一日中歩き回ったサンダウンは、少し足が痛いと思っていた。
普段は馬に乗っているから、歩く事自体が少なくなっている所為だろう。もしくは、歳の所為か
もしれない。目の前を歩いている賞金稼ぎが、全く疲れを見せていないのを見ると、そちらのほう
が大きいような気がしてくる。
マッドは、本日は大いに買い物をした。サンダウンがその懐具合を本気で心配するほど、散財し
ている。サンダウンの見繕いを整えた時も、そんな金の使い方をするべきではないと思ったのだが、
今日のそれは、その時を上回る。
気に入った物を見つけると、すぐに金が出てくるのを見ていると、正に大人買いだと思う。
尤も、マッドが購入しているのは、全く使用用途不明な小物などではなく、専ら服だとかベルト
だとか、荒野を駆けるにはどうしても交換頻度が高くなる物であったから、サンダウンもつべこべ
口出しは出来ずにいる。
しかし、もう少し節約すべきでは、とぶつぶつと思っているサンダウンの目の前では、如何にも
高価そうな、茶色のなめし革で出来た柔らかそうなブーツが購入されていた。
「せっかくのクリスマスだ。あんたも何か買わねぇのか?」
茶色のビーズがきらきらと光るブーツを受け取りながら、マッドは住所不定無職のサンダウンに、
そんな酷な事を聞く。
生憎と、サンダウンにはそんな無駄金は余っていないし、そもそも何か買うにしたってこんな煌
びやかな店はサンダウンには一生縁のない物しか置いていない。大体、サンダウンがゴシック調の
帽子を買ったところで、似合わないのは眼に見えているだろう。
サンダウンがむっつりしている間にも、マッドはふらふらと移動して、今度はヒュミドールを覗
き込んでいる。
湿気に弱い葉巻を保管する為の必需品とも言われいてるその箱は、けれどもいくら必需品だから
って、そんなに幾つもいらないはずだ。サンダウンは、マッドが移動用に一つ、そして塒用に一つ
既に持っている事を知っている。
華美ではないものの、しかし細やかな細工が施されたそれは、見ているだけで今にも壊れてしま
いそうな高級品である事が、サンダウンにも分かっていた。
だが、既に明らかに二つはある物体を、また買おうとしているマッドは一体何を考えているのか。
サンダウンが、むっつりした視線でマッドを追いかけていると、その視線の意味するところを理
解したのか、振り返りもせずにマッドが口を開いた。
「塒に置くんだよ。」
しかし、あの小屋には既に一つ置いてあるではないか。木彫りの螺鈿が施された、豪華な奴が。
「塒なんて、一つしかねぇわけじゃ、ねぇだろ。」
別の場所にある塒にも置くのだとマッドは言った。
塒というのは、確かに賞金稼ぎのような根無し草の場合、一つの場所には定まっておらず、幾つ
も持つのが普通だろう。つまり、サンダウンの知らないマッドの塒が、この世界には散らばってい
るのだ。
それに思い至り、サンダウンが黙っている間に、マッドはヒュミドールを二つも購入している。
両方とも、蓋の所にガラスがはめ込まれて、中の様子が見えるようにしてあるものだった。外装は、
意外な事に特に模様もなく、シックだった。
「で、てめぇはなんか買わねぇのか?」
「………いらん。」
マッドの問いかけに、サンダウンはぼそりと答えた。その答えに、少しばかりマッドは、むっと
したようだったが、特に何かを追及する事はなかった。
がさごそと自分の購入した物を手に取り――そのうちの幾つかは、サンダウンにも持たせ――店
を出ようと踵を返した。
そして夜。
荷物は部屋に詰め込んで――これらは一体、どんなふうにマッドの塒に運ばれていくのだろうか
疑問ではあるが――マッドはサンダウンに宣言したとおり、サンダウンを旨い酒が飲める酒場に連
れて行った。
ただし、そこはサンダウンは一生縁がないと思っていた、ホテル屋上にある見晴らしの良いバー
であった。
あらかじめ予約していたのか、意気揚々とそちらに向かったマッドと、顔を引き攣らせてその後
に付き従ったサンダウンを、上品で無表情な給仕が混雑しているにも関わらず、窓際のテーブルに
連れて行った。
「ここのバーは人気なんだぜ。この時期にもなると予約もなかなか出来ねぇんだと。」
「………そうか。」
「取れたのは、俺様の日頃の行いが良かったからだな。感謝しろよ。」
「………そうか。」
サンダウンとしては、こんな人のごみごみした、しかも薄暗いとはいえ何ともムーディな証明の
灯った場所で、旨い酒が飲めるとは思えなかった。
こんな場所で飲むくらいなら、ホテルの部屋に戻って安酒を飲み干したほうが、いやいっその事、
荒野のど真ん中で木枯らしに身を切られながら安酒をちびちび飲んでいた方がましである。
が、生憎と、こういう場所にも慣れているのか、マッドは一向に気にする気配がない。サンダウ
ンが沈み込んでいる事にも気づいていない模様である。
サンダウンが一人、あまりにも場違いな自分の状態に落ち込んでいると、コース料理でも頼んで
いたのか、サンダウンが頼んでもいないのに、勝手に料理が運ばれてきた。目の前に現れた帆立に、
サンダウンは再び落ち込む。
別に、帆立が嫌いになったわけではない。一日目に食べた帆立は、確かに絶品であった。
しかし、それよりも何から何までマッドが準備をしていた模様であるという事実に今更ながら気
づき――というかそれならば、マッドに奢られ続けているという事態も看過すべきではないと思う
