夜もとっぷり更けた頃、マッドはそろそろ寝ようかと部屋の明かりを消して回っていた。
暖炉があるとはいえ、やはりあちこちに冷えの塊がある冬の夜は、たった一つのランプの明かり
でも、微かな温もりを感じるものだ。それを一つ一つと消していくうちに、再び冬将軍の猛威が、
固く閉じたドアや窓から入り込もうとしているのを、ひしひしと感じる。
ふかふかの白いガウンを――この前買ったばかりだ――を羽織り、もこもこのスリッパを履いて、
小屋の中を歩き回ってランプを消していく。
台所は、ランプの光を落としていっても、台所という特有の空気がそうさせるのか、まだ温もり
がシチューの香りと共に漂っている。
大鍋で煮立てられたクリームシチューは、恐らくまだ冷め切ってはいないだろう。もしかしたら
口に入れるには、程よい温かさになっているかもしれない。明日の分もまだまだ残っているシチュ
ーを一瞥し、マッドはソファに置いたままになっていた茶色のクッションを抱きかかえる。
傍目から見るとトカゲ型であるクッションは、肌がそういう生地で出来ているのか、少しひんや
りしていた。
そして、茶色の物体を見て思い出す。
そういえば、サンダウンがまだ帰ってきてなかったな、と。
鍋型オーブンを買いに行かせたきり、まだ戻ってこないおっさんは、果たして何処まで行ったの
だろうか。
まあ、マッドもサンダウンがそんなに早く帰ってくるだろうとは思っていない。この小屋から町
まではそれなりに距離がある。もしも日が暮れるよりも前に帰ってきていたら、サンダウンは手ぶ
らだっただろう――つまりマッドが頼んだ買い物も出来ないおっさんに成り下がっていたという事
だ。
あと、サンダウンが簡単に鍋を手に入れてくる事が出来るとも思っていない。基本的に無口で引
き籠り体質なおっさんが、町に行き何かを購入するという、普通の人間ならば特別スキルを要しな
い事に、途方もない労力をかけるであろうことは、マッドも重々承知している。そう簡単に、より
にもよってクリスマスシーズンの店に入り込んで鍋を買ってくるなんて事、できるはずがあるまい。
そういった事が分かっていたからこそ、マッドは敢えてサンダウンに鍋を買いに行かせたのであ
る。
念の為に言っておくが、マッドは鍋を不要としているわけではない。勿論、買い替えが必要であ
ると感じていたからこそ、鍋型オーブンのカタログなんてものを持っていたのだ。ただし、最初か
らサンダウンに買わせに行こうと考えていたわけではない。というか、鍋型オーブンくらい、自分
で買える。
そこを敢えてサンダウンに行かせたのは、サンダウンがちらりと考えたように、サンダウンから
のクリスマスプレゼントが欲しかったから、ではない。断じて違う。
マッドは、ただただ、ごろごろするサンダウンが鬱陶しかっただけである。
この小屋で年明けまで過ごそうと考えて、小屋に辿り着いてから今日まで、マッドはごろごろす
るサンダウンという物体を、毎日のように見てきた。見るしかなかった。嫌でも眼に入った。
食べる寝るを繰り返す怠惰なおっさんを、何が悲しくてずっと見ていなくてはいけないのか。
しかもサンダウンは、稀に非常に面倒臭い事を言い始めるのだ。自分は何もしないくせに、マッ
ドのやる事に注文をつけるとは何事か。
なので、マッドはそんあ鬱陶しいサンダウンを遠い空の下にやるべく、お遣いを頼んだのだ。
サンダウンをまるで馬鹿にしたかのような考えだが、その通り、こうした人との関わり合いに関
する部分では、マッドはサンダウンを大いに馬鹿にしている。銃の腕がどうであろうが、鍋一つ碌
に買えないおっさんなど、馬鹿にしても良いと思っている。
そして案の定、サンダウンは何処で躓いたのか、未だに帰ってこない。
こうして、マッドは本日は必要以上にごろごろするサンダウンという物体を見ずに済んだのであ
る。非常に充実した一日だった。
茶色のクッション――というかトカゲのぬいぐるみ――に目線を合わせ、このまま朝まで帰って
来なけりゃいいのにな、と話しかける。そうすれば、マッドは非常に幸せに安眠する事が出来る。
が、そんな他愛もない願いを聞き入れないのが、サンダウン・キッドという賞金首である。
あの男が賞金首になった経緯は知らないが、多分、人の些細な幸せを壊していった事が積もりに
積もって、遂には賞金を懸けられるようになったに違いない。それが、痴漢行為を繰り返したか。
幸せをぶち壊すサンダウン・キッドは、明かりを落とした小屋に、しかしマッドがいないとは思
わなかったらしく、堂々と入り込んでくる。いないと思ったから堂々と入り込んだわけではない事
は、真っ直ぐに台所にやって来た事からも明白だ。どうせ、何かご飯があると思って、お零れを頂
戴しようと考えているに違いない。
実際に、台所にはクリームシチューがたっぷりと残っているのだが。
北風を纏いこんで帰ってきたサンダウンは、ソファの上に座っているマッドを見つけると眼を細
めた。ふかふかのガウンを着こんでいるマッドに、何か思うところがあるのだろうが、そんな戯言
を聞いてやるほどマッドは優しくない。
胃袋を空にしているであろう――もしかしたら拾い食いとかしているかもしれないが――サンダ
ウンに、
「鍋にシチューが入ってるぜ。」
とだけ言っておく。
すると、サンダウンの視線がマッドから逸れて、シチュー鍋のほうへと向けられる。その動きが
軋んだ音がしそうなほど緩慢だったのは、おそらく外の寒さにサンダウンも凍えていたからだろう。
ぎこちない動きでシチュー鍋の方向に向かっていき、ふと立ち止まって、再びぎこちない動きで
マッドのほうにやって来る。
何かと思っていたら、マッドの膝の上に、ぽむ、と何かを置いて、もう一度もぞもぞとシチュー
へと向かう。
もそもそと更にシチューをよそっている男を横目に、マッドはサンダウンが勝手に膝の上に置い
ていった代物を眺めた。
つるりと丸くて、細長い取っ手が付いた鉄製の物体。
見事なまでに、鍋型オーブンだった。