジェラの妹と弟も同伴させている。
 五男は数年前に病気で他界している。ただ、二人の息子がおり、これはこの前の顔合わせの時にい
た金髪の兄弟である。チャールズとウィリアムというのだったか、とマッドは記憶の糸を手繰る。
 そして最後の六男は、マイケルといい、大学の教授であるという。結婚はしていないらしい。
 おぼろげな記憶を探っているマッドに対し、エイムズ伯爵夫人とベイリーは相変わらず不躾な視線
を送り、それ以外は出来る限りマッドを無視しようと決めているようだ。
 唯一、穏やかな眼を向けてきたのは父と友人であったエイムズ伯だけであった。
 だが、そんな微妙な空気など興味がないのか、興味があったとしても現状の問題を打開するになん
の役にも立たないと判断したのか、クレメンス伯は当然のようにマッドを自分の元に呼び寄せた。
 にこりともしない皺の刻まれた顔とは裏腹に、手は穏やかな手つきでマッドの肩を引き寄せている。

「お前に、紹介せねばならん人物がいる。」

 断固とした口調で、伯爵は自分の背後に侍っていた人物を、マッドの前に引き出す。それは、マッ
ドが、おぼろげな記憶の中で一切何も残っていなかった人物であった。甘いマスクに、きらきらと光
る青い眼の男。
 初めまして、とごく親しげに握手を求める男の顔は、やはりマッドは知らない。だが、喋り方に何
か引っかかるものがあった。それが何なのかマッドが気づく前に、伯爵は答えを出す。

「その者はロナルド・ブライトン。弁護士だ。」

 弁護士、という言葉に、マッドは納得した。この男の話し方は、マッドの父親に似ているのだ。マ
ッドの父親も、弁護士だった。 
 何故、この場に弁護士がいるのか、という問いは愚問だった。この男は、クレメンス伯の後継者に
関する諸事を任されているのだ。

「貴方のことは聞いておりますよ。クレメンス伯爵が貴方をアメリカから呼び寄せると聞いた時、誰
かが替え玉を使ってくるかもしれないと懸念していましたが、しかしそれは払拭されたわけですね。」

 何せ貴方はクレメンス伯爵に良く似ておられる。
 くすくすと笑う弁護士を、何人かの親類が睨み付けていたが、ロナルドは一向に気にする気配がな
い。それはクレメンス伯爵も同じである。

「しかも家督に興味がないと一蹴されたところは、御父上と同じだ。誰も疑いますまい。」

 ああ私は貴方の御父上には会ったことはないのですがね、とロナルドは軽薄そうに付け加える。よ
く弁護士が務まるな、というくらい、軽い。だが自分の父もこんなもんだったかな、とマッドは思い
返す。
 ロナルド、と伯爵が制して、ようやくロナルドのお喋りは閉ざされた。ただし終わりに、茶目っ気
たっぷりのウィンクが飛んできたが。伯爵に制止されたロナルドは、そのままふらふらと料理を摘ま
みにテーブルの合間を縫っていく。
 親類縁者の嫌そうな顔や、囁き声など微塵も気にしていないようだ。
 重苦しい親類縁者の会話と眼差しが飛び交うのを横目で見て、クレメンス伯はひっそりと囁く。

「もしや、期待外れだったか?」

 もっと豪華なパーティを期待していたのか、と問うクレメンス伯に、いや、とマッドは首を横に振
った。
 内々だけのパーティだというのならば、こんなものだろう。それに大貴族ならばともかく、中流の
貴族がそんな豪勢なパーティを開くことなどほとんどないだろう。むしろ、大貴族の社交場に呼ばれ
る側だ。
 すると、伯父はゆっくりと頷いた。

「その通りだ。庶民は、貴族と言えば豪華な生活を考えるだろうが、実際はそんな簡単な話ではない。
左団扇で暮らしていけるのは、本当の大貴族だけだ。」

 それを、叔父達は分かっていないのかもしれない。
 だが、流石にエイムズ伯爵夫人くらいは分かっているのではないのか。夫のエイムズ伯を見ていれ
ば。
 けれども、クレメンス伯は無念そうに首を横に振っただけだった。

「来なさい。」

 無念そうな顔をすぐさまひっこめた伯爵は、顔を上げると唐突に言った。そしてマッドの返事も待
たずに踵を返す。
 何も言わずとも、マッドが付いてくると信じ切っている素振りだ。マッドが付いてこないなど想像
もしていない、貴族特有の傲慢さだ。こういうところはマッドの中にも実はしっかりと根付いている
のだが。
 マッドはクレメンス伯爵の後を追おうとして、ふっと歩みを止めた。別についていってやるものか、 
としょうもない意地を見せたのではない。

「キッド!」

 短く刺すようなマッドの声に、どこからともなくサンダウンが現れる。何処で、マッドの様子を見
守っていたのか。
 マッドの声に振り返った伯爵に、マッドは肩を竦める。

「伯父上殿。これも連れて行く。何せ、何処で何が潜んでいるか、分からないからな。」

 無言でマッドの後ろに佇立するサンダウンに、伯爵はすっと眼を細めた。

「護衛か。」
「駄目か?」
「我らの会話を聞かせるか。」

 その言葉に、他の親類縁者共の身がいっそう硬くなる。クレメンス伯爵とマッドの間で交わされる、
しかも他社の介在を許さぬ会話となれば、自ずと的が絞られる。
 はっとした空気を纏う広間で、マッドは低く告げた。 

「獣は、」

 サンダウンを獣であると称した伯父に、言う。

「人間の会話なんぞ、興味がないだろう?」

 サンダウンにあるのは、マッドに危害を加えるか否かのみだ。  ふむ、とクレメンス伯爵が一つ頷く。そして再び背を向ける時には、応とも否とも言葉にしなかった。
つまり、好きにしろということだ。  マッドはサンダウンを振り返らないまま、言った。

「来い。」

 サンダウンもまた、返事はしなかった。