のだが――何もしていない自分の状況に、がっくりする。
普段はあまり考えないようにしているのだが、若い賞金稼ぎに何から何までしてもらっている中
年の賞金首というのは、もしかしなくても情けない姿なのかもしれない。そもそも賞金稼ぎが賞金
首に対して何から何までしてやっているという状況も、おかしいのだけれど。
「おい、どうした?」
もそもそと帆立を食べているサンダウンの様子が、流石におかしいと気づいたのか、マッドが声
を掛けてくる。
いつもはもぎゅもぎゅと食事を食べているサンダウンが、もそもそとしているのは奇妙に見えた
のだろう。
ただし、それに対するマッドの結論付けは、サンダウンの心境とかなりの勢いで食い違っていた
が。
「あんた、帆立が駄目か?この前は結構旨そうに食ってたと思ったんだけどな。けど、安心しろよ。
次は子牛のステーキだ。あんたも普通に好きだろ。」
それは確かにそうなのだが、サンダウンは帆立云々で落ち込んでいるわけではない。
だが、子牛の、肉汁のそそる匂いが鼻を突いた途端、もそもそと食べていたのがもぎゅもぎゅに
変化した辺り、マッドの考えは完全一致とまではいかなくとも、離れた場所を突いていたわけでは
なさそうであった。
サンダウンがぺろりと一枚のステーキ肉を平らげ、添え物のトウモロコシを未練がましく齧り続
けているのを見兼ねて、マッドは給仕にお代わりを要求した。その光景を見ていた周囲の人々が、
サンダウンを無作法な奴隷と見做したかどうかは、この際は問題ではない。
とりあえず、サンダウンは子牛のステーキをもぎゅもぎゅと口にして、昼間の歩き通しで疲れた
身も心も癒したのである。
とりあえず、若い賞金稼ぎに奢られっぱなしである事は、どうでも良い。というか普段からだか
ら、今更だ。
開き直って、サンダウンはぐびぐびと酒を飲み始めた。
その様子を、マッドは野良猫に餌をやっているような気分で生温く見守っている。
そして、最後のフルーツの盛り合わせを、もっしゃもっしゃとサンダウンが頬張っているあたり
で、マッドは給仕を呼びつけてさっさと会計を済ませた。いつも通り、端からサンダウンの事など
当てにしていない動作である。
「もう、良いか?」
洋梨を頬張っているサンダウンにマッドが問いかけたのを受けて、サンダウンは洋梨を飲み込ん
で頷いた。
非常に満足である。
最初こそ、こんな場所で食事をするなんてと思っていたが、意外となんとかなった。
傍目から見れば、以外も何も、途中からは大いに飲み食いしていたようにしか見えなかったのだ
が、冷静に考えれば他人の眼などどうでも良いのがサンダウンであった。
「じゃ、部屋に戻るか。」
そう告げたマッドが、給仕から部屋で飲む用のワインを何本か受け取っているのをサンダウンは
見て、まだ飲むのか、と思った。
別に構いはしないけれど。
給仕が、クリスマス特製のワインでございますと、ワインにクリスマス特製も何もないだろうと
思うような台詞を吐いているのを聞き流す。サンダウンとしては、酒が飲めるのならクリスマス特
製であろうがなかろうが、どちらでも良い。それは、マッドも同じだろう。
マッドが聞けば、お前と同じなわけがあるかと言いそうであるが、しかし根本は同じであるはず
だ。
事実、赤いワインを受け取ったマッドは、給仕の説明など、非常にどうでも良さそうな顔をして
いる。きっと、そんな事よりもコルクを如何に綺麗に抜くかを考えているに違いなかった。
「別に赤だってなんだって良いだろ。」
サンダウンが思っていた通り、クリスマス用なんていう名称はどうでも良いマッドは、赤で統一
されたワイン群を見て、苦く呟く。旨ければなんでも良いのだと言うマッドは、ワインの瓶にわざ
わざ結ばれている赤いリボンをひらひらと舞うように解くと、それを床に払い落とす。
ぱたりと床に一筋落ちたその帯のほうが、いっそ血のようだった。
「ま、てめぇも赤だから嫌だなんて野暮な事を言ったりしねぇだろ。」
その逆も然り。
サンダウンも、旨ければ何でもいい人間だ。
コルクを開けたワインを一本、瓶ごとサンダウンに渡すと、マッドは他のワインの瓶を開けてい
る。一人で一本、そういうすうにして飲むつもりらしい。異論はないが。
きゅぽん、と綺麗な音を立ててコルクを抜く音を立てたマッドが、既に瓶に口を付けて飲んでい
るサンダウンを見て、少しぼんやりとした表情を浮かべていた。
だが、不意に床に落ちた真っ赤なリボンを拾い上げると、それと瓶を持って、ふらふらと昼間買
い溜めた荷物のもとへと歩いていく。
しばらくサンダウンに背を向けて、何やら器用に片手でごそごそしていた。
その様子を、サンダウンはワインを開けながら見ていたのだが。
「おい。」
戻ってきたマッドが、ずいっと差し出した物を見て、きょとんとしてしまった。
「やる。」
赤いリボン――ワインの瓶に巻かれていた、真っ赤な血のようなリボンを括りつけられた木の箱。
いや、それは先だってマッドが買っていた、あの飾り気のないがしっかりとした造りのヒュミドー
ルだった。
「クリスマスだからな。」
何、と言いかけるのと、しまったと思うのは、ほぼ同時だった。
しっとりと葉巻が収められたヒュミドールから顔を上げてマッドを見れば、マッドはサンダウン
に声を掛ける暇も与えず、一人、赤いワインを煽っているところだった。