森の中を、意気揚々と黒い三角の耳をピンと立てた子犬が歩いていく。
  犬の獣人の子供であるマッド・ドッグは、現在、冬に向けた支度の一環として、保存食を集めて
 いる最中であった。例年ならばどんぐりやら胡桃やらの木の実を拾って満足するところなのだが、
 マッドも大きくなったので、それだけでは胃袋がくちくならないのだ。と言っても、マッドの背丈
 は昨年と何ら変わらず、チビのままなのだが。
  しかし己がチビであると自覚がとんと薄い子犬は、木の実なんぞ冬の間中食ってられるか、とい
 う、要するに木の実に飽きたらしい発言をし、それ以外の食料を得ようと奮闘しているのである。
  そんなマッドの要望を満たす為、マッドの同居人であるカボチャとトカゲは何やらもぞもぞと動
 いているわけなのだが、生憎とカボチャのほうは何をしているのかマッドにには知らせぬまま、ふ
 らりと今朝早くから出かけてしまっている。
  残りのトカゲのほうは、マッドの好奇心を満たす為、普段ならばマッドの後ろをぽてぽてとつい
 ていくところなのだが、本日は先頭に立って歩いている。
  マッドの友人であり、ペットであり、抱き枕であり、敷布団であるトカゲは、トカゲにはあるま
 じきふかふかの手触りである表皮を蠢かせながら、てくてくとマッドを誘導する。尚、その数は一
 匹ではない。
  かつては一匹だけがマッドの友人として現れたのだが、その友人が巨大化し森の奥へと消え去っ
 た後は、その子供達がやって来るようになった。そしてその子供達が森の奥へ去ると、そのまた子
 供達がやって来るという、倍々ゲームのような形で増え続け、最近ではマッドも数えるのが面倒臭
 い状態となっている。
  そんなトカゲの正体は、今のところ全く分かっていない。
  マッドの同居人であり保護者であるカボチャは、恐らくサラマンダーだろうという見当をつけて
 いる。しかし、ふかふかのサラマンダーなど誰も聞いたことがない上に、サラマンダーらしい事は
 何一つとしてしない為、サラマンダーである可能性は限りなく低くなっている。
  サラマンダーらしからぬ理由の一つとして挙げられるのが、このトカゲ達は水を一向に恐れない
 点にあるだろう。
  炎の精霊とも呼ばれるサラマンダーが、水に対抗する勢力であるのは誰もが知り得るところであ
 る。故に水は弱点となりやすい。
  が、マッドの周りに侍るトカゲ達は、平気で風呂にも入るし、寒い日などは温泉に浸かっている
 光景が目撃されている。
  また、何よりも現在トカゲ達はマッドを川に誘導していた。どうやら、マッドの為に川に罠を仕
 掛け、魚を捕まえようという魂胆であるらしい。何とも器用なトカゲである。
  魚だったら干物や塩漬けだな、とトカゲの魂胆を見抜いたマッドは、手に台車を引っ張る紐を握
 りトカゲに導かれて渓流沿いの道を歩いていた。
  が、そう簡単に魚を取らせてくれないのが、運命というものであるらしい。
  別に、熊が渓流に居座っていただとか、トカゲの罠が失敗に終わったとかそういうのではない。
  こんな所に熊がいようものなら、子犬の道程の安全確保の為に、カボチャが即座に成敗していた
 だろうし、トカゲの罠には魚がぴちぴちと入っていた。
  ただし、トカゲの罠に入っていた魚を横取りしようという不届きな輩がいたのだ。

    「なにしてやがるんだ!てめぇら!」

  むろん、マッドはそんな不届きな連中を放っておくつもりはない。何せその魚はマッドのものな
 のである。そして連中はその事を知っていた可能性がある。
  それを裏付けるように、魚を横取りしようとしていた獣人の子供達は、にやにや笑いを浮かべて
 いた。
  事あるごとにマッドの神経を逆撫でしようとする獣人の子供達は、別にマッドの事が嫌いなわけ
 ではない。むしろその逆であった。ただ、マッドがどうにもこうにも彼らを構おうとしないので、
 こうして意地悪をするわけだった。
  ただ、基本的に甘やかされる事が好きなマッドには、そんな意地悪によって気を引こうとするな
 ど、逆効果も甚だしいのだが。
  そんな小難しい事は分からない獣人の子供達の中でも、体格の良い、所謂ガキ大将と思しき猫の
 獣人が、にやりと笑ってマッドの魚をこれ見よがしに尻尾を掴んで振り回す。

