マッドは、くすん、と鼻を鳴らして眼を覚ました。
  何だか、悲しい夢を見ていたような気がするが、眼が覚めるとマッドはぬくぬくと毛布に包めら
 れていた。
  くるりと丁寧に毛布で包まれて、冷たい部分は何処にもない。毛布から少し出している顔に当た
 る空気も、暖炉に火が灯っている所為か、暖かかった。
  いつもどおりの目覚めの風景に、マッドが眼をぱちぱちとしていると、起きたばかりの鼻先に、
 乾いた砂の匂いが漂ってきて、思わず飛び起きた。
  が、すぽっと何かに足を取られて、じたばたする羽目になった。
  じたばたしているうちに、眠る前の出来事がじわじわと明確に思い出されてきて、マッドはます
 ます状況を問い質そうとじたばたする。しかし懐に入れられている所為で、足をシャツのボタンと
 ボタンの間に突っ込んでしまい、身動きが取れない。
  じたばたしていると、見かねたのか両脇を抱えられて、そのまま懐から引きずり出された。
  が、後ろ向きに抱え上げられたので、抱えている当の本人の顔がまるで見えない。
  抗議の為に再びじたばたすると、下に敷かれていたトカゲの上に下ろされた。
  昨夜、眠りについた時と全く同じ状況である事が分かり、マッドは背後にいるカボチャであろう
 存在が、自分の前から姿を消したのは、果たして本当の出来事だったのかと思い始めた。
  くるりと振り返り、ひとまず、マッドを懐に入れていた物体を見上げる。
  それは、間違いなくカボチャだった。
  ただし、きちんと中身がある。家の中なので帽子は脱いでいるが、しかし茶色のポンチョはいつ
 も通りだ。カボチャのお面の向こう側で、青い炎がちらちらと二つ灯っている。
  まるっきり変化のないサンダウンの姿に、マッドはもしやあれは夢だったのだろうかと思いつつ
 も、しかしとにかく何か一言言ってやらねば気が済まなかった。

 「てめぇ!このおれさまをおいて、どこにいってやがったんだ!」

  もしも夢であったなら、マッドの言い分はサンダウンにとっては、大いに理不尽であろう。けれ
 どもマッドには、夢の中であろうとも勝手にいなくなるサンダウンが悪いのだ。
  マッドは小さいのだ。子犬なのだ。
  それを放り出して何処かに行くなんて、許される事ではないだろう。
  きぃきぃと一人で、ふかふかのトカゲの上で騒いでいるマッドを見下ろすサンダウンは、どう思
 っているのか。やはりサンダウンがカボチャの殻だけを残していなくなってしまったのは、本当は
 マッドの夢の中の出来事で、サンダウンはまたマッドが理不尽な事を言っていると思っているのだ
 ろうか。
  しかしマッドには、自分の記憶しかサンダウンがいなくなった事を証明する手立てはなかった。
 何せ、この木の洞の中には、凍えた空気は何処にもなく、マッドの為に隅々まで温められている。
  唯一の証人はトカゲ達だったが、生憎と彼らはしゃべなかった。相変わらず、ふかふかと柔らか
 く、マッドを背中に乗せているだけだ。
  尤も、マッドは証人がいようがいまいが、証拠があろうがなかろうが、サンダウンを糾弾するつ
 もりであったが。
  わんわんと一通り吠えるマッドを、サンダウンはしばらくの間、黙って見下ろしていた。カボチ
 ャのお面の向こう側にある青い炎は、静かに揺れるだけだった。だが、マッドが一息ついたところ
 で、ゆっくりと呟いた。

 「………すまなかった。」
 「それですむとおもってんのか!」

  とりあえず、サンダウンが謝罪した。
  ならばマッドは更に責めるだけだ。
  が、それよりも早く、サンダウンがマッドの目尻にかさついた指を這わせた。その行動に、マッ
 ドは咄嗟に叫んだ。

 「ないてなんかねぇんだからな!」
 「………そうか。」
 「ないてねぇっていってるだろ!」

  おまえがいなくなったくらいで、ないたりしねぇんだぞ!
  そう、むきになって吠えるマッドの頭を、サンダウンはぽむぽむと軽く叩く。
  その行動に、ますますマッドはむきになる。
    きーっとなっているマッドをひとまず置いておいて、サンダウンはのっそりと立ち上がった。急
 に立ち上がると、サンダウンはいつもよりも背が高く見える。ぬっと高くなったサンダウンの足元
 をマッドはちょろちょろと動き回り、ないてねぇんだぞ!と繰り返す。
  そんなマッドをいなしながら、サンダウンはのそのそと動き始めた。
  と、その時、サンダウンの茶色いポンチョの中から、何かが、ぼすっと音を立てて落ちる。勿論、
 マッドはそれを見逃さなかった。床に落ちた緑色の包みに赤いリボンが巻かれた落し物に、無邪気
 に駆け寄る。

