マッドは、ぽてぽてと森の中を歩いていた。
その後ろを、茶色いトカゲにしては寸胴な生物が三匹、それぞれ赤、青、黄色のフードを頭に被
り、歩いている。
マッドの友人――というかペットであった、おそらくサラマンダーが、昨年末に産み落とした卵
から産まれたのが、マッドの後ろをついてきている三匹のトカゲである。今や馬ほどの大きさにも
なったサラマンダーは森の奥深くへと立ち去って、マッドの前に姿を現す事はない。代わりに子供
達がマッドの元にやって来るようになったのである。
まだ、マッドの腕ほどの体長しかないトカゲ達は、ちょろちょろとマッドの足元を歩き回ってい
る。
ところで、サラマンダーは巨大化し、子供まで成した。
が、一方のマッドはといえば、まだ小さいままである。確かにちょっぴり大きくなったような気
もするが、せいぜい薄皮一枚程度の成長であり、お化けカボチャのサンダウンに、片手で抱え上げ
られるのを見ると、対して大きくなっていない事が分かる。
しかしそれは、別にマッドが悪いわけではないし、食事に問題があるわけでもない。
そもそも魔族は長命だ。種族によって寿命の長さはまちまちだが、一般的に人間に比べると遥か
に長い。吸血鬼のように、途中までは人間と同じように成長し、ある一定の年齢になると老化が止
まるものもいれば、樹木霊のようにゆっくりゆっくりと時間をかけて外見が年を取っていくものも
いる。
マッドのような獣人も、成長に時間がかかるタイプの魔族だった。火蜥蜴のように、皮を脱ぎ捨
てる度に大きくなっていくものとは違うのだ。
しかし、それ故に、人間達の中には魔族を永久の命を持っているのだと勘違いしている輩が多い。
実際は、永遠の命を持っていると思われているエルフも吸血鬼も、しっかりと寿命はあり、エル
フ達が葬儀をするのをマッドは遠目で見た事がある。吸血鬼は基本的に単独で生活する故、そうい
った死者を弔うような事はしないらしいが。
だが、その一方で、確かに死ぬ事のないものも存在するのも、確かな事実であった。
ただ、彼らは所謂死に人――つまり一度死した輩である。グールやスケルトンといった輩は、寿
命というものが存在せず、炎で燃やすしか死を与える事は出来ない。それよりももっと死から遠い
縁にあるのが鬼火であり、生と死の狭間を延々と彷徨い続けているのだ。
こうした連中を、果たして魔族と言い切って良いのかは甚だ疑問が残る。魔族にさえ忌み嫌われ
る彼らは、悪戯に人間達に伝承を与え、そして魔族への恐怖を増長させるのだ。
彼ら自身が、決して悪ではなく、恐れるに値しない存在であっても。
が、小さなマッドにしてみれば、人間が自分達を恐れる理由も良く分からないのだが、それと同
時に自分達魔族が、死に人を恐れる理由も良く分からない。
鬼火共は穢れているのだ。
光にも闇にも落ちる事ができず、審判の時を迎えても中空を彷徨うだけだ。
それは子供の頃から大人の獣人達に何度も言われてきた。が、小さなマッドには、いまいちピン
とこない。
おにびっていえば、キッドもたしかそうだったよな?
