マッドがふんふんと機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、カボチャを収穫している。
  サンダウンのカボチャにするには、まだまだ小さいが、マッドのお面にするには十分すぎる大き
 さに育ったカボチャに、マッドはご満悦だった。
  収穫されたカボチャ達は、近々訪れる万聖節の前夜までに、中身を刳り貫かれて蝋燭を灯される
 はずである。毎年、嬉々としてカボチャの提灯で家を飾りたてるマッドが、そのカボチャの幾つか
 を持って他の獣人達を追い掛け回している事は、サンダウンも知っている。獣人達にしてみれば、
 一見すれば鬼火に見えるカボチャに追いかけられるのは、さぞ肝が冷える事であろうとは思うのだ
 が、とりあえずマッドは楽しそうなので、サンダウンはそれについて口を出そうとは思わない。
  そんな事よりも、サンダウンには気にすべき事があった。
  万聖節が訪れるという事は、カボチャが収穫されるという事であり、それは即ちサンダウンの衣
 替えでもある。
  不潔であるという理由から、毎年マッドにカボチャのお面を取り換える事を強要されているサン
 ダウンは、今年も恐らくカボチャを取り換えるであろうと諦観の念を持って思っていた。
  と言っても、マッドの畑には、未だにサンダウンが被るほどの大きさのカボチャはない。
  毎年そうなのだが、マッドはサンダウン用のカボチャを準備する為に、森を抜けて人里に下りて、
 人間の畑へと行くのだ。そして、サンダウンが被れそうなカボチャを一つ、失敬してくる。
  マッドはカボチャを失敬する事について、かわりにちいさいカボチャをおいてきたからもんだい
 ねぇんだぞ、と言い張っているが、しかし問題はそこではない。
  マッドは子犬の獣人である。黒い耳と尻尾を持った、小さい子犬である。
  もしもマッドが大人であり、立派な爪と牙を持っていたならまた話は別なのだろうが、マッドが
 小さい以上、もしもマッドが人間に見つかった場合、マッドを恐れて人間が逃げ出すよりも、マッ
 ドを人間が攫っていく可能性のほうが高い。
  サンダウンはマッドには、いつもそのように口を酸っぱくして言い聞かせているつもりなのだが、
 本人は何の根拠があるのか、もんだいねぇ、と言って人里に下りて行ってしまうのだ。
  なので、サンダウンは今年はマッドが人里に下りてカボチャを失敬してくる前に、自分がカボチ
 ャを持ってこようと考えていた。
  が。
  考えていた矢先に、マッドがカボチャを積み上げている台車とトカゲごと姿を消している。
  ずりずりと森の中に向かっていく台車の跡が、マッドが何処に向かおうとしているのかを如実に
 物語っている。明らかに森を抜けて、人里に行くつもりの足取りである。草叢が薙ぎ倒されている
 様子を見るに、トカゲ達も大挙してついて行ったに違いない。
  だが、今回ばかりは――というか今回に限った話ではないのだが、トカゲがいるから安全という
 話にはならない。
  サンダウンはとにかく、マッドが森を抜けるよりも前にその身体を確保しようと、茶色いポンチ
 ョを翻して深い森の中を駆け抜けた。





  別に口喧しくはないが、鬱陶しいところのあるサンダウンに黙って森を歩くマッドは、サンダウ
 ンが想像した通り、カボチャの乗った台車を引き摺り、トカゲの群れを引き連れていた。
  違うところと言えば、マッドの頭に一匹、小さなトカゲが乗っかっているところくらいか。
  苦い物が好きで、苦さのあまり耳が千切れそうになると言わしめる若返り草でさえ好んで食する、
 奇妙なトカゲの中でも更に奇妙な嗜好を持ったトカゲは、マッドの食事制限により――要するに若
 返り草を食べないように監視されるようになった為、若干大きくなりつつある。だが、めっきり大
 きくなったわけではないのは、やはり間違いなくマッドに隠れて若返り草を食べているからだろう。
  その、少しばかり大きくなったトカゲは、それでも小さいので、こうして大規模に移動する時は
 他のトカゲの背中や、或いはこうしてマッドの頭に乗っているのだ。
  トカゲの頭に乗るという行動に対して、マッドは取り立て何かを言うつもりはない。
  マッドとしては、人里に下りるなとぶつぶつ呟くサンダウンを出し抜いてやったという達成感で
 いっぱいなのである。
  ご機嫌に鼻歌混じりに行軍するマッドは、だいたいこれはあのおっさんのためなんだ、と思って
 いる。
  サンダウンのお面の為なのだから、確かにサンダウンの為なのだろうが、サンダウンとしてはそ
 んな気遣いはしてほしくないところだろう。尤も、そんな事をサンダウンが口にしたところで、マ
 ッドは聞く耳を持たないのだろうが。
  実際、サンダウンの心配など全く解せずに、マッドは、トカゲ達と一緒に人里へと向かっている。
 トカゲ達は人里に下りる事を、なんら心配していないような素振りであり、いつも通りなんだか幸
 せそうな顔をしているだけだった。
  どこからどう見てもご機嫌なマッド一向は、ふんふんと鼻歌を歌いながら、深い森から浅い森へ
 と歩みを着実に進めていた。このままいけば、サンダウンの疾走に捕まらずに森を抜ける事が出来
 たかもしれない。
  しかし、話と言うのはそうは上手くはいかないものである。
  別に誰かが邪魔をしたとかそういうのではない。強いていうなら、邪魔をしたのはマッドの黒い
 耳だろうか。
  ぱたぱたと動いて周囲の音を聞き分けていた耳が、ふと止まり、それと同時にマッドの歩みも止
 まった。
  犬らしく、耳を澄ませたマッドは、くるりと周囲を見渡した。そしてふんふんと匂いを嗅ぎ始め
 る。マッドの動きに合わせて、トカゲ達も周囲を見回し始める。
  一見すると、森の中は静かで何事も起こっていない。
  だが、小さくてもマッドは犬である。確かに、不審な物音を聞き取っている。
  いや、別にマッドにしてみれば、それは特別に不審な物音ではなかった。この葉擦れの合間合間
 に聞こえる音は、きゅいきゅいと鳴いていて、マッドにとっては珍しい音ではない。
  それは、マッドの周りにいるトカゲの鳴き声としか思えないものだった。
  けれども、マッドの周りにいるトカゲ達は、今現在は特に鳴いたりしていない。まして、マッド
 が聞き取った鳴き声というのは、どこか悲壮に満ちたものであった。マッドの周りにいるトカゲ達
 は、生憎と悲壮からは程遠い、やっぱりなんだか幸せそうに微笑んでいるような顔をしている。

