「キッド、こいつ、なんだとおもう?」
「白いトカゲだ。」
「そういうことをきいてるんじゃねぇよ。」
サンダウンの相変わらずの答えに、マッドは頬を膨らませた。
マッドの手の中には白いふかふかのトカゲがいる。マッドの脚元で群れている茶色のトカゲと、
色以外の点は似ているように見えるのだが、マッド曰く手足が少し長い、そうである。
「こいつ、座れるんだぞ。」
そう言って、マッドはトカゲをテーブルの上に置いた。すると、なるほど、二本の短い脚と尻尾
を駆使して、ちょこんと座り込んだ。ただ、未だに驚きが冷めやらないのか、それとも怖がってい
るのか、完全に凍り付いてあまり反応らしい反応をしないのだが。
「なあ、こいつはいったいなんなんだ?」
サンダウンのポンチョを引っ張りながら問いかけるマッドに、サンダウンは答える術を持たない。
強いて言うならば。
「………突然変異か何かだろう。」
自然界には、稀に白い動物が現れる事がある。このトカゲもその口かもしれない。手足の長さは
おいておくとして。
それに、別にサンダウンに聞かずとも、トカゲどもに聞いた方が良いのではないだろうか。どう
考えても、白いトカゲは彼らの近縁種である。むろん、トカゲ達は喋る事は出来ないが、マッドが
問えば何らかの回答はするだろう。
だが、マッドは頬を膨らませたまま、こいつらはしらねぇみたいだぞ、と言った。それを裏付け
るように、トカゲの群れは一斉に頷く。
「この白いトカゲのことはしらねぇみてぇだぞ。めずらしそうにみてやがったしな。」
白いトカゲを捕まえた直後、マッドはトカゲ達に詰問したらしい。お前達の仲間ではないのか、
と。マッドとしてはその可能性は低いとは思っていた。何せトカゲ達は四六時中マッドと一緒にい
る。だから、マッドはトカゲ達の事はある程度は――少なくとも何匹いるかくらいは、知っている
つもりだ。
今まで、トカゲ達の中に白いトカゲがいた事はない。
では、トカゲ達に仲間外れにされていたのかと思えば、やはりそれも違う。トカゲ達はマッドと
一緒にいるので、誰かをいじめていたりする暇はない。もしもそんな事をしていたら、マッドが気
づく。
つまり、やはり白いトカゲは、マッドのトカゲ達とはまた別の群れの存在なのだろう。
そして、その中で苛められていた。
「………何故わかる?」
「こいつ、けがしてるんだ。」
マッドが、ほれ、と再びトカゲを両手で捕まえて、トカゲの首のあたりをサンダウンに見せる。
すると、確かにそこには痛々しい裂傷が開いていた。
マッドに捕まえられたトカゲは硬直したまま、口元をへの字にしてなんだか悲しそうだ。マッド
の周りにいるトカゲ達とは異なる表情である。マッドは、これらの状況を元に、この白いトカゲは
苛められているのだと見当をつけたのだ。
マッドはトカゲを再びテーブルに置くと、椅子から飛び降り――テーブルは高いので、マッドは
椅子に登らなければテーブルの上を見る事は出来ない――ぽてぽてと戸棚に近寄り救急箱を取り出
すと、それを持って再び椅子によじ登る。
「あんしんしろ。おれさまはよわいものいじめするしゅみはねぇからな。ちゃんとけがのちりょう
くらいしてやるぜ。」
救急箱から消毒液とガーゼと包帯を取り出したマッドは、硬直している白いトカゲににじり寄る。
周りを見れば、いつの間にやらトカゲ達もテーブルの上によじ登り、白いトカゲの周りに円陣を組
んでいる。
そんな事をしたら余計に怯えるだけだろう、と思うのだが、子犬とトカゲは圧迫する事を止めな
い。
包帯でぐるぐる巻きにされたトカゲは、治療されたというよりも、完全に捕虜になった態である。
捕虜にされた白トカゲは、完全に怯えきって硬直したまま、茶色いトカゲ達の背中に乗せられて
運ばれている。
こうやって言ってしまうと、マッドが白トカゲを捕まえて苛めているようであるが、実際のとこ
ろはきちんと餌をやったりして、それなりに面倒は見ているようである。
そもそも白い動物というのは、自然界ではなかなか育たない。その白い身体は良く目立ち、敵に
見つかりやすく、それ故に仲間達からも敬遠される。その上、もともと身体も丈夫ではない場合が
多い。
それを鑑みると、マッドの言うようにやはり白トカゲは仲間から苛められていたのだろうし、だ
とすれば今此処でマッドに拾われた事は不幸中の幸いだろう。当の白トカゲにしてみれば、それを
理解する事は難しい事だとしても、傍目から見ればそうなのだ。
きちんと食事ができるという事だって、これまではほとんどなかったはずなのだ。
尤も、警戒している状況で、口に餌を突っ込まれるという事も、これまではなかっただろうが。
「なんでくわねぇんだ。」
警戒して口を開かない白トカゲに、マッドは業を煮やしている。
周りの茶色いトカゲ達は、もりもりと鮎の塩焼きを食べている最中であるのに、白トカゲは食べ
