突き抜ける旋風に、店先に並べられているツリーやリースが揺れる。括り付けられているオーナ
 メントも揺れて、カラカラと乾いた音を立てた。
  荒野は冬場でも雲が空を覆い尽くす日が少ない。雲で空が覆いつくされた時は、間違いなく寒波
 が吹き荒れるのだから、今日のように星が遠くまで見渡せる晴れの夜空は、荒野で生きる者にとっ
 ては、如何に風が寒かろうと有り難かった。
  今からクリスマスを迎えようと、色々と準備している人々にとっても、聖夜など関係なく大地を
 歩く者にとっても。
  例年ならばサンダウンは後者の面持ちで、何処か朽ちかけた小屋で丸まっているのだが、今年は
 隣にマッドがいるので、クリスマス夜市に行く為にも空が晴れていて良かった、と思う。
  だが、当のマッドは再びクリスマス夜市の事など忘れているのか、速足で未だ人通りの絶えない
 クリスマスの色が近づいた街灯に照らされた通りを歩いている。

 「まさか、マリー婆さんの家に突撃するつもりか………?」

  メアリーという娘の言った事が悉く違っており、謎がさっぱり解明されなくなった事態を、マッ
 ドは由々しいと感じているようだ。サンダウンにとってはマリーとメアリーの関係などどうでも良
 くて、むしろこのままクリスマス夜市に行きたいのだが。
  しかし賞金稼ぎの――西部一の、最後の砦である賞金稼ぎの顔をしたマッドは、サンダウンの泣
 き言など全く以て遥か後方に追いやっている。
  マッドは気まぐれで、仕事の選り好みをして、断罪の仕方もその時の気分によって返るくらいだ
 が、一度決めた仕事は間違いなく最後までやり通すのである。

 「あんたは、気にならねぇのか。」
 「………だが、どうせ死体は、やはりメアリーの本当の母親の物だろう。」

  気の強かったというメアリーの母親。父親は、一度は前妻であるマリーを捨てて、その女の元に
 走ったが、あまりの気性の激しさについていけずにマリーの元に戻った。気性の激しかった女が、
 それを許せるはずがない。メアリーが言った、母親がマリーの元に――それはメアリーと父親の元
 でもある――押しかけたのは本当だろう。
  そして、その結末がどうなったかなど。

 「確かにその通りだ。」

  マッドは硬い長靴の鋲を叩きつけるように石畳を歩きながら、白い息と共に吐き捨てる。既にマ
 ッドはマフラーを口元から外し、白い頬をますます白くさせていた。爛々と輝く黒い眼と白い顔が
 夜の街に浮かんでいる。

 「男が逃げ出すほどの女だ。悋気も相当だっただろうよ。逃げた男を追いかけるなんて事もやらか
  すだろう。挙句、男の家族と鉢合わせする事だって。」

  でも、とマッドの白い呼気が一瞬止まって、黒い眼がちらりとサンダウンの横顔の中にある青い
 眼を見上げる。視線が僅かに傾いた橋を作ったところで、マッドは息を吐いた。

 「それで、あの干からびた手の持ち主がメアリーの母親だったとして、それは誰が殺したんだ?」

  マリーか、夫か。
  それに、まだ疑問が残る。何故、夫はメアリーも一緒に連れて逃げたのだろうか。メアリーは連
 れ子だ。血の繋がりもない。構わず、女の元に置いて行っても良かったはずだ。それなのに、何故
 メアリーも連れて帰ったのか。
  そしてそれを、マリーも何故黙認したのか。
  それらの疑問について、マッドは既に答えを得ているような表情をしている。
  だが、答えを口にしないまま、サンダウンから目を逸らし、再びオレンジ色の明かりが幾つも弧
 を描いて落ちている、賑やかな石畳の先を見据えた。
  マッドが語る言葉は、誰もが好きになるこの季節には似つかわしくない。だが、マッド・ドッグ
 の牙は時も場所も選ばないのだ。マッドの卓越した聴覚は、サンダウンには分からない誰かの悲鳴
 を聞き咎めている。

    「保安官は、それほど多くの事は教えてはくれやしなかった。でも、その態度からなんとなく、メ
  アリーについては、言いにくい事があるんだろうなぁって思ったな。」

  立場上、べらべらとは喋れなかったに違いない。一つの家族のプライバシーに関係する事を、事
 件でもないのに賞金稼ぎには語れなかったのだろう。

 「………手首の事は話さなかったのか?」
 「話したところで意味はなさそうだったからな。変に騒ぎを起こして、追い詰めても駄目だろう。」

  追い詰める。
  誰を。
  サンダウンは疑問に思ったが、マッドの研ぎ澄まされた猟犬としての横顔は答えてくれそうにな
 かった。

 「マリー婆さんの家もなかなか教えてくれなかったけどな。しつこく聞いたら渋々教えてくれた。
  まあ、聞いたのが俺だって事もあるんだろうが。」

  よもや賞金稼ぎマッド・ドッグが、その経歴に傷をつけるような、無体な真似はしまい。
  そう思ったから保安官はマリー婆さんの家を教えてくれたのだろう。尤も、まさか今日の今日中
 に突撃するとは夢にも思わなかっただろうが。

 「あと、マリー婆さんは、実はまだ婆さんと呼ばれるほどの年じゃないらしいぜ。まあ、確かに初
  老は越えてるんだが、五十代らしい。」

  その言葉に、サンダウンはそうなのか、と微かに驚いた。サンダウンが昨日見た姿は、腰が曲が
 り顔には皺が刻まれ髪は真っ白で、既に老人と言い切って良い要望をしていたのだが。
  彼女を歳よりも更に老け込んで見せる何かが、人生の何処かに無数に落ちていたのだろう。

 「そんな婆さんの元に、夜に押しかけるのは俺としても不本意なんだぜ?」

  マッドの眼がちかりと光る。

 「でも、そうも言ってられねぇ。仮に手首の持ち主がメアリーの実の母親だったとしても、その死
  体の一端が今頃になって出てきた。」

  今頃になって、誰かが何かを、糾弾しようとしているのか。
  だとしたら、何のために。

 「………メアリーが、マリーを?」
 「たぶん、違う。」

  マッドの声は低く、俺の勘が間違ってれば良い、と呟いた。そして賞金稼ぎとしてのマッドの勘
 は、外れないのだ。
  二人の目線の先に、綺麗な白木に墨で『Mary』と書かれた木札のぶら下がる家の扉が、が立ちは
 だかっていた。