お化けカボチャであるサンダウンにとっては、立ち並ぶモミの木も、鐘の音も全く関係のない事
である。所詮鬼火でしかないサンダウンには、聖母の慈悲などが齎されるはずがないからだ。しか
も鬼火の中でも最も忌まわしい、天使にも悪魔にも忌み嫌われているお化けカボチャが、クリスマ
スなんていう長閑なものに関われるわけがなかった。
だから、この時期サンダウンは、クリスマスの飾りつけをするわけでもなく、淡々と普段通りに
過ごすだけだった。
しかし、だからといってクリスマスというものを知らないわけではない。
本当に遠い昔の事で記憶も定かではないが、人間であった時分にはクリスマスを祝った事がある
ような気もするし、鬼火となった今でも魔族達が何を祝っているのかくらいは知っている。
それに、クリスマスだから聖なる力が強まって、鬼火達の動きが鈍くなるわけでもない。サンダ
ウンは至って普通に日常を過ごしており、まことしやかに囁かれているように、この時期はひっそ
りと息を殺して過ごすわけでもなく、その気になればあちこちに出歩く事も可能だった。
でなければ、獣人達の急な呼び出しに応じられるはずがない。
サンダウンにしてみればクリスマスの時期に外を出歩く事よりも、自分を恐れ忌々しく思ってい
るはずの獣人達から呼びつけられる事のほうが大きな問題だった。
一体何が、と思う必要はない。
獣人がサンダウンを呼びつける理由など、一つしかない。
サンダウンの養い子である、小さな黒い子犬の事だろう。
サンダウンがマッドを養っている事が気に食わない彼らが、いつマッドをサンダウンから取り上
げてもおかしくはない。それにマッドもいい加減大きくなった――と言っても、まだ背丈はサンダ
ウンの膝くらいまでしかないのだが。とにかく、そろそろ獣人達の元に戻してやっても良いのでは
ないか。そう、彼らが思ってもおかしくはない。
結局のところ今までマッドがサンダウンと一緒にいたのは、マッドがそれを望んだからである。
だが、マッドの我儘をいつまでも獣人達が許すとも思えない。獣人としての生活を学ぶ為にも、マ
ッドはそろそろサンダウンのてから離れていくべきなのかもしれない。
それらはサンダウンも当然の事ながら理解している事だった。
サンダウンは自分が如何におぞましい存在であるか知っている。それ故、マッドが自分と共にい
る事で、通常の獣人が受けられる恩恵を受け取れないのではないかといつも危惧している。
ただ、理解していても情が移れば簡単に手放せるものではない。ぐちぐちと理屈をつけて、サン
ダウンは今の今までマッドを獣人に引き渡す事を先延ばしにしている。
それが、遂にやって来たのだろうか。
重い足取りで獣人の里に向かい、サンダウンは鬱々とした。
覚悟はしていても、いざそうなると、はいそうですかと言えるものではない。マッドがいなくな
れば、サンダウンは再び一人きりだ。それに耐えられるだろうか。耐えねばならないのだろうけれ
ど。
ぶつぶつと口の中で呟きながら、指定された玩具屋の扉を開く。
途端、様々な獣人達が物凄い勢いでサンダウンを睨み付けてきた。サンダウンがお化けカボチャ
であるという事を考えれば仕方がない事だが。それに関しては諦めの境地に達しているサンダウン
が、ひとまずマッドの身の振り方についての覚悟をしようと息を整えていると、玩具屋の主人であ
る、多分タヌキの獣人が、重々しく口を開いた。
「ふん、忌々しいカボチャめ。本当ならば口を利くのも嫌だが、あの子犬の為だ、仕方ない。」
カボチャと獣人の前代未聞の会合は、獣人側の悪態で始まった。
が、次に続けられた言葉はサンダウンが首を捻るものであった。
「ところで、胡散臭いカボチャよ。お前、クリスマスというものは知っているだろうな。」
「…………知っているが。」
知っているが、それがマッドの身の振り方と何の関係が。
サンダウンの疑問を無視するように、獣人達は話を勝手に進めていく。マッドの身の振り方とは
全く別の方向へ。
「では、何故モミの木を飾ったり、クリスマスケーキを準備したりしないんだ!」
「………は?」
ばん、とテーブルを叩かれても、サンダウンにはわけがわからない。というか、マッドの身の振
り方の話では。
「子供に玩具も碌に与えないどころか、クリスマスを楽しませてやらないとは!貴様それでも養い
