サンダウンは、もぞっと毛布から顔を出す。
  周囲を見渡せば、辺りはまだ暗かった。窓から零れ出るはずの光も、ぼんやりと灰色に広がるだ
 けで、射るような鋭さはない。もしかしたら太陽がまだ出ていないだけでなく、空も珍しく曇って
 いるのかもしれない。
  雪でも降るだろうか。
  昨夜の、身を切るような寒さを思い出し、サンダウンは毛布に再び顔を埋める。
  寒いのは嫌だと言ってホテルを取ったマッドが、一転して小屋に帰ると言い放ち、夜通し馬を駆
 けさせた。その時、雪が降らなかったのは幸いだった。だが、むしろ遥か先まで見渡せる星空の、
 透明な瞬きのほうが、冬の凍えを物語っているような気がした。月と星以外に明かりがない事が、
 空気をますます氷のように透明にした。
  雪だったほうが、雪明かりが灯って、逆に温かく感じたかもしれない。所詮は、そんな気がする
 だけなのだろうけれども。
  ただ、雪が降ろうが降るまいが、真冬の空の下で行われた遠駆けにより、人間達の身体は凍えて
 いた。なので、帰るなり暖炉に火を点け、温かい風呂を沸かし、さっさと毛布を被って寝たのだが。
  しん、として冷たい空気が流れ込む部屋で、サンダウンは世界が随分と静かだ、と思った。
  それはきっと、まだマッドが眼を覚ましていないからだろう。
  小屋に帰って来た時、もう真夜中を過ぎていた。マッドは宵っ張りだが、一方で朝も早い。普段、
 一緒に寝泊まりした時は、サンダウンが目を覚ます時はマッドは既に目を覚ましていた。
  マッドの言い分としては、賞金首と一緒にいるのに熟睡するなんて、賞金稼ぎの沽券に係わるら
 しい。賞金首に餌をやる事は沽券には関わらないのか、と思ったが、思うだけで口にはしない。
  とにかく、いつもはサンダウンよりも早くに眼を覚まし、忙しく独楽鼠のように動き回るマッド
 が、今日に限ってはまだ毛布の中に潜り込んでいる。
  サンダウンの腕の中で、すやすやと寝息を立てているのだから間違いない。毛布の隙間から見え
 る黒い髪も、間違いなくマッドのものだ。
  ここ最近は、マッドのベッドは抱き枕――と言う名のトカゲのぬいぐるみ――で占領されており、
 サンダウンの居場所は何処にもなかった。マッドが抱き着くのは抱き枕であり、サンダウンではな
 かった。
  それに対してサンダウンが文句を言ってみても、マッドは言うのだ――だってお前ふかふかじゃ
 ねぇし。
  ふかふかな物が好きなマッドは、ふかふかの抱き枕の虜となっており、サンダウンなど歯牙にも
 かけない。
  だが、昨晩サンダウンは言い募った。私はお前とクリスマス夜市に行くと約束していたのに。な
 のにお前はそれを忘れて小屋に戻ってしまった。それに対して何らかの償いをすべきではないのか、
 と。
  暖炉に火を点けたばかりの寒い小屋の中で、サンダウンは力説したのだ。
  マッドにしてみれば、非常にうざかった事だろう。凍えるような寒さの中、やっと家に帰りつい
 たと思ったら、ほぼ勝手についてきたおっさんが、そんな事を吐くのだ。大体お前だってクリスマ
 ス夜市の事なんか忘れてただろうが、とマッドは言ったが、サンダウンは納得などしてやらなかっ
 た。納得したら、それで終わりである。
  納得しない態で、何度も同じ事を繰り返し――風呂場の前でもずっと言い続けてやった――根負
 けしたマッドが、というかそれ以上相手にするのが面倒くさかったのだろう、折れるような形とな
 った。
  物凄く投げやりに、じゃあどうすりゃ良いんだと言うマッドに、サンダウンは無理やり一緒のベ
 ッドに入り込んだわけである。トカゲのぬいぐるみを床に追いやって。マッドから微かな抗議の声
 が上がったが、無視した。
  そういうわけで、サンダウンは久しぶりにマッドを腕の中に抱き込んで眠る事が出来たわけであ
 る。
  此処で、トカゲの抱き枕はこの小屋にしかないから、他の場所で抱き込む事が出来るのではない
 かと思われるかもしれないが、マッドは移動用の抱き枕として小型のトカゲも持っているのだ。奴
 にずっと邪魔をされてきた。
  だが、今は邪魔をする物は何処にもいない――床にのっぺりと転がっている。サンダウンは久し
 ぶりのマッドの身体の線と温もりを、ぴったりと身体をくっつけて楽しんでいる。しかもマッドは
 まだ起きていないのだ。触りたい放題である。クリスマス夜市を一緒に歩けなかったのは惜しいが、
 こうやって一緒に眠れたのだから、それはそれで良い。
  あとはクリスマスケーキだけである。
  どんなケーキになるのかな、と楽しみに思いながらも、サンダウンは今現在腕の中にあるマッド
 のほうも楽しみたいので、黒い髪に鼻を埋めて、すんすんと匂いを嗅ぐ。マッドの肌の香りは、不
 思議な事に少し甘い。何か香水をつけているわけでもないのに、特に風呂上りは甘い匂いがする。
  一夜明けて、その香りは寝汗で少し薄れているが、それでもまだ残っている。
  嬉しそうに、ふんふんと匂いを嗅いでいると、その気配に気が付いたのかマッドが身動ぎした。
 起きたのかな、と少し名残惜しそうに顔を離すと、案の定マッドの長い睫がふるふると震えている。
 今にも眼を覚ましそうだ。
  少しの間、マッドの瞼は睡魔と覚醒が綱引きをしているかのように、ひくひくと震えていたが、
 普段の賞金稼ぎとしてのマッドの意識のほうが強かったのか、綱引きは最終的には覚醒のほうに軍
 配が上がった。
  即ち、マッドの瞼がぱかりと開いた。
  しかししばらくの間は、まだ睡魔が悪あがきをしているらしく、マッドの黒い眼はぼんやりと遠
 くを眺めている。冬の空と同じくらい透明な眼がぼんやりとしている真ん中には、サンダウンの顔
 がくっきりと映り込んでいた。
  それを覗き込むように顔を寄せれば、忽ちのうちにマッドの眼の焦点が合った。そして形の良い
 眉が顰められる。

