妙に湿気た風の吹く夜だった。
冷たい風に覆われても、聖誕祭を待ち侘びてちかちかと瞬く街は、サンダウンの眼には妙に眩し
く映り、その中に入る事を躊躇うほどだった。長く暗い冬の夜を越える為に必要な物を買い揃えね
ばならないのに、サンダウンはこの季節はあらゆる町に拒絶されているような気分になる。
何せこの季節、どんなにうらぶれた、寂れた街であっても、そこに人がいる限りは、密やかに明
かりが灯るのだ。
人生に倦み疲れていても、十二月の夜になると人々は忘れかけていた聖書に手を伸ばし、ひっそ
りと小さな煌めきを灯すのだ。
けれどもそれらは、どれだけ寂れていても、期間としては短くとも、町に居場所を持っている者
だけが享受する悦びだ。
サンダウンのように、人目を避けて逃げるように街から離れて放浪する者には、それらの灯は全
く関係のない物事だ。星と月以外には明かりのない荒野では、時として季節の流れでさえ単調で、
節目節目を取りこぼしてしまう。そんな中で、瞬間瞬間を思い出す事はあっても、それが果たして
いつであるのかを見繕うのは困難だった。
例え季節の節目をおぼろげであっても理解したとしても、その日が一体何の為の日であるのか、
サンダウンには思い出す事ができない。
聖句一つ持たず、彷徨うサンダウンには、猶更。
それが分かるのは、唯一、こうして街を訪れた時だけだった。
そして街を訪れ、その場に立ち会ったサンダウンは、酷く狼狽える事しかできない。保安官であ
った時分、結局街を護るという本分を護るどころか、結局自分の所為で街一つを危機に曝してしま
ったのだ。そんな自分が、こんな幸せを求める場所にいて良いわけがないと思ってしまう。
サンダウンが立ち入った瞬間、この街にいるならず者達が腰に帯びていた銃を抜いて、にやにや
と笑いながら、この季節特有の荘厳さを消してしまうのではないか。
そう思うからだ。
町の入口で蹈鞴を踏むサンダウンの背を、面倒臭そうに押したのは、他の誰でもないマッド・ド
ッグだった。
「でかい図体しといて、そんなとこで立ち止まんなよ。」
煩わしげに言ったマッドの声には、いつものようにサンダウンを追いかける時の揚々とした声音
は何処にもなかった。果てしなく、面倒臭そうなマッドの声に、サンダウンは落ち込む。サンダウ
ンを追いかける事に執念を燃やしているはずのマッドまで、この季節ともなればサンダウンを邪険
に扱うのか。
やはり来なければ良かった、と肩を落とすサンダウンを、サンダウンに肩を落とさせた元凶であ
るマッドは酷く怪訝な表情をしている。
「おい、何あんたは一人で落ち込んでんだ?」
サンダウンを偶然見つけたマッドが、きゃんきゃんと吠えずにサンダウンと相対している事に、
少しばかり鬱々としていたサンダウンは落ち込んでいるのだが、マッドにはそんな事知る由もない。
自分をしつこく追いかけている賞金稼ぎが大人しくしている事について、賞金首がひっそりと落
ち込んでいるなんて、一体誰が想像出来ようか。マッドがサンダウンの心情を理解できないのは、
決してマッドの所為ではなかった。
だから、マッドが全く見当違いの事を言っても、それはそれで仕方がない事である。
「なんだよ、気持ち悪いな。なんかあったのかよ。」
遂には気持ち悪いとまで言い始めたマッドに、サンダウンはますます落ち込む。
こんな所でマッドと会わなければ、なんだかんだと思いつつも必要品だけを買い込んで、ひっそ
りと再び荒野に舞い戻っただろうが、もはや何も買わないままに踵を返して逃げ出したい気分だっ
た。
そもそも、マッドはいつにもまして小奇麗な恰好をしている。ジャケットの縁には銀糸の刺繍が
してあるし、落ち込みついでに地面を見た時にちらりと見えたブーツも革製で、銀の繊細な細工の
施された鋲が止められていた。
この季節、マッドは引っ張りだこになる事は間違いがない。
マッドも家族を持たない者、定住しない者の一人だが、けれどもサンダウンとは雲泥の差がある。
マッドは決してサンダウンのような、持たざる者ではない。
サンダウンが荒野の冷たい闇夜の下で蹲っている間、マッドは大勢の仲間に囲まれて、暖かな暖
炉の前で寝そべっている事だろう。
今夜、サンダウンを見てもまるで相手にしないのも、その所為に違いなかった。きっと今から、
広間のど真ん中にでも向かうのだろう。
「おい、キッド。あんた腹でも減ってんのか。金がなくて何にも食うもんがねぇのか。」
別に食うに困っているわけではない。
が、町の入り口でぽつねんと立ち尽くして俯いている男の姿は、マッドには金がなくて食うに困
っている住所不定無職に見えたらしい。
そして、その姿はマッドの憐憫の情を、図らずともそそったらしい。
「仕方のねぇおっさんだな。おい、ついてこいよ。」
仕立ての良いコートの裾を翻して、サンダウンを追い越していくマッドの背中を見ながら、サン
ダウンはマッドは何を言っているのだろうかと思った。サンダウンをつれて、舞踏会にでも行くつ
もりだとでも言うのか。そんな事をしたら、大概顰蹙ものだろう。
ぼんやりとそんな事を、黒い背中を見て考えていると、くるりとマッドが振り返った。
「なにぼさっとしてんだ。さっさと来いよ。」
不機嫌そうなマッドの声に、我に返り、一体何処へ連れて行くつもりだ、と問うた。すると、マ
ッドは、何を言うのかと言わんばかりの表情をした。
「あんたが金がなくて食うに困ってるから、この俺様が恵んでやろうって言ってんじゃねぇか。俺
としちゃあ、折角のクリスマス休暇に、あんたみたいな茶色いだけで眼の保養にもなりゃしねぇ
おっさんがいても、何にも嬉しくねえんだが、休暇明けに賞金首サンダウン・キッドが荒野のど
真ん中で餓死してましたなんていうトップ・ニュースは聞きたくねぇからな。それを避ける為に
も、金のねえあんたを俺の休暇に付き添わせてやろうって言ってんじゃねぇか。」
感謝しろよ、と押し付けがましく告げるマッドの言葉に、サンダウンはクリスマス休暇?と疑問
を抱きつつも、頷いた。