マッドは尻尾を振りながら、台所に椅子を運んでいた。ささくれの多い木の椅子は、座れば間違
いなく痛いだろうが、マッドは別にそれに座る為に台所に運んでいるのではない。マッドは、それ
を踏み台にするつもりだった。
四本ある椅子の脚は、一本一本の長さが違う所為で、立たせるとガタガタと揺れてバランスが悪
いし、おまけに作りも粗雑だから、重い物を乗せるとそのまま砕けてしまいそうだ。
だが、マッドの軽い身体程度ならば支えられるし、ガタガタと揺れてもある一点では必ず揺れは
止まるので、椅子の上に乗ったマッドがおかしな動きさえしなければ、再び揺れる事はない。
マッドは椅子に上ると、台所に準備していた俎板に向き直った――要するに、マッドは小さいの
で踏み台がなければ手が届かないのだ。
マッドが準備していたのは、人間達のところから取ってきたサツマイモと、自分で育てたカボチャ
だ。サツマイモは丸々と太っていたし、カボチャも最初に作った時と比べると、随分と大きくなっ
た。二つを満足そうに見下ろして、マッドは早速調理に取り掛かった。
サツマイモは、サンダウンに宣言したとおりにスイートポテトになる為に、完膚無きまでに潰さ
れるのだ。こねこねと、ただの黄色い塊になるまで捏ねられたサツマイモは、砂糖とバターを入れ
て更に捏ねられる。
ぽってりとした黄色い物体に指を突き刺すと、むにっと指がめり込んだ。引き抜くと、指の周り
に少しだけ黄色いものがついていた。それをマッドは舐めとって味を確認する。
「これくらいでいいんじゃねぇの……?」
甘味は。
マッドはふんふんと餡状になったサツマイモの匂いを嗅ぎながら、一人ごちた。
言い聞かせるように呟いたのは、間違いなく自信がないからだ。とはいっても、別に作り方やマ
ッドの舌・嗅覚が間違っているというのではない。
問題は、サンダウンがこれで良いと思うかという事だった。
いつの頃からか、サンダウンが別に物を食べなくても生きていける存在であると知った。それが
非常に当たり前のように受け入れられたのは、ずっとサンダウンと一緒に住んでいるからだ。だが、
同時にサンダウンが何か食べる事が出来るという事も知っていた。食べなくても良いし、食べても
良い、という非常に都合の良い性質を持っているわけだ。
そんなサンダウンに対して、料理の味を気にする必要などないとは思うのだが、サンダウンは意
外と甘い物が好きだったりする。マッドが作るご飯の中で、サンダウンが食べにくる確率が最も高
いのが、お菓子だった。お菓子をご飯代わりにするのもどうかと思うが。
そんなだから、スイートポテトを作るとマッドが宣言した以上、サンダウンはそれを食べるつも
りでいるだろう。だが、果たしてどれくらいの甘味がサンダウンの好みなのか。
基本的にサンダウンは料理の評価をつけない為、好みの味というのがいまいち分からないのだ。
むーん、と首を傾げて考えていたマッドだったが、けれどもあのおっさんカボチャの為に、そこ
まで考えてやる必要はないと考え、首を元の位置に戻すと、サツマイモの塊をぽんぽんと紙で出来
た型に盛り付け、オーブンの中に入れる。
オーブンを開いた時、そういえばサンダウンが、火を使う時は自分が傍にいないと駄目だと言っ
ていたな、と思い出したが、本人がいないのだから仕方がない。いないほうが悪い。
マッドはサンダウンの言いつけを無視し、オーブンの扉を閉じると、次にカボチャに向き直った。
こちらは、毎年作っているので、特に何かを心配する必要はなかった。
カボチャは、一番の目的は中を刳り貫いて、お面か提灯にする事。そして二番目の目的は、刳り
貫いた中身をペーストなりなんなりにして、食べれるものとする事だ。提灯やお面にするのは、サ
ンダウンが帰ってこないと出来ないが――小さいマッドには、例え茹でてあったとしてもカボチャ
の分厚い皮を切って顔を作るのは難しいのだ――中身を刳り貫くだけなら、スプーン一本あれば十
分だった。
マッドは茹であがったカボチャを手に取ると、スプーンで慎重に中身だけを取り出していく。そ
して種が混ざらないように、瓶に詰めていくのだ。
