サンダウンは、ぽりぽりとクッキーを食べながら、マッドが保安官事務所から戻ってくるのをホ
 テルのロビーで待っていた。ふかふかのクッションに座り込んでクッキーをぽりぽりと食べている
 茶色の小汚い男を見る周囲の視線は、怪訝なものであるか眉を顰めるものであるかのどちらかであ
 り、決して好意的な物ではない。
  だが、流石に洗練されたホテルマン達は、この男がホテルの客である事を承知しているため、粗
 相を見せる事はなかった。
  それだけ、此処のホテルは一流であったのだ。
  マッドが今宵の宿にと選んだのは、サンダウンがいつも使う安宿ではなく、上流階級の人間達が
 こぞって使うホテルだった。はっきり言ってしまえば、此処の宿代を払って、サンダウンは一文無
 しであった。一文無しになったところで、サンダウンは特に困らないが。
  広々としたロビーは、柱でさえゴシック調の彫り物がしてあり、床には毛の長いカーペットが敷
 かれている。その上に、今サンダウンが座っているような、ビロード張りのソファが幾つも並べら
 れている。
  貧乏人が見れば、信じられないような光景だろう。サンダウンも、保安官を止めてからは縁遠く
 なっていた世界である。
  こういったホテルは、客のニーズに合わせるために、飾りつけも季節ごとに変えていく者である。
 考えるまでもないことだが、今の季節、柱には大きなクリスマスリースが飾り付けられ、入口にほ
 ど近い壁際には、天井まで届きそうなクリスマスツリーがそそり立っている。
  それらの飾りつけを見たら、サンダウンは少しばかり居場所がなくなったような気がした。服装
 の時点で、本来ならばこのホテルにサンダウンの居場所などないのだが、そんな事よりもクリスマ
 スの華やかさがじわじわと身に染みてきた。
  さっきまでは平気になっていたような気がしたのだが、やはり平気ではなかった。こんな華やい
 だ場所には、いるべきではない。
  もそもそとクッキーを食べる速度が、みるみるうちに減退し、サンダウンは視線を毛足の長いカ
 ーペットの上に落とす。塵一つ許しそうにないカーペットの様子に、けれども今この場にいる自分
 ほど、許されないわけではないだろうと思う。
  ぽり、とクッキーを割り、そのままの状態で固まる。
    マッドは邪魔だから此処で待っていろと言ったが、やはり邪険にされても保安官事務所までつい
 て行くべきだった。賞金首を保安官事務所に連れていくなんて、と顔を顰められても、ついていっ
 ていれば、こんな肩身の狭い思いをしなくてもよかったのに。
  今からでも保安官事務所に行こうかな、と思っているサンダウンは、割と本気である。
  他人が自分に向ける視線よりも、クリスマスという梔子色の温かい光の中に居る事のほうが、サ
 ンダウンには堪える。
  もしもマッドがそれを分かってサンダウンを放置していったなら、とても酷い。
  半欠けのクッキーを咥えたまま――その状態で固まっている事に他人が冷ややかな視線を向ける
 事については何も感じない――サンダウンはソファの上で所在なさげに俯く。
  と、型崩れした帽子に埋もれていた耳が、ぴくりと動いた。
  ホテルの入口から、騒がしい気配が足音高くやって来るのを聞き取ったのだ。飼い主が帰ってき
 たのを察知した犬宜しく、サンダウンは項垂れていた顔を持ち上げ、ソファの背凭れ越しに、にゅ
 っとそちらの方向を見る。
  果たして、黒い帽子を被って頬までマフラーで覆った、むくむくの賞金稼ぎが帰って来たところ
 だった。
  何かに激昂しているのか知らないが、僅かに見える肌が紅潮している。
  どうかしたのか。
  思いながらソファの背凭れに顎を乗せながらマッドを行動を視線で追っていると、サンダウンに
 ようやく気付いたマッドが、ぴたりと足を止めてこちらを見る。その瞬間のマッドの眼差しが、酷
 く呆れたようなものであったことは言うまでもない。何に呆れたのかは――背凭れに顎を乗せてい
 る事か、クッキーを咥えたままである事か、はたまた小汚い恰好で平然とロビーにいる事か――定
 かではないが。
  半欠けにして加えていたクッキーを、口腔に吸い込んで、ぽりぽりと租借した後、サンダウンは
 低い声を出す。