 「なんだ、これ?」

  明らかにサンダウンが隠し持っていた物体は、マッドの好奇心をそそるには十分であった。珍し
 く、頭上高くからサンダウンの狼狽えたような気配があったもの、マッドの好奇心に油を注いだ。
  拾い上げようとするサンダウンよりも素早く包みに駆け寄ると、サンダウンの足元からそれを拾
 い上げて持ち去る。
  サンダウンから絶妙な距離を保ち、マッドはサンダウンに聞いた。

 「これ、なんだ?」

  訊きながら、マッドは既に包みを開こうとしている。
  それを止めようとしたサンダウンも、赤いリボンが解けた辺りで諦めたのか、無言でマッドの様
 子を見守っている。
  サンダウンが手を出さないのを良い事に、マッドは包みを開いていく。明らかにこれは昨日はな
 かった物体だ。 よもやサンダウンから生み出されたわけではあるまい。

 「やっぱり、てめぇはかってにどこかにいってたんじゃねぇか!」
 「……だから、すまなかったと。」

  サンダウンがいなくなったのは、夢ではなかったのだ。マッドは理不尽でも何でもなかった。悪
 いのはサンダウンだ。
  だから、マッドはもはや何の躊躇いもなくサンダウンを責める――勿論、今までも躊躇いなどな
 かったが。
  そして、再び吠え始めたマッドに、サンダウンはぶつぶつと謝罪を繰り返す。
  その合間にも、マッドは包みを解いていく。
  やがて、緑色の包みを完全に破壊した子犬は、中から引きずり出した物を見て、きゃんきゃんと
 再び吠え始めた。

 「どうしたんだ、これ!」

  色とりどりのオーブや、真っ赤に染められた林檎、金と銀に塗り分けられた鐘、ビーズが散りば
 められた靴下。
  これらは、人間の街に行かねば手に入らない、クリスマス・ツリーの飾りだ。
  獣人が手作りするものとは違う、洗練された端正な飾り。
  マッドが、あれなら欲しいと思っていたものだ。
  そして最後にころりと出てきたのは、金に銀を塗し、更にビーズで飾られた、豪奢な星だった。

 「さてはおまえ、ひとりでにんげんの町にいったんだな!ずるいぞ!おれもつれていけよ!」
 「………お前を連れて行くわけには。」
 「うるせぇぞ!おれをひとりにしてこごえさせようとするわ、ひとりでにんげんの町にいってたの
  しいおもいをするわ!なにかってに、おにびライフをまんきつしてやがるんだ!」
 「………満喫してきたわけではない。」

  マッドの言葉にサンダウンがぼそぼそと反論している前で、マッドは飾りを並べていく。その周
 りには、いつの間にやらトカゲ達も集まってきて、彼らはつやつやのオーブを鼻先で転がしたりし
 て遊んでいる。
  マッドは、飾りを一つ一つ丁寧に検分しているようだった。
  青いオーブを両手で持ち上げて眺めているマッドに、ようやく静かになった子犬を見ていたサン
 ダウンは、ゆっくりと告げた。

 「……モミの木を取りに行かねばならないな。」

    その台詞に、マッドはきょとんとしていたが、すぐに鼻を鳴らした。

 「いらねぇよ、そんなもん。」
 「………飾りを買ってきた意味がないだろう。」
 「べつにおれは、モミの木に飾りたくてほしいっていったわけじゃねぇ。」

  豪奢な星の飾りがいたくお気に召したのか、マッドは星にはめ込まれている緑や赤や青のガラス
 球を撫でている。

 「おれはしっぽぶくろをぶらさげて、そのなかにプレゼントをほしがるようなガキじゃねぇんだ。
  そんなのは、いらねぇよ。」

  しっぽ袋とは、獣人に限らずしっぽのある魔族が、冬場にしっぽに着けるものだ。手袋や、靴下
 のようなものだと思えば良い。マッドも、外に出る時は白いふわふわのラメの入ったしっぽ袋を装
 着する。
  獣人達の間では、これをモミの木にぶら下げていると、その中にプレゼントが入っているという
 伝承があるのだ。
  なので、子供達はモミの木にお気に入りのしっぽ袋をぶら下げるのだが。
  マッドは、そんなのはしない、と言っている。モミの木などいらない、と。そのわりには飾りは
 気に入っているようだが。

 「並べて眺めているだけで、良いのか……?」
 「なんだよ、なんかもんだいでもあんのか?」

  星を抱えるマッドは、サンダウンの問いかけに唇を尖らせる。

 「もんだいがあるっていうんなら、まあすきにすればいいけどよ。でも、モミの木をとりにいくと
  きは、おれもつれていけよ!」
  
  きらきらと飾りに囲まれて吠えるマッドに、サンダウンは小さく溜め息を吐きながら頷いた。