唐突にオーブンをおねだりされたサンダウンは、しばし目を丸くしていた。これまでにマッドに
 おねだりされた物と言えば、確か馬があったはずだが、しかしその後マッドは自力でディオという
 眼付きの悪い荒くれ馬を手に入れていたので、サンダウンはマッドに何かを買ってやるという事は
 なかった。
  そしてようやく、再びマッドのおねだりという事態が発生しているわけだが、よもやオーブンを
 所望されるとは思っていなかった。
  いや、マッドがどうしても欲しいと言うのならば叶えてやらなくもないが、しかしそれならばま
 ず、オーブンを作る為の石から集め始めなければ。その後、台所の壁を刳り貫いて石を詰めてと、
 かなり大がかりなリフォームをしなければならない。
  サンダウンとて荒野で長く生きた男なので、その程度のリフォームくらい出来なくはないが。
  ぶつぶつとオーブンを作る為の算段をしているサンダウンに、マッドは呆れたような眼差しを向
 け、

 「別に石窯オーブンが欲しいとか言ってねぇから。そんな大がかりなリフォーム、誰も頼んでねぇ
  から。」

  と冷ややかであった。

 「俺が欲しいのはダッチオーブン。汚れてるから買い替えてほしいって言ってんだ。あと、三つぐ
  らい予備も欲しい。」

  ダッチオーブンとは、カウボーイ達が使用している深底鍋のようなものである。が、ただの深底
 鍋と思う事なかれ。西部開拓時代の男達は、これ一つでパンから何から何まで作り出すのだ。要す
 るに鍋型簡易オーブンだと思えばいい。
  現在サンダウンが貪っているチョコレート・ケーキも、何を隠そうマッドの持っているダッチオ
 ーブンで作ったのだ。
  しかし、マッドの持っているダッチオーブンはかなり年季が入っている。ダッチオーブンはそも
 そも、蓋の上に砂をかけたりして高温を保ったりするので、どれだけ丁寧に扱っていても、徐々に
 汚れてくるのである。なので、マッドが新しいダッチオーブンを欲しいと言うのも、無理のない話
 であった。
  尤も、荒野でパンを作ろうだなんて思わないサンダウン・キッドには全く以て感情移入できない
 話なのだが。
  だが、感情移入できないながらも、サンダウンは、マッドの言い分に頷く。

 「………なるほど。今日のケーキが少し歪だったのは、鍋が悪かった所為か………。」

  少し真ん中が膨らんで、チョコレートが端のほうに流れ落ちてしまった形状のケーキの様子に納
 得できたサンダウンは、うんうんと何度も頷いている。
  しかしその様子に、むかっとしたのはマッドである。

 「おい、あんた俺を馬鹿にしてねぇか。」

  まるで俺が料理の失敗を鍋の所為にしたみてぇじゃねぇか。
  マッドは一言も、今回のケーキの膨らみ過ぎた失敗を、鍋の所為にはしていない。サンダウンが
 勝手にそう言っているだけである。それはつまりサンダウンが勝利の失敗を鍋の所為だと思ってい
 るだけなのだが、確かに聞いている側からは、マッドが鍋の所為にしたとしか聞こえない。

   「まあ良い。それで、あんたは俺の為にオーブンを買うつもりがあるのか?ないのか?」
 「買ってやってもいい。」
 「なんであんたは、そう上から目線なんだ。」

  別にマッドとて、鍋型オーブンくらい幾らでも買える。ただ、そのオーブンで作った料理の半分
 以上がサンダウンの腹の中に入っている事を、果たしてサンダウンは理解しているのか。どうも、
 理解していないような気がする。

 「あんた分かってんのか。俺のオーブンが壊れたりしたら、あんたはこの先、チョコレート・ケー
  キはおろか、アップルパイもブルーベリータルトも食えねぇんだからな。まあ、その辺で買って
  きたもんで良いって言うんなら構わねぇが。と言っても、この俺様があんたの為に、自分で食い
  もしないケーキをわざわざ買ってきてやるはずもねぇんだがな。」

  自分で食べもしないケーキを、わざわざ賞金首の為に作っている賞金稼ぎは、勝ち誇ったように
 そう言った。
  言っている事は既に支離滅裂なのだが、しかしマッドの作ったケーキに非常に重きを置いている
 賞金首サンダウン・キッドには、その台詞は眉間を撃ち抜く銃弾よりも心臓に効いた。

 「分かった、買いに行く。」

  もぎゅっとケーキを飲み込んで、きっぱりと言い放つと、マッドは満足そうに頷く。その端正な
 顔に向かって、サンダウンは一つ要求する。

 「買ってくるから、その鍋型オーブンで、クリスマスケーキを作ってくれ。」
 「あんた、大概図々しいな。」

  出来れば生クリームの苺ケーキが良い、と言うサンダウンに、マッドは心底呆れたような視線を
 くれる。
  が、その視線のままで、頷いた。

 「ま、いいけどな。ケーキの一つや二つくらい。」

    良いのか、と問いたくなるくらい、マッドはあっさりとしたものであった。サンダウンが家事を
 しない事などは、オーブンの件で忘れてしまったのかもしれない。賞金首を目の前にした賞金稼ぎ
 として、それもどうかと思うが。いや、それ以前に賞金首にオーブンを強請る事自体がおかしいの
 だが。
  だが、それを突っ込む人間は、今此処には誰もいない。

 「とりあえず、だ。この最新式のオーブンを三つ買ってこい。」

  まるで賞金首の手配書を渡すかの如く、商品カタログを渡す賞金稼ぎ。カタログには、マッドが
 欲しいものに赤丸がつけられている。

 「ちょっと大きめの町に行けば売ってると思うぜ。特別珍しいものじゃねぇし。あと、ケーキの材
  料も買って来いよ。」

  そうして、チョコレート・ケーキで腹を満たされたサンダウンは、町へと送り出された。