が。
種は別の瓶に保管しながら――これは畑に蒔くのだ――マッドは倉庫に保管してあるカボチャの
ペーストを思い出す。毎年毎年作っているカボチャのペーストは、マッドが自分でカボチャを作る
ようになってから、かなりの量が保管されるようになった。
もちろん、これらは食糧の少ない冬場には重宝するのだが、如何せん、飽きてくる。他にも木の
実などはあるにしても、やはり飽きる。
かといって、カボチャのパイやタルトなどは、どうしたって日が持たない。
マッドは小さな頭で、日持ちのしそうなものを考える。そうして思いついたのは、ごく普通のブ
レッドだった。特に何もしなければ、長々と持ちはしないが、乾燥させたりすればある程度は日持
ちする。
なので、マッドは早速、パンプキンブレッドの作成に取り掛かった。
倉庫の奥から、これまた人間達のところから取ってきた小麦粉の袋を引き摺り出し、ついでにク
ルミを詰めた瓶も一緒に持ってくる。あとは、シナモンなどの香辛料と、今朝取れたばかりの卵だ。
木のボウルに卵を割り入れて、くるくると掻き混ぜ、そこに少しずつ砂糖を加えていく。十分に
卵を解きほぐし砂糖となじんだ頃合いに、油と熱湯を少しずつ加えては、再び掻き混ぜる。
ゆっくりと時間をかけてボウルの中を掻き混ぜた後、マッドはクルミとカボチャをボウルの中に
入れた。
それらを小麦と混ぜて、捏ねて、マッドは三つほどの塊を作る。塊は、それぞれがパンの形にな
るように形を整えられた。
後は、スイートポテトが焼き上がった後のオーブンに入れるだけである。
一仕事終えたマッドは、洗い物を片づけると、踏み台から降りて、ぽてぽてと自分の寝床に向か
った。毛布が敷き詰められた寝床から、カボチャの人形と犬のぬいぐるみを引っ張りだし、ついで
に色んな絵が描かれた大きな本を引きずり出すと、それらを抱えてよちよちとオーブンの前に戻る。
オーブンの前にぽてん、と座ると、自分の両側にカボチャの人形と犬のぬいぐるみを置いて、床
の上に本を広げた。
オーブンを使っている間、何処かに行ってしまうほどマッドはお馬鹿さんではない。オーブンの
様子を見張りながら、マッドは本のページを捲っていった。
テーブルの上には、スイートポテトが熱を冷まそうと金網の上に乗せられている。オーブンの中
ではパンプキンブレッドがその肌をじりじりと焦がしているところだ。
マッドは床に寝転がりながら本を捲っている。
しかし、その耳は忙しなくぱたぱたと動いていた。
さくさくと近づいてくる足音を見つけたからだ。足音の重さと間隔から、それはサンダウンに違
いなかった。
本を見ながら、マッドの尻尾は知らず知らずのうちに揺れている。ぱったぱったと空気を掻き混
ぜる尻尾に、ぱたりと扉が開いた時の湿った空気が当たった。
「…………。」
背後で、周囲を見回す気配がした。しかしそれは直ぐに、マッドが転がっている床へと向いた。
そして、沈黙したまま歩み寄ってくる。
「……こんなところで寝転ぶな。」
酷く高い所で、呟く声が聞こえた。そしてすぐに、マッドの脇を掴んで抱え上げる。マッドの視
界はあっという間に高くなり、見下ろしていた本の絵は、ますます遠くなる。
抱っこされたマッドは、尻尾を振ったまま、ぷうっと膨れる。
「なにすんだよ、きゅうに。さては、おれをだっこしたくなったんだな。」
ふんふん、と背後にあるカボチャの匂いを嗅ぐと、少し湿った森の匂いがした。本当に、森の奥
にまで行ってきたらしい。
マッドを抱き上げたお化けカボチャは、マッドの言葉に特に反論はしなかった。
代わりに、もう一度視界を巡らせ、テーブルの上のスイートポテトと、中身を刳り貫いたカボチャ
を見つけたらしい。その視線の動きに気が付いたマッドは、サンダウンの手の動きを牽制する為に
吠えた。
「言っとくけどな!あんたがさいしょに手をだしていいのは、カボチャのほうだぞ!まだ、一つの
ちょうちんもつくれてねぇんだからな!」
スイートポテトはカボチャの次だ!
吠えるマッドに従って、サンダウンは大鎌を手から離すと、顔を作られるのを待っているカボチャ
に手を出した。