馬車や人の通りが一向に耐える気配のない大通りを、マッドはブーツの硬い足音を立てながら歩
 いていく。マッドが石畳を叩くたびに、その上で解けていたオレンジ色の明かりが小さく震えた。
  やがて、ふとマッドは顔に落ちる影と光に気が付いて足を止める。
  やけにぬっと背の高い影と、そこに点滅する光に眼を細めれば、それは巨大なモミの木だと分か
 った。キラキラとした装飾を付けた姿は、クリスマスツリーなのだろう。店先に置いてあるものよ
 りもずっと大きなそれは、町が主催して作り上げたものなのかもしれない。
  赤やら黄色やらの電飾を巻きつけて、青やら銀やらの丸いオーナメントを吊り下げて、てっぺん
 には大きな星が光っている。
  周囲にはクリスマスツリーを一目見ようと、様々な人々が集まっている。
  そしてその前に、ぬっと立ち竦んでいる男が一人。
  背後にあるクリスマスツリーと、今にも枯れてしまいそうな茶色の姿のギャップに、マッドは脱
 力して溜め息を吐きそうになった。少なくとも、顔は呆れたものに変化したに違いない。
  あまりにも似つかわしくない場所にいるサンダウンは、しかもその手にピンク色の紙袋を持って
 いる。紙袋の中からドーナツを取り出しては、もりもりと食べているのだ。
  そのまま素通りして、赤の他人のふりをしてやりたくなった。
  いや、赤の他人である事に間違いはないのだが、生憎とマッド以外に知り合いらしい知り合いと
 いうものが存在していないような素振りを見せているサンダウンが、素通りしようとするマッドを
 無視するはずがない。

 「………終わったのか。」

  もりもりとドーナツを食べながら、向こうから話しかけてきた。普段は、話しかけてきたりしな
 いくせに、マッドが放っておこうとすると話しかけてくるのだ、このおっさん。
  このおっさん、とマッドが口の中で毒づいていると、やはりサンダウンはドーナツを食べている。
 髭に食べかすが付いているのが、前々から思っている事なのだが、非常に間抜けである。
  あと、口に物を入れたまま喋るな。
  いっそ保護者のような事を考えながら、マッドは頷く。

 「ああ。これで良いんじゃねぇの。どうせ十年前の事だ。誰も正確な事なんか、わかりゃしねぇ。」

  メアリーが何処かに行ってしまえば、きっと何も起こらない。マリー達はメアリーの口から何か
 が語られるのではと恐れるかもしれないが、小娘一人の言う事を、一体誰が何処まで信じるか。し
 かも、さっきも言ったように十年も前の事だ。暴いて、何になるのか。

 「俺に実害があったわけでもねぇし。まあ、鍋の中から手首が出てくるってのは実害かもしれねぇ
  が、それで牢屋にぶち込まれたわけでもねぇ。放っておくさ。」
 「ふむ。」

  サンダウンは納得したような声と、ドーナツを飲み込む音を同時に立てる。
  そして、もぞもぞっとポンチョの下から何かを取り出した。それを、マッドに恭しく差し出す。
 これがもしも、指輪とかだったなら、マッドはその瞬間に間違いなくきれていた。ドーナツをもし
 ゃもしゃ食うおっさんから、意味不明な事をされるのは、こりごりだった。
  だが、マッドの気持ちを汲んだのか偶々か――きっと後者だーーサンダウンがマッドに向かって
 差し出したのは。指輪を包んだにしては大きすぎる代物だった。これで指輪とかだったら、サンダ
 ウンの脳味噌の素材を本気で疑う。

 「なんだ、これ。」

  大きさ的に指輪とかではない事は分かった。厚み的にも何らかの公的書類ではない事も分かった。
 だが、常日頃のサンダウンの行動を知り尽くしたマッドは、警戒してそれを受け取る事はしない。
  というか、町中の電飾に飾られたクリスマスツリーの前で、おっさんから謎の包みを受け取ると
 いう状況が、マッドの常識に照らし合わせてみれば非日常過ぎた。
  受け取らないマッドに、サンダウンは特に気を悪くする事もなく、答える。

