マッドは、毛布の中でもぞもぞと動いた。
身体の下に敷いていたトカゲ達が、きゅっと鳴いたが、しかし彼らは幸せそうな笑みを浮かべて
いるような表情をして、眠たそうに瞼を閉じている。毛布に何重にも包まれ、且つ、マッドをふか
ふかと受け止めた所為で、トカゲ達も十分に温もっているらしく、惰眠を貪っている。
マッドも、同じようにふかふかのトカゲの上で毛布に包まって丸くなっていたが、夢見心地に近
くに何の気配もない事を感じ取り、毛布の中で、もこっと顔を上げた。
ちょこんと鼻先だけを冷たい外に出したが、想像していた以上にひんやりとした空気を吸い込ん
で、思わずくしゃみをしてしまった。
慌てて毛布の中にもぐりこんでから、おかしい、と思う。
いつもなら、冬の寒い朝は、サンダウンが先に起きて暖炉に火を入れて、部屋を暖めているはず
なのに。
そういえば、サンダウンの気配が何処にもない。
昨夜はサンダウンの懐に潜り込んで、マッドはぬくぬくと眠りについたはずなのに、今のマッド
は一人でトカゲを敷布団にしている。近くにサンダウンの気配もない。
つまり、寝坊とかではないようだ。
尤も、鬼火であるサンダウンに、眠るという行為があるのかどうかは、甚だ疑問であるが。
「とにかく、あいつは、だんろに火をつけるのを、さぼったってことだ。」
マッドは毛布の中で一人呟いた。
何処にいるのかは知らないが、サンダウンは日課である暖炉に火をつけるという行動を怠ったの
だ。それが、一体どういう状況を生み出すのか、わかっていないとでも言うつもりだろうか。
「おれに、かぜをひかせようっていうこんたんなんだな。」
マッドの小さい身体は、放っておけばすぐに凍えてしまう。それを理解した上での行為に違いな
い。
以前一度だけマッドが風邪をひいた事があったが、その時マッドはぴったりとサンダウンに寄り
添っていた。たぶん、抱っこをせがんだのも、あの時が最初で最後だろう。
色々と弱々しかったマッドを、サンダウンはおいしいと感じたのかもしれない。
だから、マッドにもう一度風邪をひかせようとしているのだ。
「そうはいかねぇぞ。」
マッドはもぞもぞとトカゲを抱きしめながら移動し、コートを戸棚から引っ張り出す。それを着
込んでから、いそいそと暖炉に近づいて、火をつけた。
灰色をしていた部屋の中が、ぽっと明るくなり、マッドは気持ち的にも少し暖かくなったような
気がした。
しかし、問題はサンダウンである。
マッドは小さい脚で、戸棚と暖炉の間を行き来したが、その間サンダウンらしき物体はいなかっ
た。
「どこにいきやがったんだ、あのおっさんは。」
ぶつぶつと白い息を吐きながら、マッドはちょろちょろと、木の洞の中を捜す。
サンダウンがずっと暮らしていたという木の洞は、マッドが物心ついてからこれまでの間に、か
なり物が増えたし、家として備わっている機能も増えた。
暖炉なんて昔はなかったらしいし、オーブンもマッドがよちよち歩きの頃はなかった。
戸棚の中にはマッドが集めた小物がたくさん入っているし、保管室の中にも保存食がみっしりと
敷き詰められている。
これらは全てマッドの為のものであり、マッドが木の洞にやってきてから、物は増え始めたのだ。
自分の為だけにある物の中を潜り抜け、マッドはサンダウンの姿を捜す。
何も必要のない男の姿は、何故だか何処にもない。
きょろきょろと辺りを見回すマッドは、オーブンの前を通り抜け、とうとう玄関に到達した。赤
い傘の置いてある玄関には、木の扉が慎重に取り付けられている。この扉も、実は昔はなかったら
しい。
マッドの為に隙間風を封じる為に作られた扉の前で、マッドは思い掛けない物を見つけた。
カボチャだ。
中身は刳り貫かれ、がらんどうのカボチャには、眼と口の形に穴が開いている。それは、今年マ
ッドが顔を描いたカボチャにそっくりだった。
思わず駆け寄り、ふんふんと鼻を近づけて匂いを嗅いでみれば、仄かに乾いた砂の匂いがした。
間違いなく、サンダウンの被っているカボチャだった。
「どういうことだよ?」
中身のないカボチャが、ひっそりと玄関に置いてある事に、マッドは少しうろたえた。中身であ
るサンダウンは、勿論何処にも姿がない。まさか、カボチャの中に灯っている愚者の炎が、昨夜マ
ッドが眠っている間に、消え失せたとでも言うのだろうか。
カボチャを両手で抱き締めて、マッドは辺りを見回すが、助けになるようなものは何処にもなか
った。
もしかして、マッドはサンダウンに捨てられてしまったのだろうか。
物心つく前にサンダウンに拾われたマッドは、先日聞いた獣人の子供達が囃し立てた言葉を思い
出す。
サンダウンが、マッドを置き去りにして何処かに行ってしまう事は、有り得るのだ。
