今年も既にあと数週間を残すのみとなっている。
窓の外に見える、丈の低い草原が既に砂色と化して、大地と一体化しつつある様を眺め、マッド
は、ほうと溜め息を吐いた。枯れた草の上を渦巻いているであろう木枯らしの冷たさを想像すれば、
曲がりなりにも暖炉があり暖まった部屋の中にいる僥倖に、安堵の溜め息を吐きたくもなるという
ものだ。
ふらふらと揺れて、頭を地面に付きそうなほど垂れている草は、恐らく既に寒さも感じぬほどに
枯れきっているのだろうが、未だ枯れを知らぬ身としては、こんな木枯らしの中を馬に乗って駆け
回るのは勘弁願いたいところだった。
勿論、マッドも賞金稼ぎとしての仕事がある以上、寒空の下を荒くれ馬であるディオに乗って駆
け巡る事もあるのだが、幸いにしてマッドは今年の仕事を全部やり終えている。そもそも賞金稼ぎ
という、幾分かやくざな仕事は、当人の采配で好きなように仕事を進められるという利点があった。
だから、凶悪犯がその辺をうろついていようとも、気分が乗らなければ仕事をしなければいいだけ
の話だ。
と言っても、そうこうしている間に他の賞金稼ぎに、賞金首を撃ち取られてしまう事はあるし、
それで食いっぱぐれてしまうという事もあるだろう。
だが、マッドはそんな事も見越して、秋口から十一月の終わり頃にかけて、人一倍に働いた。一
人で西部中の賞金首を撃ち取ってしまうのではないかと思うほどに働いたマッドの懐は、二、三カ
月働かなくとも十分に食っていけるほどに潤っている。
それもこれも、寒空の下賞金首を追い掛け回さず、ぬくぬくとした部屋で丸くなる為である。
クリスマスのアドヴェントから、年が明けるまでの間、マッドは外で行う一切の仕事をするつも
りはない。食料をたっぷりと買い込み、お気に入りの塒に好きな物だけを詰め込んで、丸くなって
過ごすつもりなのである。
ただ、マッドとしては非常に遺憾な事に、お気に入りの物の中に、どうやら何か小汚い物が混ざ
っていた。
良く言えば荒野の色をした、悪く言えば小汚い茶色い物体が、マッドが小屋の中に入るよりも早
く、小屋を占領していたのである。
別に、マッドの塒はマッドだけの物ではない。
荒野のあちこちに散らばる、ゴースト・タウンや打ち捨てられた小屋は、旅人やならず者の塒に
なっており、それは別段誰かの物と決められているわけではない。誰が使っても良いのだが、しか
し一見してこの塒は使うべきではないと分かるものもある。例えば床に怪しい薬が散らばっていた
ら普通の旅人は使うべきではないし、逆に軍靴の足跡があればならず者は使用するべきではない。
各々の天敵がいたと分かる場所には、近づくべきではないのだ。
そして、何も知らぬ赤子でなければ、西部一の賞金稼ぎが我が物顔で使用している小屋を、堂々
と使っていいわけがない。やむにまれぬ理由がない限り、気紛れで気難しいマッドの支配する塒に
足を踏み入れて、マッドの琴線に触れるべきではないのだ。
が、今現在、マッドのお気に入りの小屋に入り浸っている茶色は、この小屋がマッドのお気に入
りの塒であるという事を知っていて、明らかにピンポイントで此処にやって来たのだ。そして、こ
の前マッドが買ってきた気の長いふかふかのカーペットの上で、ごろごろしている。
「鬱陶しいわ!」
朝から晩までごろごろしている男に、マッドはクッションを投げつける。が、それを持ち前の反
射神経、で男はごろりと転がって避ける。もはや、マッドに喧嘩を売っているとしか思えない行動
である。
ごろりと転がってクッションを避けた男は、荒野の青空と同じ色の眼で、少し眠たそうに――ず
っとごろごろしているのに何故眠そうなのか――マッドを見上げ、何をする、と呟いた。
何をする、ではない。
そちらこそ、何をしているのか、だ。というかこの男の場合、何もしていないのが問題だ。
マッドは、ごろごろしている賞金首サンダウン・キッドを見下ろす。
サンダウンがマッドを恐れないのは仕方がない。マッドはサンダウンに何度も決闘を挑んでいる
が、その度に負けているのだ。しかも殺されもしない。二人の力の差は歴然としている。
が、だからと言って、こうやって自分より弱い賞金稼ぎの塒に入り浸って、朝から晩までゴロゴ
ロしているのは人としてどうなのか。少しは動こうとか思わないのか。
「てめぇはなんなんだ!朝から晩まで見せつけるようにゴロゴロしやがって!ちょっとは働こうと
か思わねぇのか!」
賞金稼ぎが賞金首に言う台詞ではない。
が、言わずには言われない鬱陶しさが、サンダウンにはある。
しかもサンダウンが口答えをしてきた。
「……お前だって働いていない。」
「俺はこの時の為にずっと働いてたんだよ!万年引き籠り無職のてめぇに、なんで働いてないとか
言われねぇといけねぇんだ!」
住所不定無職のサンダウンが、ならず者と紙一重とは言え賞金稼ぎとして働くマッドに、働いて
いないとは口が裂けても言えないはずだ。それにマッドは確かに賞金稼ぎとしての仕事はしていな
いが、それ以外――料理や掃除など、家事全般を行っている。それで働いていないと言われたら、
この世にいる全ての主婦はどうなるのか。
が、主婦を敵に回す事も厭わない男は、転がったまま呟く。
「………やる事がない。」
「だったら風呂掃除とかやれよ!薪は十分あるから、風呂を沸かすとか!」
ちょっとは俺を労われ、とマッドは賞金首と賞金稼ぎの会話と言うよりも、熟年夫婦のような事
を言っている。
「大体、てめぇは俺の金で飯食ってるんだろうが。俺がこの休暇の為に稼いだ金で。というか、な
んで此処にいるんだあんた。ただ飯食う事を狙ってんじゃねぇのか。」
それを言ってしまえば、食事どころかサンダウンが中に来ているシャツだとかはマッドが買って
やったものなのだが。もはや、ただ飯どころの話ではない。会話も熟年夫婦を通り越して、ヒモを
食わせてやっている側の言い分である。
「なんでこの俺様が、クリスマス期間中、あんたみたいなおっさんの為に飯を作らなきゃならねぇ
んだ。どっかであんた出ていくんだろうな。そんな予定あるんだろうな。ないだろ、絶対に。俺
の仕事初めまで此処に居座るつもりだろ。俺の休暇を台無しにして楽しいか。」
胸倉を掴んで、今にもぐらぐらと揺さぶりそうな勢いのマッドに、サンダウンは相変わらず眠そ
うな眼差しを向け、呟く。
「………私が、飯を作れば良いのか?」
「てめぇの飯なんか食えるか!俺が作ったほうが絶対に美味いだろうが!」
「うむ。」
「自信満々に頷くんじゃねぇ!」
食べる事に執着がないわりには、マッドの作った食事はもりもりと食べるおっさんは、本気で自
分が食事を作ろうとは思っていないようだ。
「………とりあえず、風呂は沸かそう。」
「出来るんだろうな。」
「………風呂掃除もしよう。」
「大丈夫なんだろうな。」
「………その他の家事についても、おいおい考えよう。」
「期待はしねぇが、その言葉だけは覚えておく。」
疑い深い眼でマッドはサンダウンを見て、諦めたように眼を反らした。