 「………どうした?」
 「そりゃ、何に対する、どうした、だ?あんたに対する視線か、それとも別の事について聞いてん
  のか。」

  勿論、後者について聞いているのである。
  マッドが戻ってきて、クリスマスが自分を跳ね除けるものではなく、マッドと一緒にデートに行
 く為のものに変貌したサンダウンは、いつものふてぶてしさを取り戻している。別に、傍から見れ
 ば、さっきまでも落ち込んでいるようには見えなかったのだが。

 「……それで、どうかしたのか。クリスマス夜市に行くんだろう。」
 「あんた、本当にその事と食う事しか考えてねぇんだな。」
 「……他に何を考えろと。」
 「せめて、自分がドレスコードをガン無視してる事について、ちょっとは気にしろよ。」

  ホテルに返ってくるなり、そこだけ明らかに荒野の空気であったサンダウンを見つけた時のマッ
 ドは、他人のふりをしたい心境であっただろう。他人のふりをしようとしたところで、サンダウン
 がそれを許すはずもないだろうが。大体、二人同じ部屋を取った事で、少なくともホテルマン達に
 は知り合いである事が周知されている。
 
   「それで、どうした。」

  ドレスコードと、それを言及するマッドの言葉を無視して、サンダウンは再び同じ質問をする。
 自分の言葉を無視されたマッドは、だがそれ以上サンダウンの服装について咎めても無意味である
 と悟っているので――仮に服装を咎めたところで改善されるわけがないし、改善するにはマッドの
 努力が必要だ――それ以上口にするのは止めた。
  代わりに、サンダウンの質問に答える事にする。

 「メアリーって女の事なんだがよ。あいつ、とんでもねぇホラ吹きだな。」
 「ほう………?」

  マドレーヌの売り子の言った事について裏付けに行ったら、その言葉がてんで嘘だったとマッド
 は告げた。

 「………マリー婆さんについての事が、か?」
 「というか、どう説明したら良いんだか。」

  マッドは少し顔を上げて、柱にかかっているクリスマスリースを睨み付け、しばらくしてからサ
 ンダウンの座っているソファの前に座り込んだ。同じくビロード張りのソファの上に座ったマッド
 は、当たり前だがサンダウンよりもその場所に溶け込んでいる。
  ただし、マッドが口にしたのは、クリスマス一色に飾り付けられたホテルのロビーで話すような
 内容ではなかった。

 「まず、確かにメアリーは、マリー婆さんの旦那の後妻の子供で間違いはねぇ。」

    懐から葉巻を取り出し、マッドはそれを口元に運ぶ。だが、火を点けようとはしないまま、何か
 を考えるように葉巻の先端を見つめる。
  サンダウンはクッキーを漁る手を止め、マッドの唇が動くのを待つ。

 「ただ、メアリーが言うのとは違って、旦那はずっと別の町にいたわけじゃない。前妻と別れたは
  良いが、どうも後妻ってのは気の強い女だったらしくってな。旦那はそれに嫌気が指したのか、
  一年も経たないうちに前妻の元に戻ってる。」

     だから、マリー婆さんの言う旦那は、メアリーの言うように、全く知らない謎めいた存在などで
 はない。甲斐性はないようだが、マリー婆さんの元に戻って、マリー婆さんに気苦労をかけさせた
 分をそれなりに済まなく思っていた男だったようだ。
  そして、メアリーの言葉と完全に食い違うのが。メアリーが一言も言わなかったのが。

    「旦那はマリー婆さんの元に戻った時、後妻の連れ子だったメアリーを連れてきた。」

    それは、十年前のクリスマス・イヴの事だった。