マッドが、嬉しそうにカボチャ畑のカボチャを収穫している。
  サンダウンのお面に出来るほど大きくはないが、けれども一年経つごとに大きくなっているカボ
 チャに、マッドはご満悦だ。当のマッド自身は、一年経ってもそれほど大きくならないが、本人は
 それを――今は――気にしていないようなので、サンダウンも口を噤んでおく。
  ただ、口を挟まずにはいられないのは、マッドの足元に転がっているサツマイモの件だ。どうや
 ら、人間の畑に忍び込んで、勝手に取ってきたらしい。マッドの言い分としては、代金としてカボ
 チャを置いてきたから良いとの事だったが、良いわけがない。
  大体。
  あれほど言ったのに!
  というのが、サンダウンの心情である。
  小さなマッドが、カボチャを置いてサツマイモを持って帰るところを、もしも人間に見られたら、
 一体どうなるか。愛くるしいマッドの姿は、恐怖よりも先に好奇の念を抱かせ、間違いなく捕えら
 れて愛玩用に売り捌かれてしまうだろう。
  マッドは、おれはそんなへまはしねぇ、と言うが、サンダウンはへまをするしないよりも、その
 可能性が一分でもある事のほうが問題なのだ。もし、という仮定は、それが決して起こらなかった
 としても、仮定された時点で仮定した人間の脳裏を蝕むのだ。
  そもそも、森の奥で鬼火に攫われそうになった事を、もう忘れたのか。
  サツマイモを抱えて、スイートポテトにするんだ、と息巻いている子犬を見下ろして、サンダウ
 ンはスイートポテトが食べられるという事実とマッドへの叱責の狭間で悶えていた。むろん、表情
 には出さないが。
  ぱたぱたと尻尾を振りながら、マッドはスイートポテトを作る準備に取り掛かったようだった。
 その様子を見ながら、サンダウンはマッドへの叱責は此処で置いておいて、今のうちに森狩りをす
 るべきだ、と思った。
  マッドを連れ去ろうとした鬼火。
  それだけは決して許す事が出来ない、この世の中で最も唾棄すべき存在だ。マッドを連れ去って
 一体どうするつもりだったのか。骸骨のように干からびた身体に鬼火を灯しふらつく輩が考える事
 は、決して愉快な事ではないだろう。
  ならば、今のうちに潰し消してしまわなくてはならない。
  マッドにもう一度手を出し、今度こそ手遅れとなってしまう事がないように。

    「おい、キッド。あんた、またへんなことかんがえてるんじゃねぇのか?」

  サツマイモを持ったままサンダウンの足元に近寄り、見上げてくるマッドは非常に可愛らしい。
 しかし、言っている事は微妙にきつい。変な事を『また』考えているとはどういう事か、まるでサ
 ンダウンが変な事を定期的に考えているかのようではないか。
  変な方向に思考が逸れそうになったが、とりあえずマッドには小手先の小細工は通用しない。ち
 ょっとそこまで出かけてくる、と言っても、ちょっとってどこだ、と問い返されるだけだろう。つ
 まり、正直に言っておいた方が良い。

 「……お前がスイートポテトを作っている間、すこし森の奥に行ってくる。」
 「……あんたの口からスイートポテトっていうことばが出てくるのは、なんかにあわねぇな。って
  か、なんでだよ!なにかってに出かけようとしてんだよ!おれにはあぶないから行くなって言う
  くせに!」

  危ない眼にあっているところを見たから危ないと言っているのだ。それが分からないのか、この
 子犬は。

 「さては、てめぇ!森のおくに、古いカボチャのおめんをたくさんあつめてるんだな!おれがあた
  らしいおめんをつくって、あんたにかぶせてることのあてつけに、こっそり一人になったときに、
  ふるきをしのんで古いおめんをかぶってるんだな!」
 「違う。」

  突然、はっと思いついたかのように、きぃきぃと叫び始めた子犬に、サンダウンは淡々と否定の
 言葉を吐いた。マッドが考えているような事は、何もない。あるとすれば、マッドが襲われた事を
 完全に忘れているらしい、鬼火だけだ。
  そう言うと、マッドは、ふんと鼻を鳴らした。

 「べつにわすれちゃいねぇぜ。ただ、おれはあんなのこわくねぇぞ。そりゃあ、かかわらねぇほう
  がいいとはおもうけどよ。」
 「……だろうな。」

  サンダウンも、マッドがあの鬼火を怖がるだろうとは思っていない。例え攫われたとしても、マ
 ッドはそれなりに楽しくやっていけるんじゃないかとも思う。
  だが、マッドは楽しくやれてもサンダウンはいけない。
  マッドを亡くしたサンダウンが、その後の永遠の人生を楽しめるはずがない。
  そう。
  怯えているは、サンダウンのほうだ。
  だから、たかが一匹の鬼火を、どうにかして踏み消そうと躍起になっている。

