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 「くそ、あんた俺になんか恨みでもあんのか!」

  翌日、マッドが悪態を吐きながらプレーンオムレツをフライパンでひっくり返し、サンダウンの
 目の前にある皿に乗せている。サラダの緑と卵の黄色が鮮やかである。今にもそれに食いつこうと
 考えていたサンダウンは、しかしマッドの心境が分からぬでもないので、とりあえず一言、すまん
 とだけ言っておいた。
  昨夜サンダウンが持ち込んだダッチオーブンは、流石に家の中に持ち込むには気味が悪すぎて、
 小屋の玄関の前に捨て置かれている。

 「あんた、中を見ずに買ってきたのか。」
 「うむ。」

  サンダウンは頷くが、こればっかりはサンダウンを責めても仕方がないと思うのだ。一体誰が、
 バザーに売りに出された鍋の中に、干からびた人間の腕が入っていると思うだろう。
  バザーというのは確かに多数の人間が物を売りに出す場所であって、その売り物の一つ一つの過
 去には、もしかしたら曰くのある物もあるだろう。だが、幾らなんでも鍋の中に手首は想定しない
 だろう。

 「あんな物騒なもん、誰が売ってたんだ。」
 「老婆だ。」

  サンダウンはそれを思い出し、少し眉を顰める。
  鍋を売りに出していた老婆は、如何にも好々としていて、鍋の中に人間の手首を入れるような空
 気は出していなかった。夫に買ってきて貰った鍋だと語る姿から、切り落とされた人間の手首は想
 像もつかない。むろん、人間なので、その背景に何があるかを他人が推し量る事には限界があり、
 そして人間であるが故に腹の底の殺意を徹底的に隠し通す事もできるだろう。
  サンダウンから話を聞いたマッドは、サンダウンの前に座って紅茶を啜りながら、顔を顰めた。

 「あの手首は、干からび具合からして最近のもんじゃねぇ事は確かだ。でもここは荒野だからな。
  ちょっと乾いた場所に置いとけば、水気のあるもんは他の場所に比べれば干からびやすい。最近
  のものじゃなくても、ここ何年間か何か月間かのもんって可能性もあるだろうな。」

  マッドの手の届かぬほど何十年も前の話ならともかく、ここ数カ月の話であるならば、それはや
 はり事件として扱われる。

 「俺は今、休暇中なんだけどよ。」

  口を尖らせて言うマッドの服装は、ジャケットこそ羽織ってないものの、臙脂と海老茶のチェッ
 ク柄のベストに、それに合わせた錆色のズボンを履いている。そして腰にはごつい牛の皮を鞣した
 ベルトが巻き付いており、鋲の止まったホルスターにはマッドの銃であるバントラインが、きっぱ
 りと存在を主張していた。
  明らかに、今から出かけようという身形である。どうやら彼の中の賞金稼ぎとしての本分が、あ
 の一見すると猟奇的な手首を、放置しておくのは危険だと言っているらしい。

 「…………あんな鍋、放っておいたらいいだろう。」
 「じゃあ持ち込んだてめぇが始末しろよ。俺はあのオーブンを使うつもりは毛頭ねぇし、あんなも
  んを放置して変な冤罪をかけられるのも御免だぜ。ごたごたに巻き込まれねぇように、処分して
  みせろよ。」

     あんたが自分で使うって言うんなら良いけど、その代わりあんな気持ち悪いもん持ってるおっさ
 んがいるのは嫌だから出て行けよ。
  そう言うマッドに、サンダウンも自分もあんなものはいらないと言い返す。
  幾らサンダウンでも、手首の入ったオーブンなど欲しくないし、それで作られたクリスマスケー
 キも食べたくない。クリスマスケーキに関しては、マッドが作ったと言うならば少々悩むところで
 あるが。

 「とにかく、あんたがあの鍋を買ったバザーに行ってみて、その婆さんを探そうぜ。あれが人の手
  じゃなく猿の手だって婆さんが言うんならそのまま突っ返して終わり。そうじゃなくて普通に人
  間の手首だってんなら、ちょっとばかりややこしい話になるな。保安官に投げつけて終わりに出
  来りゃいいんだが。最悪、この俺様が休暇を返上して働かなきゃならねぇ。」
 「…………猿の手とか、作り物とかいう事は、ないだろうな。」

  残念ながら、と呟くサンダウンに、マッドは溜め息を吐く。
  生憎と二人とも、そういった生々しい物体には慣れている。人間の生首だの、ばらばらに切断さ
 れた身体だの、朝食の場で話すには相応しくないような事件は、職業柄どうしても拘わらなくては
 ならない。
  故に、あの干からびた手が、干からびているが故に見間違ったという事はない。あれは紛れもな
 く、人間の手首だった。

 「………だが、直接老婆に話を聞くつもりか?」
 「んにゃ。まずはそのバザーっていうのの様子を見てみる。なんか怪しげな連中が関わってないか。
  後はその婆さんの身元を確かめて、身辺で何か起こってないか調べる。ま、取り急ぎ出来るのは
  それくらいだな。それで何も出て来なけりゃ、後は保安官に丸投げしてやる。」

  サンダウンが買った鍋を、何故マッドが持っているのか。それを保安官に説明するのが一番面倒
 臭そうだが、その件についてはマッドは特に何も思っていないらしい。そういったサンダウン関係
 の事を説明する事に慣れているのかもしれない。

 「とにかく、飯を食ったら出かけるぞ。てめぇが案内しろよ。」
 「分かった。」

  オムレツの最後の一欠けを食べ終えて、サンダウンは頷く。その表情を一瞥して、マッドは微妙
 な顔をした。

 「………あんた、なんか喜んでねぇか?」
 「………別に。」
 「俺とデートだとか思ってねぇか?」
 「………ついでにクリスマスの夜市も見に行かないか。」
 「町の名前と婆さんの恰好を教えてくれたら、俺一人で調べに行っても良いんだぜ。」

  しばらくの間、サンダウンとマッドは睨み合う。
  やがて眼を逸らしたのはサンダウンだった。その様子を見て、マッドは睨んだまま言う。

 「っていうか、人間の手首が鍋から見つかったこの状況で、クリスマスの夜市なんか見に行く暇が
  あると思うのかよ。」
 「………保安官に押し付けよう。」

  元保安官である男は、もはや保安官達には何の憐れみも持っていないのか、そんな台詞を呟き、
 あとオーブンを買い直してケーキの材料も買わないと、とぶつぶつ言い始めた。