十二月である。
  人里には、聖者を讃える言葉が囁かれ出し、御子が降臨した日を待ち望むかのように、その日が
 近づくにつれて、一つ、また一つと、街灯とはまた違う明かりが灯り始めた。
  聖誕祭の始まりである。
  神の子が生まれたとされるその日が近づくにつれ、人々は祈りの言葉を呟きながら、街に煌めく
 明かりを灯し、鐘の音を鳴らしながら子供達は橇を牽いていく。
  あちこちに飾られたモミの木には、子供達が持ち寄った様々な飾りがぶら下がっていた。
  人間達のクリスマスとは、こんなものである。
  では、それらを横目で見る、森の深く、或いは井戸の奥底、もしくは戸棚や古いポットの中に住
 む、所謂、魔族と呼ばれる者達は、聖なる夜が近づくにつれてその身を隠しているのだろうか。
  彼らは大天使ガブリエルの眼が逸れた万聖節の前夜にのみ、辺りを闊歩し、人々に影を落として
 ると言われている。それ以外の時は、天使達によって隠されているのだ、と。それが、人間達が、
 自分達の為に作り上げた伝承だ。
  だから、まさか世界で最も聖なるこの季節、化け物が現れるわけがない、と。
  が、それは違う。
  生憎と、化け物達には人間達の伝承に則って生きてやろうという親切な輩はいない。
  ハロウィンの夜は確かに彼らにとっては最高の日だ。何せ、人間達の中に紛れ込んで、子供なら
 お菓子を貰い、大人ならば人間をからかったり誘ったり、或いは酒場に忍んで酒を飲んだり出来る
 日なのだから。
  天使がどうとか、悪魔がどうとかではない。
  人間達がハロウィンは化け物が活発だと言うように、魔族にとってもハロウィンは人間達の中に
 紛れても良い日という伝統になっているだけの話である。勿論、彼らは人間達よりも、より世界の
 縁に近い場所にいる為、天使や悪魔といった輩の存在も知っているが、基本的に彼らは死者に関わ
 る存在であり、獣人や精霊、鬼人といった人間よりも寿命は長いけれどもいつかは果てる存在には、
 死ぬ時以外にはお世話にならない存在である。
  そう、お世話になるのは、魔族の中でも、そして魔族達からも、最も忌まわしいと言われている
 鬼火や死鬼くらいのものである。死して尚、この世を彷徨う彼らこそが悪魔や天使の管轄になる。
  そんなだから、普通に生きている魔族にとっては、夜が聖であろうがなんだろうが関係なかった。
 彼らにとってその日は御子が生まれた日ではなく、聖母が御懐妊された日、である。
  聖母マリア。
  魔族にとっては御子よりも重要な存在だと、そういう事になっている。魔族は聖書などというよ
 うな文献は残さず、基本的に伝統は口伝とするのが普通だ。その口伝では、聖母マリアは闇の片隅
 に追いやられた魔族達を憐れみ、彼らの居場所に炎を一掬い与えたのだという。
  従って、クリスマスは、聖母に与えられた炎に思いを馳せる日となっている。
  なお、それ以外の部分――モミの木やらサンタクロースだとかは、大体人間達と同じである。尤
 も、サンタクロースは白髭の老人ではなく、誰も知らない地下深くに住む最も古い白髭のドワーフ
 だという事になっているが。なお、トナカイではなく、金銀宝石に彩られた荷車をロバで牽いてや
 って来る。
  それと、念の為に言っておくが、この日は魔族の活動が鈍るという事はない。むしろ、人間と同
 じくらい活発である。それでも魔族によっては、例えば吸血鬼などはこの日を苦手とするだろうと
 思われるかもしれないが、生憎とこの日は吸血鬼は人間のようにちょっと豪勢な晩餐をする。せい
 ぜい、熊系の獣人が冬眠して家から出てこないくらいである。
  あとは、そう。
  鬼火や死鬼達が、ひっそりと物陰に隠れるか。

 「あのおっさんは、とうみんしてるだけなんだぞ!」

  小さい黒い子犬が、自分よりも少しだけ大きい獣人達に、そう吠えた。
  子犬の獣人は、その出自が他の獣人達よりも少し変わっている。両親兄弟を流行り病で亡くした
 彼は、どういう因果かお化けカボチャに拾われたのだ。
  お化けカボチャと言えば、人間にとってはハロウィンでお馴染みのジャック・オ・ランタンの事
 である。それはハロウィンのマスコット的存在となっているが、しかし実際はそんな愛らしいもの
 ではない。
  天使にも悪魔にも慈悲を与えられず、行き場を失った魂をカボチャの中に灯すそれこそ、魔族達
 からも忌み嫌われる鬼火の一種だった。
  鬼火は聖誕祭の夜、人も魔族も密やかに楽しむ中、正に聖なる夜には出かける事が出来ないと言
 わんばかりに物陰に息を潜める。家には炎も灯さず、小さく身を丸めて、世界全てから眼を逸らす
 のだ。
  そんな鬼火であるお化けカボチャに育てられている子犬も、お化けカボチャ本人ほどではないに
 しても、聖誕祭はそれほど賑やかに過ごす事はない。カボチャと一緒に、ちょこんと座って絵本を
 読んだりして過ごしている。
  けれども、それについて子犬は特に不満があるわけではない。確かに賑やかなのも好きだが、お
 化けカボチャというものに恐れを抱いていない子犬は、カボチャと一緒にころころするのも、嫌い
 ではなかったのだ。
  だが、それが面白くないのが他の獣人達である。
  大人は仕方がないと溜め息交じりに諦めているが、子供達は子犬が自分達と遊ばない事をつまら
 なく感じているのだ。
  何せ、この黒い子犬は愛くるしい。子供なら一度は可愛らしい物を独占したいと思う事があるだ
 ろう。だから、彼らもまた黒い子犬を自分の仲間に引き入れようとしているのだが、それは敢え無
 く失敗に終わっている。
  それでも何とか気を惹こうと、子犬をからかったり、わざと意地悪な事を言っているのだ。
  今日は、子犬がクリスマスには一人でいる事、そしてお化けカボチャがクリスマスが近づくにつ
 れて外をうろつき回らない事を差してからかっているのだ。

 「だから、マッドも外に出れないんだよな!それに、一人で出かけられるほど大きくもないもんな!」

  マッドと呼ばれた子犬は、言外に小さいと言われた事にむっとしたようだった。

 「うるせぇぞ!てめぇらだって、そんなにでかくねぇじゃねぇか!あのカボチャほどでかくなって
  からそういうせりふは言いやがれ!それに、おれがひとりで出かけたら、とうみんしてるおっさ
  んに何かあったとき、こまるじゃねぇか!」
 「困るのはマッドのほうだろ。おまえがカボチャに拾われたんじゃないか。あのカボチャがおまえ
  をおいて、どこかに行くことだって考えられるんだぞ。」

  別に、子供達は深い意味があってそう言ったわけではなかった。本当に、ちょっとした意地悪の
 つもりだったのだ。
  けれどもマッドにとっては笑い話ではない。
  お化けカボチャのおっさんの事は、マッドは獣人達よりもずっと良く知っている。所々無精なと
 ころがある事も、カボチャの中身がもさもさな事も、そして何より、いつか一人で何処かに行って
 しまおうと考えている事も。
  ぎゅっと唇を噛みしめて、マッドは子供達に背を向けて、森の奥へと走り去った。