 「なんだ?ちびっこい犬が、あんなとこにいるぞ。」
 「ああ、本当だ。小さすぎて見えなかった。」

  同調して笑う取り巻き達に、マッドは、ふんと鼻を鳴らす。

 「てめぇらの目がふしあななだけだろ。そんなことよりも、その魚に手をだすんじゃねぇ。それは
  おれの魚なんだからな!」

  マッドの唸り声に、けれども猫の獣人達は一向に意に介さない。

 「おまえの魚だって?釣りの仕方も教えてもらえないようなチビ犬が、こんな魚取れるわけがない
  だろ。大体、チビのくせに魚をつかまえようなんてなまいきだぞ。」
 「ずうたいがでかいだけで、たにんの魚をぬすもうとするてめぇらのほうが、よっぽどかなまいき
  だ!かえさねぇって言うんなら、こっちだって考えがあるんだぞ!」
 「へえ、お前みたいなチビの考えってのを、見せてもらおうじゃねぇか。」

  獣人達の、非常に宜しくない態度に、マッドはそれ以上何も言わなかった。代わりに、物凄い勢
 いで猫の獣人の顔面にドロップ・キックをかましたのだ。

 「へぶしっ!」

  唐突なマッドの攻撃に、なんら防御も出来ないまま顔面でマッドの靴底を受け止め、そのまま川
 に仰向けにひっくり返るガキ大将。

 「このぉ!やっちまえ!はぶっ!」

  倒れたガキ大将の取り巻き達が勇ましくかかってくるが、それらは途中で悉くが摘み取られる。
 何せマッドの背後には、うじゃうじゃとトカゲ達が控えているのである。マッドの敵は我らの敵。
 そう言わんばかりに、ふかふかのトカゲ達は獣人の子供達に飛び掛かった。数でいうならどう考え
 てもトカゲのほうが多いので、勝負は既に見えている。
  秋の冷たい川の中で、マッド率いるトカゲ達は善戦し、最後はマッドがガキ大将の頭に十円禿げ
 を作る事でマッドの勝利に終わったのである。
  覚えてろ!と鳴き声で逃げ出す獣人の捨て台詞など、マッドには聞こえていない。戦利品として
 ばらまかれた栗の実を拾い集めた後、マッドはすぐに魚のほうに向きなおっていた。
  ぴちぴちと網の上で踊る魚を、トカゲ達と手分けしながら台車の上に乗せ、台車が一杯になった
 ところでマッドは帰路に着く。
  流石に川の中で暴れた所為で服はずぶ濡れだったので、寒くなってきたのかマッドは小さくくし
 ゃみをした。





  カボチャ頭のサンダウン・キッドがふらりと木の洞を利用した家に帰ってきたのは、日も暮れか
 かった頃だった。
  養い子の黒い犬が、肉が食べたいと騒いでいたので、森の奥まで言って丸々太った鹿を捕えて帰
 ってきたところだった。
  マッドはトカゲ達と一緒に川に行くと言っていたが、果たして大丈夫だっただろうか、と少しば
 かり心配していた。トカゲが一緒だから、川に流されるという事はないだろうが。
  捕えた鹿の死体を、とりあえず盗まれないように木の枝に吊るして血抜きをしておいて、サンダ
 ウンは小さな明かりが灯った家の中に入る。マッドはどうやら戻っているようだ。もしかしたら、
 帰ってくるのが遅いと文句を言われるかもしれない。
  そう思いながら玄関をくぐると、言えの中がきぃきぃと何やら騒がしい。
  なんだ、と思っていると、トカゲ達が何やら騒いでいるようだった。マッドのペットであるトカ
 ゲが鳴く事は別に珍しい事ではない。彼らにしか分からない言葉でお喋りをしている事は良くある
 事である。
  ただ、今聞くその声が、妙に切羽詰まったものだったのだ。
  どうしたのだ、と思っていると、サンダウンが帰ってくる音に気付いたのか、奥から一匹のトカ
 ゲが現れ、短い手足を駆使してサンダウンに駆け寄ってくる。そしてサンダウンの足元まで寄って
 くると、サンダウンを見上げ、きぃきぃと鳴き始めた。見れば、いつもはなんだか幸せそうな笑み
 を浮かべている口が幸せそうではない。
  一通り鳴くと、トカゲは踵を返して駆け去っていく。と思えば途中で振り返り、きぃ、と鳴く。
 どうやら、ついてこいと言っているらしい。
  恐らく言われた通りにトカゲについていくと、トカゲが部屋の中で円陣を組んでいた。その中央
 にマッドが丸くなっている。
  マッドを鼻先で突いていたりしたトカゲは、サンダウンの姿を見ると、一斉にきぃと鳴いた。
  サンダウンはトカゲ達を押しのけ、床で丸くなっているマッドに近づく。聞けば、マッドから、
 きゅーんきゅーんと言う頼りない鳴き声が聞こえてきた。

 「……どうした?」

  微かに震えるマッドに手を伸ばせば、黒い三角の耳が、小さく動いた。そして、微かな声がサン
 ダウンの耳に届く。

 「………ぽんぽんが痛い。」

  そう言うと、再びきゅーんきゅーんと鳴き始める。トカゲ達もきぃきぃと騒ぎ始めた。