 「だれだ!」

  マッドは、とりあえず、何処かで鳴いている、多分トカゲに向かって叫んだ。だが、その声は小
 さく木霊しただけで、トカゲが反応を返す気配はない。ただ、相変わらずきゅいきゅいと鳴いてい
 るだけである。

 「……このおれさまのてをわずらわせるとは、いいどきょうじゃねぇか。」

  返事をしないトカゲに対して、マッドは小さく悪態を吐くと、黒い耳をぱたぱたと動かして、マ
 ッドは本格的に鳴き声の出所を探り始めた。トカゲ達もそれについていく。
  のっしのっしと草叢を掻き分けてトカゲを探すマッドの手伝いをしているつもりなのか、マッド
 のトカゲ達も幸せな顔を少しばかり神妙にして草叢を掻き分けている。
  マッドとトカゲ達の大捜索は、すぐに片が付いた。
  ブナの木が何本か立ち並んだ奥にある切り株の上から、きゅいきゅいと鳴き声が聞こえてくる。
 そちらを見れば、切り株の上に、何やら白っぽい物体が座っていた。

   「…………。」

  そう、座っているのである。
  マッドが見つけたのは、切り株に座っている白いトカゲだった。
  はっきり言っておくが、マッドの周りにいるトカゲ達の手足は短い。身体を少し持ち上げる事が
 できる程度の手足の長さである。従って、勿論、二本の脚で立つ事はおろか、座る事は出来ない。
  だが、マッドが見つけた白いトカゲは確かに切り株に座っている。座って、小さい手で目元を覆
 っている。泣いているような動作である。
  トカゲにはあるまじき動作をしている白いトカゲは、ちょっとばかり手足が長いようであった。
  そんなトカゲに対して、茶色いトカゲ達が、きゅい、と鳴いてみせた。多分、彼らとしては声を
 かけてみたつもりなのだろう。茶色のトカゲ達の鳴き声に対して、白いトカゲはようやくぴくりと
 反応し、目元を覆っていた手を除けた。そして、茶色のトカゲ達を見るなり、逃げ出そうと身を翻
 した。
  だが、その時にはマッドは素晴らしい勢いで白いトカゲに飛び掛かっている。
  子犬の唐突な動きに、白いトカゲは驚いたのか、逃げようとした恰好のまま硬直し、そのままマ
 ッドの手の中にすっぽりと納まった。
  硬直したトカゲを、マッドは、つかまえたぞ、と勝ち誇ったように見下ろす。
  捕まえた白いトカゲは、やはりと言うかなんと言うか、ふかふかの手触りであった。





     マッドを追いかけていたサンダウンは、マッドがぽてぽてと戻ってくるのを見つけ、立ち止まっ
 た。
  マッドが無事であった事に胸を撫で下ろすとともに、既に人里に行ったのかと苦く思う。
  しかし、マッドの引き摺る台車には小さいカボチャが置いてあり、大きなカボチャは何処にもな
 い。そして、マッドの小脇には、白いトカゲが硬直した状態で抱え込まれていた。
  なんだ、それは。
  どう見てもカボチャの代わりにトカゲが増えただけの状況に、サンダウンはカボチャを小さく鳴
 らした。