さて、腹痛を訴えていたマッドは、勝手に回復していた。
  貰った薬は活躍の出番のないまま、戸棚の奥深くに葬り去られる事となった。
  サンダウンとしては、一応しばらくは大人しくして様子を見た方がよいのではないかと思ったの
 だが、黒い子犬はサンダウンの懸案など鼻先で笑い飛ばし、今年のカボチャの収穫に所為を出して
 いる。
  サンダウンとマッド――そしてトカゲ――が住んでいる木の洞の家には、裏側手に小さいながら
 も畑がある。マッドが世話をして、野菜を収穫している畑である。毎年、マッドはこの畑でカボチ
 ャを育て、収穫するのである。マッドの目標は、サンダウンが被れるくらいのカボチャを、この畑
 で収穫する事である。

 「だいぶ、大きくそだつようになったじゃねぇか。」

  カボチャを収穫しながら、マッドが満足そうに言っているのを、サンダウンは何かの折に聞いた
 事がある。そして、そろそろ衣替え――要するにサンダウンが依代にしているカボチャを新しいも
 のに取り換える季節である事を実感するのである。
  さて、カボチャ畑の一画には、切り株がある。畑を作る前からあった切り株なので、何の木なの
 かはよく分からないが、マッドはそこに弁当と水筒を置いたり、道具を立てかけたりと何かと重宝
 している。
  そして今、マッドは切り株に腰かけ、何やら難しい表情を作っていた。
  別に、腹痛がぶり返したとか、体調が悪いとかそういう意味で顔を顰めているのではない。マッ
 ドは考え事をしているのである。と言っても、今年はカボチャの出来が悪いとかそういう事を考え
 ているわけでもない。
  とにかくむっつりと顔を顰めて口を尖らせているマッドは、サンダウンが朝見かけてから、同じ
 姿勢と表情を続けている。昼ご飯の前に見ても同じ格好をしているので、サンダウンは少し心配に
 なってきた。
  一体、何をそんなに深刻に考えているのか。マッドの小さい頭をそこまで悩ませる事が、最近起
 きただろうか。

 「………どうした。」

  結局、マッドが悩む事などさっぱり見当もつかなかったので、サンダウンは当の本人に聞く事に
 した。
  切り株にちょこんと座り込んで、トカゲ達を周りに侍らせているマッドは、サンダウンが近づく
 足音に、黒い三角の耳をぴくりと動かした。
  くるりと振り返ったマッドの顔を、その頭上高くからサンダウンは見下ろす。それを見上げるの
 はマッドの他に、無数のトカゲ達である。
  トカゲの円らな視線は無視しておいて、サンダウンがマッドに話しかけると、マッドは難しい顔
 を崩しもせずにサンダウンに向けて手の中にあるものを差し出した。

 「あんた、これをどうおもう?」

  マッドの手の中に納まっているのは、茶色いトカゲである。円らな眼をして口元は幸せそうに笑
 っているかのようだ。
  マッドの周りにいるトカゲ達と同じ生命体である事は、疑いようもなかった。
  だから、サンダウンは普通に真面目に答えた。

 「トカゲだ。」
 「そういうことをきいてるんじゃねぇよ。」

  マッドの口がますます尖っただけだった。
  しかしそれならば、一体どういう事を聞いているのか。

 「こいつ、ほかのやつらよりも、ちいさいだろ。」
 「…………。」

  マッドの周りにいるトカゲ達は、最近個体差が出てきたのか、大きいものから小さいものまで揃
 っている。大きいものはマッドを背中に乗せる事が出来るほどで、小さいものはマッドの腕の長さ
 ほどの大きさである。
  そしてマッドの手の中にいるトカゲは、なるほど、マッドの両手をいっぱいに広げた程度の大き
 さしかなかった。

 「こいつだけ、ぜんぜんおおきくならねぇんだ。」

  此処で、マッドも全然大きくなる気配がない、などとは言ってはいけない。言ったとたん、話が
 明後日の方向に行くだけである。

 「餌が足りないんじゃないのか?」
 「そんなわけがねぇだろ。おれがちゃんとかんりしてるんだぞ。」

  それどころかこいつは、ひろいぐいまでしてるんだぞ、とマッドは言う。
  どうやら、その辺にある草も、もっしゃもっしゃと食べるらしい。岩にこびり付いている苔まで
 もりもりと食べるらしい。

 「このまえなんか、コーヒーまめがはいってるカンにあたまつっこんで、ぽりぽりやってたんだぞ。」
 「それは、随分と食い意地が張っているな………。」
 「なのにちいさいままなんだ。なんでだ。」

  食べても大きくならない。
  それはマッドもそうなのだが、基本的に成長に時間のかかる獣人達はなかなか大きくならない。
 マッドも小さいままだが、他の獣人の子供だって小さいままだから特に問題にならないのだ。
  しかしトカゲの場合、他のトカゲ達はそれなりに大きくなっている。にも拘わらず、一匹だけ大
 きくならない。しかも餌の量が足りないとかではなく、きちんと食べているにも関わらず、である。
  となると。

