戻せ、戻せ、と俺は騒いだ。
こうしている間にも、御主人が厩に乗り込んできて、空になった俺の居場所を見つけているかも
しれない。
俺がいなくなったと御主人が知ったら、どれほどショックを受けるか!おろおろと右往左往して、
さぞかし悲しむ――生憎と、そんな賞金稼ぎマッド・ドッグの姿は、一ミリも思い浮かばなかった。
むしろ、何処に行きやがったと悪態を吐きながら、バントラインに手を掛け、見つけ次第俺を馬刺
しにしようとする御主人の姿が、ありありと想像できる。
そういうわけで、さっさと御主人のもとに俺を戻さんかい。
俺には、今この時間にも、命の危険が一刻一刻と迫っているのだ。
「……安心しろ。此処から出なければ、死も訪れまい。」
「やかましいわ!その代わり人参も胃袋の中に訪れねぇだろうが!大体、むさ苦しい化け物どもが
集まって、何が楽しいんだてめぇら!」
俺は鬱蒼としているオディオ七体に対して、がんがんと蹄で地面を叩いて主張する。
そう、いくら世の中から弾かれたとはいえ、こんなところにむさ苦しく固まっている必要は何処
にもない。
世界は揺蕩いつつ流れている。その流れに身を任せて、また芽吹く時に芽吹けば良い。
というか、そもそもハゲと二番目イケメンはどう考えても死んでる気配がねぇから、さっさと現
実世界に戻って、そこで生きれば良いのだ。
この俺様のように。
見習え、俺を。
馬としての人生を謳歌している、この、俺を。
それとも何か。それが出来ない理由でもあるのか。現実逃避型ニート的思考である以外に、何か
理由が。
まさか。
「お前ら、まさかデキてんのか?もしかして、ホモ?」
現実世界ではどうしたって時代も場所も違うから、こうしたオディオが固まる場所で逢瀬を重ね
ているのか。
「いや、だとしたら、なんかすまん。取り敢えず、俺には他人の恋路を邪魔するつもりはねぇ。趣
味は人それぞれだ、うん。」
「待て!勝手に話を作って進めるな!」
俺の真っ当な推測に対して、異議を唱える二番目イケメン。
「私に男を侍らせる趣味はない!まして、このような醜いハゲなど、言語道断だ!」
「何をぬかすか!俺だってこんな女を侍らせて喜んだ挙句、女子供に負ける輩など願い下げだ!」
「貴様こそ、知力が25から上がらない馬鹿に負けただろう!そんな奴に、とやかく言われたくはな
い!」
二番目イケメンの異議に対して、ハゲが更に異議を上塗りする。それに対して、更に更に異議を
唱える二番目イケメン。
勝手に盛り上がりつつある二人は、今にも拳で語り合おうとしている。
むろん、俺としては止める気はさらさらない。というか、勝手に潰し合えば良いのだ。
オディオ二体がオディオらしく実に些細な事で争いを萌芽させているのを尻眼に、俺は本題に入
る。
本題――つまり、この世で最も悍ましいオディオ、魔王への帰還の上奏の再開である。
「さて、とにかく、さっさと戻してもらおうか。」
そもそも、今更呼ばれた理由が分からない。
かつて、自らを止める為か、はたまた己の絶対性を誇示する為か、七人の魔王候補を各世界、各
時代から呼び寄せた事があったが、それは既に失敗している。では、次に自分達オディオを集めて、
それでどうするつもりなのか。
「まさか、八人のオディオを一つに!とか言って合体したいとか言い始めるんじゃねぇだろうな。
言っとくけど、俺は嫌だぜ。俺はお前らと合体して、折角手に入れたイケメンの身体を失いたく
ねぇからな。」
いや、別に身体にそこまでの拘りがあるわけじゃねぇけど、やっぱり御主人に似ていてこそ、愛
馬って感じがするじゃん。
御主人に似ていない――ハゲと二番目イケメンが混ざり合ったような、要するに平均的な顔にな
るなんて、だんご反対する。
というか、そんなの俺抜きでやれ、俺抜きで。
合体後の姿を、生温い眼で見てやるから。
「残念だが、そんな事はしない。」
「あ、そう。」
魔王の台詞に、俺は適当に返事をする。
別に残念でも何でもない。オディオに良識が残っていた事に対して、一種の感慨のようなものは
あるが。
「じゃあ、なんでこの俺様を呼び出した?クリスマス・シーズン真っ最中で、今から人参色の夢を
見ようとしていたこの俺を。」
「そこだ!」
魔王が、いきなり指を鳴らした。
へ?