ようとしない。放っておくと、魚の腸の苦味に味を占めた苦味好きのトカゲに食べられてしまいそ
うである。
無理やり口をこじ開けようとしているマッドの様子に、流石に白トカゲが哀れになったサンダウ
ンが助け舟をだす。
「首の怪我の痛みで、あまり口を動かしたくないんだろう……。」
たぶん。
確証はないがそう言うと、それでもマッドは納得した。納得したが、それで問題が解決したわけ
ではない。白トカゲは餌が食べられない事に変わりはない。
なので、サンダウンが持ってきたのは哺乳瓶であった。
これにスープ状にした餌を入れ、食べさせれば良いと考えたのである。離乳食である。
哺乳瓶を見たマッドが、非常に胡散臭そうな眼でサンダウンを見たのは、此処だけの話である。
マッドの眼からは、なんであんたがそんなもんもってるんだ、きもちわるい、という言葉が、ひし
ひしと伝わってきた。それに対して、サンダウンは己を正当化する言葉を持っていない。
此処で仮に、真実の話として、その哺乳瓶はマッドがまだ小さくよちよち歩きだった頃に使って
いた物だと言ったところで、話しが明後日の方向に飛んでいくだけの事である。なので、サンダウ
ンは黙り込んだまま、マッドからの棘のある視線に耐えるだけである。
サンダウンの献身によって、無事食事を取った白トカゲは、マッドに抱え込まれたまま寝床に連
れていかれた。勿論、他のトカゲ達は当然のようにマッドの後についていく。このまま眠り込むつ
もりだ。
静かになった家の中で、サンダウンはとりあえずマッドの頭の中からカボチャの事がすっぽりと
抜け落ちている事に気づいた。それが良い事なのか悪い事なのか、少し判じかねている。
マッドがこっそりと人里に行かない事を考えれば良い事なのだろうし、カボチャの事を忘れてい
るという事はサンダウンの事もほっぽり出しているという事だ。その、サンダウンの事をほっぽり
出している事についても、いつかマッドが大きくなってこの家を出ていく事を考えれば良い事なの
だと思うのだが。
なんとなく消化不良のような気分になりつつも、自分でカボチャを取りに行こうと、ぼんやりと
考える。どうせいつかは――マッドがいなくなれば――そんな習慣も廃れていく事だろう。それま
での間は、マッドが忘れているのなら自分で取りに行けば良い。
小さなカボチャに紛れ込ませていれば、それは加工されてサンダウンが被る事になるだろう。
マッドが眠っている間に、取りに行った方が良いだろうか。
再びマッドが自分で取に行くと言い出す事を考えれば、今夜森を抜けて、サンダウン自身の手で
カボチャを引き千切るほうが良いように思えた。一方で、サンダウンがそれをするようになって、
毎年それが続けば、マッドの中から徐々にカボチャの事が消えていくようにも思えた。
それは、未来を見据えれば、限りなく喜ばしい事なのだが。
静かに落ちた夜の中、サンダウンが森の中を駆けようかと扉に近づいた時、サンダウンが扉を開
けるよりも早く、軋んで開く音がした。はっとして振り返れば、マッドが籠った部屋の扉が薄く開
いている。視線を下に落とせば、白い物体が蠢いている。こっそりと顔を覗かせたそれは、サンダ
ウンを見ると、酷く狼狽えた様だった。
円らな眼の下にある口は、やっぱりへの字のままで、なんだか悲しそうな顔をしている白トカゲ
だった。
マッドの寝床から抜け出した彼は、このまま一匹で何処かに去っていくつもりなのだ。
首に包帯を巻いた白トカゲは、きゅい、と小さくか細い声で鳴いた。その鳴き声に、サンダウン
もか細い低い声で答える。
「そのまま出ていけば、マッドが怒るぞ。」
悲しみはしないだろう。恐らく怒って、森中を捜索するはずだ。自分の懐に入れてしまったもの
には、激しいほどの執着心を燃やす子犬だ。きっと、森の何処にいても探し出して捕まえる事だろ
う。
「捕獲されるのが嫌なら、せめてマッドに一言言ってから出ていくんだな。」
それが許されるかは分からないが。
きゅい、と酷く情けなさそうな鳴き声が上がる。戸惑っているような様子のトカゲは、こんなふ
うに扱われる事に慣れていないようだ。サンダウンと同じだ。
とにかく、今夜は寝床に戻れ、と言いかけた時、薄く開いたままだった扉が勢いよく開く。白ト
カゲの背後には、いつの間に這い寄っていたのか、マッドが仁王立ちしていた。その背後には、茶
色トカゲ達の円らな眼が爛々と光っている。
マッドは白トカゲとサンダウンを見比べると、なにしてんだてめぇらは、と少し眠そうな声で呟
いた。
「さては、キッド、こいつをおびきだしてたべるつもりだな。」
寝ぼけているのか、言っている事がおかしい。というか、トカゲなんか食べるか。
そうはいかねぇんだぞ、とサンダウンの心境を無視して、マッドは白トカゲを捕獲すると抱え上
げて、再び寝床に向かう。器用に片足で扉を閉めて。
扉が閉まる瞬間、トカゲ達の尻尾が翻ったのが見えた。