 「………何してんだ、てめぇ。」

  寝起きなのに掠れる事無く、見事なまでに端正に、しかし肉食獣の唸り声のように響いた声。今
 にも、マッドに口づけせんばかりに顔を寄せていたサンダウンを、睨み付けている。

 「………何もしていない。」

  まだ、と呟きかけるサンダウンを、マッドは、まだってなんだまだって、と唸る。サンダウンと
 してはもう少し、二人で過ごす冬の朝を堪能したかったが、こうなってしまっては仕方がない。楽
 しみを、朝ご飯に切り替えることとしよう。

 「………クリスマスケーキ。」
 「てめぇ、朝っぱらからそれしか言う事ねぇのか。」

  朝ご飯のリクエストをしたつもりだが、マッドには冷ややかに言い捨てられてしまった。という
 か、朝ご飯のリクエストだと思っても貰えなかったらしい。いや、そもそも朝っぱらからクリスマ
 スケーキもないのだが。

 「ケーキは夜だ。ちゃんと準備してやるから待ってろよ。今朝は普通にパンと牛乳。あと目玉焼き。
  それで良いだろ。」

  眼が覚めたばかりなのに、ぽんぽんと言葉を紡ぐマッドに、一体どんな舌をしているのだろうと
 サンダウンは、ぼんやりとしながら思う。サンダウンは、もう少し眠っていたいくら、ぼうっとし
 ているのだが。
  だが、マッドはサンダウンが二度寝する事は許さなかった。

 「あんたは馬に餌やってこい。あと、暖炉に火を点けろ。井戸で水も汲んで来い。俺は飯の準備で
  忙しい。まあ、あんたが朝飯抜きで良いって言うんなら、何もしなくて構わねぇが。」

  反論の余地さえない。
  それに、なんて甘さの欠片もない朝の風景だろうか。はて、新婚の朝とはこんなものだっただろ
 うか。別に新婚でもなんでもないのだが。
  寝ぼけている所為か、或いはマッドから放たれる言葉の渦についていけない所為か、サンダウン
 は少し別方向に思考を向けてしまう。だが、そんな暇も与えてくれないくらいに、甘さの欠片もな
 い賞金稼ぎは、ずかずかと床に降りて、床にのっぺりと転がっていたトカゲをベッドに放り込む。
 このまま二度寝したら、トカゲのぬいぐるみと一緒に寝る事になる。
  なんとも微妙な気分になったサンダウンは、大人しくマッドの言うとおりに起き上がり、しおら
 しく、暖炉に火を点けに行ったのだった。