 「何かの病気か……。」
 「なにかってなんだ。」

  そこまではサンダウンには分からない。サンダウンは医者ではないのだ。

    「……………。」





 「また来たのか、鬼火の分際で。」

    結局、サンダウンとマッドは、再び医者の元を訪れたのである。
  今回は、トカゲ達を引き連れている。

    「………こいつを。」

  診てやってくれ、とサンダウンは、手のひらサイズのトカゲを診療台に置いた。茶色いトカゲは、
 自分がこの状況を生み出した原因であると理解しているのかいないのか、円らな眼で狸の医者を見
 上げる。
  円らな瞳をしたふかふかのトカゲに見つめられた医者は、一瞬瞠目したようだ。 

 「なんだ、これは!」

  どうやら、医者もこれが何だか知らないらしい。
  付き合いは長いが、サンダウンもこのトカゲが何者なのか、良く知らない。ただ、恐らくという
 見当をつけているだけだ。尤もその見当も、正解から遠いのか近いのかも分からないのだが、とに
 かく説明するには、その言葉しかない。

 「…………サラマンダー。」
 「サラマンだ。」 
 「サラマン?なんだ、それは!」

  違う。
  マッドが途中で変なところで名前を区切って混ぜ返した所為で、トカゲは新たな名前を命名され
 かけている。案外、もしかしたそういう名前なのかもしれないが。
  とにかく、これ以上名前の事を言い続けても意味がない。名前の事はこの際どうでも良い。元々 
 の問題は、トカゲが大きくならない事だ。

 「餌は。」
 「………人並み以上に食べているそうだ。」 
 「コーヒーまめまでたべるんだぞ!コーヒーまめをたべるとおおきくならねぇのか?どうなんだ?」
 「………他のトカゲは、普通に大きくなっている。」
 「こいつだけチビなんだ。くさとかこけまでたべるのに。くさをたべると、からだがちぢむのか?」

     マッドが足元で騒ぐ。
  煩いので、サンダウンはマッドを抱え上げ、少し黙っていろ、と言った。すると、子犬は頬を膨
 らませる。

    「てめぇひとりだとしゃべれねぇから、おれがかわりにしゃべってやってんだろうが。」

     いらん。
  そうこうしているうちに、問題のトカゲが勝手に動き始めた。ふんふんと薬の匂いを嗅いで、口
 の中に放り込もうとしている。
  本当に、何でもかんでも食べようとするトカゲである。

 「薬なんぞ、大抵の動物は嫌がるものなのだがな。」

  嘆息する医者に、マッドはすごいだろ、と何故か偉そうに言う。

 「こいつ、どんなににがいものでもたべるんだぞ。うらやまのがけにはえてるこけとか、耳がとれ
  るくらいにがいのに、ふつうにたべるんだ。」

     マッドのその台詞に、ぴくりと医者が反応した。

 「裏山の苔?」
 「そうだ。こげちゃ色で、だれもたべたくなさそうな色してるのにな。」
 「それだ!」
 「なにが?」

  サンダウンに抱え上げられたまま、マッドが可愛らしく首を傾げる。トカゲ達も一斉に首を傾げ
 る。一体いつの間にこんな技を。

 「裏山に生えている苔だ。それの所為で、身体が成長しないのだろう。」
 「……どういう事だ?」

  身体が成長しない苔など、この世にあるのか。思っていると、ある、と医者は自信満々に答えた。

 「それは若返り草と言って、その名の通り、食べれば若返る。如何なる老婆であろうとも、その草
  を食べれば食べた分だけ、若返るのだ。」
 「……………。」

  何故、そんなものが裏山にあるのか。いや、裏山にそんなものがあったら、もっと大騒ぎになっ
 ていても良いはずだ。

 「確かにこの草は若返る事が出来る。しかしあまりにも苦いのだ。」

  煮ても焼いても、何をしてもその苦味が損なわれる事はないのだと言う。マッド曰く、耳が取れ
 そうになるほどの苦味。普通の生物ならば、それを好んで食べようとはしないだろう。如何に若さ
 を望む老婆でも、その苦味には心も折れる。
  しかし、ならばこのトカゲは何故それが平気なのか。

 「ただの偏食だろう。」

    コーヒー豆をぽりぽり食べていたのも、苦い草やら苔をもしゃもしゃと食べていたのも、薬を口
 に放り込もうとしていたのも。

 「このトカゲが単純に、苦い物が好きなだけだ。」
 「……………。」

  

 

    そんなわけで、マッドはトカゲに口輪をつけようと奮闘している。
  口輪をつけて、餌以外の物を食べるのを防ごうという魂胆である。
  だが、件の苦い物が好きと言う生物として非常におかしい味覚を持ったトカゲは小さい上に、口
 が尖っているわけでもないし、むしろ丸みを帯びている所為で、口輪をつけようとしたら、つるり
 と口輪が抜けてしまうらしい。
  見かねたサンダウンが、いっそマスクのような物で口を塞いでみたらどうか、と言ったところ、
 マッドはぴくりと一瞬動きを留め、吠えた。

 「こいつら、耳がねぇだろうが!」