流石の荒野も、陽の光が完全に空気に馴染んでいない朝早くの空は、少し薄い青をしている。サ
 ンダウンは己の眼よりも幾分か青みの弱い空を振り仰いぐと、振り返ってディオを付き従えている
 マッドを見た。
  マッドは帽子を目深に被り、真っ白な毛糸のマフラーを首に巻き付けるだけでは事足りず、鼻も
 マフラーに埋めさせている。顔だけ切り取れば、普段のサンダウンの状況と大差ない――小奇麗か
 小汚いかの違いはあるが。
  来る途中も押し黙っていたのは、口をマフラーから出して声を上げるのが嫌だった所為だろう。
  小屋から出るなり一旦引き返して、ベストの上にむくむくのセーターを着込み、その上にジャケ
 ットとコートを羽織った賞金稼ぎは、意外と寒さに弱いのかもしれない。
  良い事を知った、と思っているサンダウンは、更にマッドの僅かに見えている頬が赤くなってい
 るのを見て、少しだけ頬骨を動かした。誰にも分からないだろうが、こっそりとにやけたのだ。そ
 して誰にも分からないサンダウンの表情の変化を、唯一読み取れるマッドは、サンダウンがにやけ
 たのを見て、物凄く嫌そうな眼差しをした。

 「何笑ってんだ、気持ち悪い。」

  マフラーの下からくぐもった声を出して、マッドはサンダウンのにやにや顔――傍から見れば無
 表情――を切り捨てる。

 「にやにやしてねぇで、さっさと鍋を買った店に案内しろよ。俺はさっさと、あの気味の悪いもん
  をどうにかしてぇんだ。」

  干からびた手首の入った鍋は、サンダウンの馬の上に括り付けてある。マッドは頑として、それ
 を自分の手元には置こうとしなかった。小屋から町に来る間の馬上でさえ。
  まあ、サンダウンも無理やり持たせようとは思わないが。

 「で、あんたの言うバザーは何処でやってんだよ。っていうか、今日もやってんのか?」

  ちらりと不安になるような事を言っておいて、マッドはサンダウンを帽子とマフラーの隙間から
 見る。自分でバザーの場所を探す気もないようだ。
  寒さであまり動きたくないマッドの代わりに、サンダウンは昨日行われていたバザーの場所を眺
 めれば、そこは昨日と変わりなく小さな人だかりが出来ていた。マッドの問いかけに反して、バザ
 ーは本日も行われているらしい。 

 「こっちだ。」

  サンダウンが、バザーのほうへと足を向ける。すると、着膨れしたマッドは、サンダウンの後を
 よたよたとついてくる。サンダウンが手招きすれば、やはりよたよたとついてくる。なんだろうか、
 子犬を見ている気分である。

 「だから気持ち悪いから、にやけるな。」

  細い隙間からマッドが睨み付けてきた。
  子犬のようによちよちと歩くマッドを見て、知らず知らずのうちに、またにやけていたらしい。
 いかんいかんと口元を引き締め――言っておくが、他人の眼には無表情にしか見えない――マッド
 を先導して、バザーへと誘導する。
  バザーは昨日と変わらず、クリスマスに関連する商品だけではなく、日用雑貨やクッキーやパン
 など、思い思いの物が売りに出されていた。それでも緑と赤の色合いが濃いのは、やはりクリスマ
 ス期間だからだろう。
  だが、クリスマスツリーとリースが並べられた店を、マッドは一瞥もしない。欲しくないのか、
 と問えば、いらねぇとにべもない返事が返ってきた。

 「あんな代物があっても邪魔になるだけじゃねぇか。それともあんたが胃袋に詰め込んで片付ける
  っていうのか?」 

  マフラーの下から出てきたマッドの言葉は、クリスマスの色合いなど微塵もない現実味溢れるも
 のであった。クリスマスケーキを作ると言ったのが――オーブンの購入という取引条件があったが
 ――軌跡かと思うくらい、マッドは現実的だ。
  代わりに、ワインやらが置かれている店には興味を示しているようだ。まあ、サンダウンもその
 気持ちは分かるが。
  ただ、マッドがワインとその横に置いてある奇妙な草のような葉巻のような物体とサンダウンを
 見比べて、どうもマフラーの下で悪どい笑みを浮かべているのが気になる。何か妙な事を考えてい
 るのではないか。
  微かな不安を抱えつつ、サンダウンはマッドを連れて、昨夜オーブンを買った老婆の露店が出て
 いた場所に行く。
  だが、その場所はぽっかりと穴でも開いたかのように、どんな店も出ていなかった。そこで店を
 開いていたという形跡も何処にもない。
  途端にマッドがじろりとサンダウンを睨み付け、サンダウンは急いで周囲を見渡す。バザーなの
 だがら、昨日今日で店が入れ替わる事は少なくないが、しかし昨日もこの近くで店を出していて、
 且つ老婆の姿を見た者はいないだろうか。
  と思っていると、昨日サンダウンがマフィンを買った店が出ていた。今日はマフィンではなく、
 マドレーヌを売りに出していたが。
  買いらしげなラッピングをされたマドレーヌの並ぶ店先に、いそいそと向かうサンダウンは、一
 見すると不気味以外の何物でもない。
  しかし己が不気味であるとは感じていないサンダウンは、昨日も売り子をしていた娘に、おもむ
 ろに口を開いた。

 「あの老婆はどうした。」

  唐突過ぎるサンダウンの台詞に、娘の表情が強張ったのも無理はない。だが、マッドがサンダウ
 ンの頭を叩く前に、娘がサンダウンの姿に見覚えがあったのか、ああと頷いた。

 「昨日、マリーおばあさんからお鍋を買った人ね?お鍋を奥さんは喜んでくれた?」
 「………ああ。」

  奥さんという台詞のところで、マッドの視線が刺すようなものに変化したが、気にしない。

 「それで、どうしたの?マリーおばあさんに何の用事?」

  無邪気な問いかけに、サンダウンは、ああ、とか、ぐう、とか呟く。何の用事と問われて、まさ
 か鍋の中に手首が入っていました、とは言えない。
  言葉に詰まったサンダウンの後ろから、不意に声がした。

 「ああ、俺がこいつの買った鍋を見て、気に入っちまってな。俺も嫁に鍋を一つ買いたいと思って
  たところなんだ。で、その婆さんに何処で買ったか聞きたいんだよな。」

  サンダウンが肩越しに振り返ると、マフラーを解いて顔を露わにしたマッドがいた。顔は、頬に
 僅かに赤みが差しているが、相変わらず秀麗である。マフラーを解いた事で、着膨れ感もなくなっ
 ている。声もいつもの通り、音楽的な端正さを奏でていた。嫁、と言ったところに妙に力が籠って
 いたのか、サンダウンの気の所為かもしれないが。
  娘は、マッドに一瞬見惚れて――見惚れられるような風貌なのだこの男――それから少し上擦っ
 た声で答えた。

 「おばあさんなら、今日は来てないわ。家なら向こうの路地にあるけど。でもあのお鍋は旦那さん
  が買ってきたものだから、おばあさんも何処に売ってるかは知らないと思う。」

  ぼうっとした娘の言葉に、マッドはにっこりと微笑んで、教えてくれた礼にとマドレーヌを四つ
 購入した。