そこって何処さ。
俺の人参色の夢に、オディオのとてつもない陰謀でもあると言うつもりか。
「人参はどうでも良い。」
「良くねぇよ!」
「そこは、お前だけが気にしていろ。問題は、クリスマスだ。」
「あん?」
魔王の口から出るにはあまり相応しくない言葉を聞いて、俺は首を傾げる。
クリスマスには、何の問題もないだろう。それともオディオの力が強まるとか弱まるとかがある
のか。そんな事、聞いた事もない。
そもそも、クリスマスなんてキリスト教圏でなければ全く意味を為さないものだ。ニイハオとか
言ってる中国人や、キリストが生まれる前にいる恐竜にはまるで関係がない。せめて満月になれば
とかだったら分からないでもないが。
すると、魔王は、何処から――というか、いつからそこにあったのか、ばん、とテーブルを叩い
た。
「そう!我らはオディオ!人々が祝福だのなんだの、まるで意味を為さないものに頭を垂れ、祈り
を囁くこの時こそ、神も慈悲もこの世にない事を示す為に、その力を振るうべきではないか?!」
「そんなの、人それぞれだろ。」
俺は、いっその事、鼻くそをほじりたい心境で言った。
「大体、クリスマスなんてもんに合わせて、オディオの力を振るいたがる奴なんざ、限られてるぜ。」
「そこだ!」
だから、何処だよ。
「我ら八つのオディオの中で、クリスマスに対して何らかの意味を持つのは、私とお前しかいない!
神の子が生まれし聖なる日!その日を憎むべきは我らだ!」
「別に俺は憎んでねぇけどな。」
人参が食えるし。
つーか、そんな事の為に俺を呼んだのかよ。別に俺じゃなくても、クリスマスの事を知ってるオ
ディオはいるだろうが。マザーとか、そこで争ってるハゲだとか。まあ、インコはあれだから数え
ないとして。
「一体、奴らがどんな役に立つというのだ!」
魔王は、ハゲとマザーを指差して、叫んだ。
「マザー・COMはクリスマスについての知識はあるが、そこに神性は見出していない!」
そりゃ、機械だからな。
「オブライトはクリスマスなど興味がないと言う!」
まあ、知力25と争うような脳筋だからな。
「他の奴らは言わずもがなだ!」
恐竜と中国人とインコと蛙に、キリスト教について語っても、そりゃあ無意味ってもんだ。
けど、だからってな。
「そんな理由で、この俺様に白羽の矢を立てるんじゃねぇよ!」
「やかましい!お前が何もしないと言うのなら、私がお前の世界にも手を下してやろう!」
「やめろー!御主人の休暇中に何をするー!」
複雑怪奇現象なんぞ起こしたら、間違いなく、洩れなく俺の所為にされるだろうが!
俺の懸命の抗議と悲鳴も空しく、この世で最も悍ましく醜い魔王は、肉色の翼で黒い風をはため
かせて虚空に飛び立った。
俺が後を追う暇もない。
一瞬で消え去った魔王。
そして、五秒もしない内に、帰ってきた。
何故か、蜂の巣になって。
ぽたぽたと全身から、アホみたいに血を流している魔王は、俺に向き直ると怒鳴った。
「聞いていないぞ!何故あの茶色い男がいるんだ!」
「知るか、そんなもん!」
どうやら、微かに聞こえた銃声は、空耳ではなかったようだ。
というか。
「ふおおおおお!つまりあの茶色、よりにもよってやっぱり御主人の傍にいるって事かー!あの茶
色の馬はそういう意味かー!」
御主人の貞操が危ない!
もう、なんでも良いから、はよう元の世界に戻さんかい!
蜂の巣になっている魔王を、俺は怒鳴りつけた。