[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
「どう思う?」
メアリーと聖母の名を持つ娘を追い払った後、マッドは隣でもぎゅもぎゅとクラッカーの上にチ
ーズを乗せた物を食べているサンダウンに問う。
あの娘の言っている事が本当なら、干からびた手首の持ち主は、彼女の母親の物と考えるのが妥
当だ。何故、前妻の元に行ったのかは不明だが、決して善意からではないに違いない。夫に捨てら
れた女を、嘲笑しに行ったのか。例えその気がなくとも、前妻からすれば不愉快である事に変わり
はない。
だから殺されて、干からびるまで放置されたと考えるのが、妥当なところだろう。
その手首が鍋の中にあった事については、全く以て不明だが、隠し場所をそこにしたというのは
苦しいが、有り得ぬ話ではなかった。死体をバラバラにして、あちこちに隠したのだ。手首に打ち
付けられていた釘がなんなのかは分からないが、それこ考えても無意味な気がする。
「これ以上首を突っ込んでも、意味はねぇ気がするな。」
前妻と後妻の争いなんてものに、他人が首を突っ込むのは野暮の極みだ。まして、どうやら何十
年も前の話らしいし。
「………私もそう思う。」
クラッカーに伸ばす手を止め、サンダウンも頷く。
「………だから、あの鍋と手首は何処かに捨てて、クリスマスの夜市に行こう。」
「あんた、本当にぶれねぇな。」
まさか、ずっとクリスマス夜市の事ばかり考えていたのか。正確には、マッドとクリスマス夜市
に行く事を。
「………夜市が始まるまで、時間は潰せただろう。」
今朝、小屋を出てから町に辿り着いて、それからマリー婆さんの家の中を漁って。そうこうして
いるうちに、確かに日差しは傾きかけている。だが、サンダウンが言うように完全に時間が潰され
たわけではない。夜市は夕日が完全に沈んでから始まるものだ。
かといって、いまから小屋に帰るには、少々遅すぎる。木枯らしが吹き荒ぶ荒野の夜を駆けるの
は、流石のマッドも勘弁願いたい。
なので、マッドは夜市よりもまず現実的な問題を解決する事にする。
「その前に、ホテルを取るのが先だろうが。」
夜市に行ったは良いが、その後寝る所に困るなんて状況は御免だ。
すると、サンダウンは青い眼に期待を孕んで、マッドを見る。
「………つまり、ホテルを取ったらクリスマス夜市に行くわけだな。」
「………あんた、クリスマス夜市よりも自分の寝床については心配してねぇのか。つーか、俺と一
緒にホテルに入り込むつもりか。」
「………別のホテルに泊まれと言うのか。」
「あんたに俺が泊まるクラスのホテルの宿代が払えるってのか。」
「………………………払う。」
いつもよりも、声を出すまでに時間がかかったが、サンダウンはマッドと一緒のホテルに泊まる
と――自分の金で――言った。ならば、別にマッドにはそれ以上口を出すつもりはない。自分の金
でホテルに泊まるならば、そうすれば良い。しばらくの間、サンダウンは水っ腹かもしれないが。
尤も、マッドがサンダウンに飯を食わせる事に変わりはないので、水っ腹にはならない可能性が
高い。
「あと、保安官事務所にも行く。」
「……………?」
髭に付いたソースやら食べ滓やらを拭き取りながら、サンダウンが怪訝な眼でこちらを見た。い
や、マッドの意図するところはサンダウンも気づいているだろう。だからこそ、何の為に、と思っ
ているのだ。
「あの、メアリーって女の言い分を確かめに行くんだよ。干からびた死体が俺達の手元にあるのは
紛れもない事実だ。それに俺達は空き家とはいえ不法侵入してる。メアリーが騒ぎ立てたら面倒
臭い事は確かだ。まあ、俺の言い分よりもあの女の言い分を信用する保安官なんざ、いねぇとは
思うが。」
西部一の賞金稼ぎの言葉が、バザーで売り子をしている娘の言葉よりも軽いはずがない。不公平
だなんだと言われようが、これは紛れもない事実だ。
「…………お前は、それでどうするつもりだ?」
髭を拭き終えたサンダウンは、ぼそりと問う。
メアリーの言葉の真偽を確かめて、それでどうするつもりなのか。メアリーの言った通り、マリ
ー婆さんがメアリーの母親の失踪に関わっているとして、干からびた手が母親のものであったとし
て、それでマリー婆さんを断裁するつもりか。
すると、マッドは、まさかと首を傾げる。
「言ったろ?女同士の喧嘩に首を突っ込むつもりはねぇよ。大体、メアリーの言った事が本当だと
しても、俺はメアリーの母親に同情なんかしねぇな。」
例え干からびるまでの間に、どんな仕打ちを受けていたとしても、それは己の中の女の業から眼
を逸らしたツケだろう。夫を奪われた女から、どんな仕打ちを受ける事も分からぬほど、己の業を
知らなかったのか。
「メアリーにも同情する義理はこれっぽっちもねぇしな。メアリーの言ってる事の裏を取って、保
安官には俺らは今回の事には何にも関係ねぇと言っておけばいい。」
マリー婆さんには逢わんのか、とサンダウンが問えば、マッドは少し眼を上げてサンダウンを見
る。
「あんたは逢いたいのか。」
「………別に。」
あの老婆が何を思い、おそらく前妻の手首を鍋に隠し、その鍋を夫からの贈り物だったと言って
バザーに並べたのか、その胸中を察する事は出来ない。
もう一度会って、その眼をよくよく見れば何か分かるかもしれないが、しかしサンダウンにもそ
こまでするつもりはなかった。サンダウンにとって重要なのは、マッドが既に何か納得して、これ
以上鍋に煩わされないという事だけだ。
「お前がそれで気が済んだというのなら、問題ない。」
あとはクリスマスの夜市を見に行くだけである。
ホテルを探してから保安官事務所に行き、調べ物をしているうちに、夜市に行くには程良い時間
となる事だろう。
夜市に行く事が既に頭の中で確定しているらしいサンダウンを見て、マッドは一つ溜め息を吐く
と、会計をする為に手を上げてウェイターを呼びつけた。