さて、とりあえず家事の一端を手伝う事を善処すると言ったサンダウン・キッドであったが、果
 たしてマッドの前で、もりもりとチョコレート・ケーキを食べていた。
  マッドが好んで作ったわけではないそれは、即ちマッドは食す事をそれほどまで好んでいない為、
 どうやら丸々サンダウンの胃袋に収まりそうな勢いである。
  茶色くてもさもさのおっさんが、無表情でチョコレート・ケーキにかぶりつくという、なんとも
 シュールな光景を、マッドはティーポット片手に無言で見つめる。これが子供であったなら、その
 食いっぷりに微笑ましさを感じるか、それ以上は身体に悪いから止めろと顔を顰められるのだが、
 生憎と中年を越えて壮年の域に差し掛かった男相手に、そんな事を思うのは無意味であった。とい
 うか、そこまで考えてやる理由もない。
  サンダウンの為に、チョコレート・ケーキを作ってやる義理もないと言えばないのだが、これを
 食わせておけばサンダウンが大人しくしているという条件設定があったので、やむなくこうして好
 きでもない菓子を作って与えているのである。
  ただ、マッドとして気になるところは、マッドはこうして相変わらず家事を行っているのに対し、
 サンダウンはやっぱり相変わらずごろごろしている事であった。

 「キッド、あんた確か家事を手伝うとか言ってなかったか?」

  賞金首と賞金稼ぎがする会話ではないのだが、それでもマッドはそう問わずにはいられない。こ
 の会話が、恋人同士の別れ話のようだと、頭の何処かで乾いた声がしたとしても。
  もぎゅもぎゅとチョコレート・ケーキを頬張っていたサンダウンは、ごくりと一旦飲み込んで、
 頷く。

 「………言った。」
 「ところがてめぇは何もしてねぇように思うんだが。」

    マッドの言葉に、サンダウンは少し考える素振りを見せ、

 「………別れ話のような切り出し方だな。」

  と、マッドが敢えて眼を背けていた事を、あっさりと言ってのける。それによって、マッドの米
 神がひくりと動いた事には気づかない。気づかないまま、髭に付いたチョコレートのスポンジを払
 っている。
  なんとも優雅な――行動そのものは優雅でも何でもないが――サンダウンに、マッドは声を低く
 して、もう一度問う。

 「で、てめぇは家事をするんじゃねぇのか。」
 「………風呂掃除はお前がこの前していたからしない。」

  マッドにとって、そのまま、チョコレート・ケーキを顔面にぶつけて窒息死させてやりたくなる
 台詞だった。  
  掃除は毎日やっても良いのだ、と言ってやってもこの男には通じまい。
  しかし、怒鳴らずにはいられない。

 「てめぇ、やっぱり俺を労わる気なんかねぇんだろうが!」
 「………む?」

  いきなり怒鳴り散らし始めたマッドを、サンダウンはたった今かぶりついたケーキを頬張ったま
 まの状態で、きょとんとして見ている。咥えられたままのフォークが、なんとも間抜けだ。

 「何もしねぇんなら、出ていけ!」
 「………する気はある。」
 「結果が出てねぇだろうが!努力しましたで許されるのは、ガキの時だけだぞ!分かってんのか!」

  手にしたティーポットを、サンダウンにぶつけなかったのが不思議なほど、マッドは喚く。この
 ティーポットはマイセン製で、サンダウンにぶつけて割ってしまうには惜しい物だ。そう判じる理
 性は、一応マッドにも残っていたのだ。

 「大体、てめぇはこの小屋の為に何一つとして動かねぇじゃねぇか!食器も家具も、この俺が持っ
  てきたもんばっかりだろう!」
 「………歯ブラシは持ってきた。」
 「そりゃてめぇだけが使うもんだろうが!つーかてめぇが持ってくるもんは、俺の趣味に一致して
  ねぇ安物ばっかりなんだよ!」
 「……………。」

  マイセンのティーポットを振り回し――幸いにして中には何も入っていない――力説するマッド
 を、サンダウンはしばらく黙り込んで見ていた。
  そもそもマッドの言う事には無理がある。
  マッドの趣味は恐ろしく良い。一体何処で培ったのかは知らないが、とにかく艶やかで、且つシ
 ックである。金のある賞金稼ぎにありがちな成金趣味ではなく、その肌から古い木の匂いが香り立
 つような趣味を持っているのだ。
  ただし、そんな古い血を疼かせるような趣味を満たすには、それなりの財力が必要である。むろ
 ん、マッドの持っている物全てが、金のかかったものであるわけではないのだが、しかしそれでも、
 マッドが普段から身に着けている物は、一般的な金銭感覚から言えば上の部類に属するものだった。
  そんな物を、荒野を流離うサンダウンが逐一手に入れられるわけがない。
  しかし、マッドの無理難題に、サンダウンは小さく溜め息を吐いた後、それならばと問う。

 「お前は一体、私に何を持ってこいと言うんだ。」

  何も持たない不毛しか生み出せない男に。
  すると、マッドはマイセンを振り回すのを止め、サンダウンが予想もしなかった言葉を吐き捨て
 た。よもや、サンダウンがそれを聞いて、目を丸くするところを見ようとして言ったわけではない
 だろう。
  何故ならば、マッドの表情は真剣そのものだったからだ。

 「オーブンが欲しい。」