 「鍋だ。」
 「あん?」
 「あと、ケーキの材料だ。」 
 「はあ?」 

  サンダウンの言葉に、マッドが本気で怪訝な顔を見せると、サンダウンが少し焦れたような顔を
 見せた。

 「お前が欲しいと言っていた物だろう。あと、これでクリスマスケーキを作るという約定だっただ
  ろう。」

  いつもに比べて遥かに饒舌なサンダウンに、お前普段からそれくらい喋れよ、とマッドは思う。
 同時に、そういえば話の発端は、マッドが新しいダッチオーブンを欲しいと言った事だった事も思
 い出す。サンダウンがクリスマスケーキを作れと言っていた事も。

 「ああ、良く覚えてたな。」 
 「当たり前だろう。クリスマスケーキをお前が作る為に、わざわざあんな手首の為に時間を費やし
  たんだからな。」
 「……………。」

  つまり、メアリーとマリーの事をマッドが考えている間、サンダウンはクリスマスケーキをマッ
 ドが作る事だけを考えていたという事か。だから、マッドも忘れかけていたダッチオーブンを、マ
 ッドがメアリーを駅馬車に乗せている間に、何処からか購入したのか。ご丁寧に、今度こそ材料ま
 で揃えて。
  クリスマスツリーの電飾の明かりを浴びて、堂々と発言しているサンダウンは、物凄くドヤ顔だ。
 正直、男だろうが女だろうが、クリスマスツリーを前にしてドヤ顔されたら、ちょっと腹が立つん
 じゃないだろうか。少なくともマッドは、イラッとした。それと同じくらい、脱力もしたが。
  大体、クリスマスなんぞ自分には関係ないという面をしながら、マッドにはクリスマスケーキを
 要望するのかこのおっさん。
  マッドがイラッとしたままサンダウンを見れば、サンダウンはまだ鍋とケーキの材料をマッドに
 突き付けている。マッドが受け取らないという選択肢を取るとは思っていないのか。

 「安心しろ。鍋の中は、今度こそ空だ。」
 「そこは確認したのか。」

  ただし、それはマッドが不快な思いをしない為、というよりも、これ以上クリスマスケーキを先
 延ばしにされたくない為だろう。

 「そんなにケーキが食いたきゃ、その辺で買えばいいじゃねぇか……。」

  ドーナツだとか、マドレーヌだとかを買い食いしている様子を見てきたマッドとしては、そう思
 う。だが、するとサンダウンは何か傷ついたような顔をした。

 「お前が作ったものでなければ、意味がない。」

    真顔で言い放つ男に、マッドはこれ以上放っておいたら、もっとややこしい事を言い出しそうだ
 と判断する。
 まだ物言いたげなサンダウンにくるりと背を向け、分かった分かったと、答えた。
 
「どっちにしろ、此処じゃあケーキも何も作れねぇだろ。小屋に帰らねぇとな。」
「………ホテルは?」

 サンダウンが不思議そうな声を上げた。
 マッドはサンダウンに背を向けたまま、肩を竦める。確かに、冬の夜の荒野を駆けるのは嫌だと
言って、ホテルを取った。だが、マッドはもうホテルに泊まる気にはなれなかった。
 それはこの町で人殺しがあったからだとか、それを保安官ぐるみで隠していたからだとか、そん
な理由からではない。
 ただ、興を削がれた、と言った方が正しいか。
 今宵、何かを溜めこんだ少女がこの町を立ち去って、過去を暴かれた女達が恐々として、けれど
もほとんどの人間がそれを知らずに、こうやってクリスマスの光の中を楽しんでいる。
 その差を見た時に、ふっと先程駅馬車でマッドが誰かを見送ったのは、果たして夢か幻だったの
ではないだろうかと思ったのだ。むろん、そんな事があるはずがないのは分かっているのだが。た
だ、クリスマスの色に馴染む瞬間に、うすら寒い物を感じたのも事実だった。
 そして、精一杯にクリスマスの中に溶け込もうとしているサンダウンが。

「あんたがホテルに泊まりたいって言うなら、そうしろよ。俺は帰る。」

 もちろん、サンダウンは一人でホテルに泊まったりしない。あの、クリスマスの配色になったホ
テルになど。
 歩き出したマッドの後を、それ以上の疑問は呈さずに、てくてくとついてきた。