親としての自覚があるのか!」
「そうだそうだ!自分のクリスマスツリーも持ってないだなんて可哀そうすぎる!」
「クリスマスケーキどころか、プレゼントを渡した事もないんだろう!子供の楽しみをつくづく奪
うなんてとんでもない奴だ!」
「大体、クリスマス会にも参加させないなんてどういう事だ!」
「毎年、あの子犬がクリスマス会に来るのを皆楽しみにしてるんだぞ!」
いきなり呼び出しておいて、何故クリスマスの話を一斉にし始めるのか。そもそもクリスマスに
何もしなくても、別にマッドは文句を言ったりしない。それにクリスマスケーキとまではいかない
が、二人でささやかにお菓子を食べるくらいの事くらいはする。大体、クリスマス会に行く行かな
いは別にサンダウンの所為ではないだろう。呼びたかったらマッドを誘えば良いだけの話だ。それ
でマッドが行こうとしないというのなら、それは誘い方が悪いんじゃないのか。
口々にクリスマスについての文句を言う獣人に、サンダウンは唖然としつつも、腹の底ではしっ
かりと言い返す。
というか、自分は一体何のために呼び出されたのか。まさか、クリスマスを祝っていない事を罵
られる為だけに呼び出されたのか。そしてそのまさかなような気がして、頭を抱えたくなる。
「今年こそは、せめてクリスマス・プレゼントくらいは準備すべきだ!」
「そうだ!あの子犬が何を欲しがっているのかくらい、知っているだろう!」
「今此処で、準備をしていけ!」
確かに、話題はマッドの事ではある。
だが、何故かクリスマスという時事に話題の範囲が固定されている。というか、マッドの身の振
り方は。
そもそも、マッドが今欲しがっている物など、サンダウンが知るはずがないだろう。
そういうと、獣人達は一斉に再び文句を垂れ始めた。
「使えない奴だな!」
「それでも一緒に暮らしているのか!」
「鬼火なら、人の心が読めるとかできんのか!」
無理難題まで言い始めた獣人達に、サンダウンは果たして自分は一体何のために呼び出されたの
かと思い始めた。急に呼び出すから何事かと思えば、クリスマスの事で話題が持ち切りだなんて、
想定外なのだが。
とにかく何かクリスマス・プレゼントを買っていけ、そしてクリスマス会にも参加するように子
犬に伝えておけ、と何が目的なのかがさっぱりわからない事を獣人達が口ぐちに言い始めた時、カ
ランと店の扉の呼び鈴が鳴り、扉が開いた。
そしてそこに立っていた子犬を見て、サンダウンは絶句した。
黒い犬耳フード付きのコートを着たマッドは、何やら難しい顔をして手袋をした手に紐を握って
いる。紐の先にはマッドが収穫したカボチャを運ぶ時に使っていた小さな台車が括り付けてある。
その台車の上には、カボチャの代わりにファー付のフードを被ったトカゲがみっしりと詰められて
いた。
「かえってくるのがおそいから、むかえにきてやったんだぞ。」
赤くなった頬を膨らませて、マッドはサンダウンにむっつりとした口調でそう言った。
マッドの犬耳フード姿に、獣人達は可愛い可愛いと小声で囁き合っている。というか、獣人達は
大人も子供も、自分の耳にあった耳付きフードを被っているだろうに。別にマッドの犬耳フードだ
けが可愛いわけではあるまい。
まあ、大人の獣人からはマッドのような愛くるしさは感じられないが。
そんな事よりも。
サンダウンは、マッドの表情が少し硬い事に気が付いて、跪き目線を合わせる。
「………どうした?」
「どうしたもこうしたもねぇだろ。あんたがかってにどっか行っちまったから、このおれさまがさ
がしに来てやったんだぞ。」
ありがたくおもえ。
そう言うマッドの様子はやはり何かおかしい。もしかしたら、他の子供達と何かあったのかもし
れない。
その、他の子供達の親に当たる獣人どもを、カボチャのお面の向こう側からギロリと睨み付けて、
サンダウンはマッドの身体を片手で抱き上げた。もう一方の腕で、トカゲの乗っている台車を持ち
上げる。
サンダウンに睨まれた獣人どもは、先程までの姦しさが嘘のようにぴたりと黙りこくった。
そしてサンダウンに抱っこされたマッドは、つんと口を尖らせている。
「おれをだっこしたいんなら、もっとはやくかえってこいよ。」
そう嘯くマッドを抱えて、サンダウンはクリスマスの話題しかなかった獣人の里を後にした。