だって、これまでもサンダウンはマッドを手元に置いておく事に、迷いを見せる事があった。そ
れ以上に、サンダウンが鬼火である事を考えれば、いつ燃え尽きてもおかしくなかった。
「……そんなの、かってじゃねぇか。」
中身がなくなって、軽くなったカボチャを抱きかかえて、マッドは俯いた。
突然、何も言わずに消え去るなんて、勝手だ。
「おれはまだ、ちいさいんだぞ。そんなおれをほうちしておくなんて、だめなんだぞ。」
精一杯の強がりのような言葉を並べ立てて、空のカボチャに話しかけるが、当然の事ながらカボ
チャに反応はない。
くすん、と鼻を鳴らしたマッドの足元に、心配そうに目を覚ましたトカゲ達が擦り寄ったが、そ
のふかふかとした手触りでさえ、今は何の慰めにもならなかった。
ぺたんと腰を下ろして、マッドはカボチャに顔を埋めた。
ふらふらと森の中を鬼火が彷徨う。
それが行く先々では、魔族達が驚いたように飛び退り、遠巻きにその様子を眺めていた。
ゆらりゆらりと揺れるそれは、時折、おぼろげながらも人の形した霧のようなものを、炎の周り
に纏わりつかせていた。
もしもその姿を目にした魔族が、恐れ戦かずにじっくりと注意深く見たのなら、人の形をした霧
が、両手に何やら大切そうに包みを抱えているのが見えただろうが、如何せん忌み疎んじる鬼火を
まじまじと見る輩はいない。
故に、それが実は森の奥深くで子犬と一緒に住んでいるサンダウンであると気づいた者も、誰一
人としていなかった。
カボチャという一つの囲いから抜け出したサンダウンは、ただの鬼火に戻る。しかし、その気に
なれば人の形を維持する事も可能だった。
ただし、カボチャがないままに一つの形を取る事は、鬼火だけのままだと酷く困難で、唐突に人
の形を崩してしまいそうになったり、全く別の形になろうとしたりしてしまう。その理由は鬼火で
あるサンダウンにも分からないが、本来この世にあらざる物には、何らかの憑代が必要なのだろう。
サンダウンの場合は、それがカボチャだったのだ。
カボチャを脱いで、人間の姿を維持さえ出来れば、その姿は本当に人間と変わりない。魔族が見
れば鬼火だと分かるかもしれないが、人間には分からないだろう。
なのでサンダウンは人間の――かつて人間だった頃の自分の姿を模して、人里に降りたのだ。人
里と言っても、田畑のある田舎ではない。人の込み合う街中だ。
マッドが良いと言っていたモミの木の飾りは、行商人以外から買うには、こう言った街中に行か
ねば手に入らない。
久しぶりに見た街は、以前と変わりないように思えた。
尤も、以前の町がどのようなものであったのか、サンダウンもおぼろげにしか覚えていないのだ
が、それでも賑やかさは同じであるような気がする。
ゆらゆらとただの炎に戻ってしまいそうになるのを耐えながら、サンダウンはたくさんの飾りを
売っている店を見つけていた。
そして、オーブや鐘の飾りが煌めく向こう側に、真っ赤なコートが吊るされているのも。
子供用の、白いファーがフードを取り囲んでいるコートを見た瞬間、マッドの姿がちらついた。
マッドは愛くるしい。他の獣人の子供達の中でも抜きん出て、器量良しだ。表情も誰よりも生き生
きとしている。
だが、マッドが着ているものは、実は全部誰かのお下がりだったりする。それがマッドの愛くる
しさを潰してしまう事にはならないが、しかし、お下がりである以上、他の獣人達ほど着飾って見
えないのも事実だ。
着飾る必要などない、と思うと同時に、けれどもやはり時にはそうした事をしてやっても良いん
じゃないかと思う。
それに、今はクリスマスだ。
サンダウンに慈悲は齎されなくとも、マッドには齎されるべきだ。
マッドは、別段、そんなものは望んでいなかったが、サンダウンがそれを望んでいる。
なので、サンダウンの両腕は、当初予定していたよりもずっと大荷物で満たされる事になったの
だ。
取り敢えず、これらはマッドには分からないようにしなくては、とポンチョの下に隠し、のその
そと家に帰る。きぃ、と木の扉を開けた瞬間、サンダウンは思わず立ち止まった。
玄関にはサンダウンが脱ぎ捨てたカボチャが転がっている。
が、そのカボチャに抱きつくようにして、マッドが寄り掛かっているのだ。ぴくりとも動かない
マッドの姿に、ぎょっとしたがどうやら眠っているだけのようで安堵する。幸いにして、暖炉には
火が灯っており、マッドは凍えていない。火の番がトカゲ達が交替でしてくれていたようだ。
ただ、マッドの眼の縁に、微かに湿った跡が残っていた。
それを気にしつつ、マッドの小さな身体を抱き上げると、珍しい事にマッドが無意識のうちにだ
ろうが、しがみ付いてきた。
それを見ていたトカゲ達が、酷く非難がましい眼でサンダウンを見ていた事も、珍しかったが。