 「留守番くらい、一人で出来るだろう。」
 「あたりまえだろ!おれをなんだとおもってやがるんだ!」
 「じゃあ、良い子にして大人しく待っていろ。」

    マッドの黒い頭をふかふかと撫でて、サンダウンは踵を返した。サンダウンの頭の中には、なん
 としてでもあの鬼火からマッドを守らなくては、奪われないようにしなくてはという、昏い思いで
 満たされている。
  そんなサンダウンの背中に、マッドが、夕飯までには戻れよ、と叫んだ。

 
 
 
    森の奥は、暗い。
  人間ならば、一人で此処にこようとは決して思わないはずだ。眼に見えぬものを恐れる人間は、
 目に見えぬが故に感覚でそれらの存在を知る。そして本能的に近寄るべきではないと悟るのだ。
  それは、魔族とて同じ事。
  人間のように同族の姿が見えぬという事はない。蹲る悪霊も、鬼火も、その眼にはしっかりと映
 る。しかし、やはり関わるべきではない存在には鼻を蠢かせ、踵を返す。それは、サンダウンが自
 分自身に対して、長年他人から成されてきた事だ。
  愚者の炎を身に灯すサンダウンもまた、人にとって魔族にとって、忌むべき存在だ。
  そんな存在と関わってしまったばかりに、マッドには少しばかりそういった存在に対する恐れの
 ようなものが抜け落ちている。むろん、危険かそうでないかは分かるようだが、しかし恐怖は感じ
 ていないようだ。 
  まずい、と思う。
  マッドは獣人だ。鬼火などの彷徨う魂ではない。今はサンダウンの傍にいるが、いつかは獣人達
 と共に暮らし、サンダウンから離れていく。その時に、他の獣人達のようにサンダウンを忌み嫌わ
 なくてはいけない。他の獣人達のように、彷徨う魂から顔を背けなくてはいけないのだ。でなけれ
 ば、いつか、マッドに引き寄せられた鬼火が、マッドを何処かに連れて行ってしまう。
  今は、サンダウンがそれらを踏みつぶしていくから良いものの。
  サンダウンがこの先もずっと、マッドの為に鬼火を潰していくなんて都合の良い事は、決してな
 いのだ。そんな、サンダウンにだけ都合の良い事など。
  サンダウンは、ぱたり、と進める歩を止めた。
  シダの生い茂る、苔生した地面からは、手のように何本もの太い木々が伸びている。木々の間は
 シダが埋めているが、その更なる隙間を埋めているのは、闇だった。じっとりと湿気が沸き立つ、
 生命の温床。
  普通に考えれば、決して厭うべき場所ではない。
  ただ、そこに根を張ろうとしている鬼火が。
  サンダウンは、骸骨に薄い皮だけを張った人間のような身体を見つけていた。一見すれば、ただ
 の朽ち果てた屍に見える。
  しかし、ぽっかりと開いた口腔と眼窩に灯る、薄暗い炎が、それがサンダウンと同じ忌むべき魂
 である事を示していた。
  シダの間に枯れそうな長い髪を這わせるそれは、ずりずりと骨のような手足を動かしてシダの間
 からサンダウンに向かって移動している。
  それに目掛けて、一閃。
  サンダウンは無言で、手にした大鎌を振り下ろした。
  キヒィィィィィ!
  笑っているようにも聞こえる悲鳴を上げて、それは仰け反った。はらはらと土色の肌の周りを、
 古びた薄気味の悪い髪が舞い落ちる。   
  仰け反り、上を見上げた眼窩と口から、赤い光が。
  炎だ。
  鬼火の炎が、薄暗く、しかし自己主張を始めている。同時に、蔓のような髪が意志あるもののよ
 うに地面をのたうった。
  噴き上げる炎は、見る間に背の高い木々を一本燃やした。それほどに、高い火柱となっている。
 それに対して、サンダウンは一切の躊躇も、狼狽えも見せなかった。サンダウンには、目の前にい
 る鬼火の炎などどうでも良かったし、まして鬼火が何故そこに至ったかなどの背景など、それこそ
 興味を抱けなかった。
  サンダウンにとって一番重要なのは、この鬼火が、いつかマッドを連れ去るかもしれないという
 負の可能性だけだった。そして、その可能性の芽を潰す事こそが、サンダウンの最大の目的なのだ。
  だから。
  大鎌は、炎の柱すら引き裂くように、ぽっかりと虚無の口を開いた鬼火を顔から爪先まで、真っ
 二つに割った。