マッドは自分と一緒に暮らしているカボチャお化けの事を思う。お化けカボチャは、見た目はカ
ボチャを被った人間だ。しかし、その体内には決して消えぬ、悪魔から得たという燻る炎が燃え盛
っている。
つっても、おめんをはずしても、あいつただのおっさんだったぞ。
年に一回は必ずお面を新調する事を強要したマッドは、年に一回だけサンダウンの顔を見る事が
できる。その時の顔を見て、マッドはいたって普通のおっさんの顔だ、と頷くのだ。他の魔族達が
恐れるような、そんな恐ろしい面構えではない。ただのおっさんである。
きっと、思わせぶりにでかいカボチャを被って、巨大な鎌なんかを担いでいるから恐ろしく見え
るだけだろう。中身はただのおっさんだ。
ひときしり、サンダウンの事をおっさんと連呼して、その認識を改めて強固なものにしてから、
マッドはぽてぽてと森の奥へと向かう。
森の奥には、実は巨大な蜂の巣があるのだ。中身が完全に空洞化した木に蜂がみっしりと巣を作
り、そこにたっぷりと蜜を蓄えているのをマッドは発見していた。普通ならば蜂に刺されてしまう
だろうと思うだろうが、蜂は蜜を木の中に蓄えすぎており、彼らの活動拠点はマッドが動く地上よ
りも遥かに高い所にあった。それに多分、そろそろ新しい巣を探そうと考えているところだろう。
これ以上は蜜も蓄えられまい。
なのでマッドは、ゆうゆうと蜂の巣になっている木の根元に近づいて、そこに穴を刳り貫いて、
蜂蜜を頂戴しようと考えているのだ。
ふんふんと鼻歌を歌い、トカゲ達を引き連れて、マッドは左手に鋭い刃物を持って蜂蜜の木に近
づこうとした。
だが、木に近づく前に、マッドは小さい足音を立ち止まらせた。
黒い三角の耳をぱたぱたと動かし、マッドは周囲を見渡す。それを真似るかのように、足元のト
カゲも周囲を見回す。
黒い木々の陰には、何もいないように思える。だが、確かに何か不穏な気配がした。
すると、赤いフードをかぶったトカゲが、キィと高く鳴いた。はっとしてマッドが黒い眼を見開
いて眼を凝らすと、木の根元に茂っているシダの間に、何かが蟠っている。鈍い色をした長い毛が
とぐろを巻いて、白い肌に鈍い口腔と眼窩がぽっかりと空いていた。そこから、ちりちりとどす黒
い光が零れている。
細い骨のような白い手で地面を掻く仕草は、例えようもなく不気味だったが、マッドはそれを咄
嗟に鬼火だと思った。
身体の洞の中から炎を見せるのは、鬼火に違いなかった。
だが、マッドが見た事のあるどの鬼火よりも、それは醜く、不気味だ。トカゲ達も、キィキィと
騒いでいるところを見ると、どうやら関わるべきではない連中らしかった。
蜂蜜を諦めるのは惜しかったが、あんな変なものに関わる趣味は、マッドにはない。なので、ず
りずりと後退りして、そのまま身を翻した。
が。
何かに躓いたのか、マッドは、ぽてーんとこけてしまう。
「うきゅっ。」
衝撃に思わず声を上げれば、それに反応した老爺のような鬼火が、鈍くささくれた髪を伸ばして、
マッドの足を絡め取ろうとした。脚に巻きつかれたマッドは、じたばたと暴れるが、そんなことで
は毛は離れない。トカゲ達もひっぱったりしてくれているようだが、毛はずるずるとマッドを引き
摺って、自分のほうへと手繰り寄せようとしている。
がらんどうのような口腔が嗤うかのように歪み、骨ばった枯れた手がマッドの足を掴もうと伸び
る。
が、いよいよマッドを枝のような指で掴もうとた矢先に、枯れた身体に灯った鬼火は悲鳴を上げ
てのけぞった。途端に、マッドの身体は自由になる。が、すぐに今度は胴体を掴まれた。と思った
瞬間に、身体がトカゲ共々地面から浮く。
なんだなんだ、と思っているうちに、地面が疾走して、鬼火の悲鳴はあっという間に遠ざかって
いった。
トカゲと一緒に切り株の上に下ろされたマッドは、ぷくんと頬を膨らませた。
マッドが座っている切り株は、マッドが育てているカボチャ畑のすぐ近くにあるもので、つまり
マッドは自分の家に戻ってきた事になる。そして、マッドを此処に連れてくる者など、一人しかい
ない。
「あんなの、おれ一人でも、どうにかできたんだからな!」
何をどうしたのかは知らないが、どうやら自分は助けられたらしい。そして自分を助けたお化け
カボチャのおっさんに、マッドは牙を剥き出して吠えた。
吠えられたお化けカボチャであるサンダウンは、無言で頷いた。こと、マッドに関しては非常に
気を配っているこのカボチャは、勝手に森の奥へ奥へと進んでいったマッドを心配して、本日も後
をつけていたのである。
しかし、今日ばかりは、後をつけて良かった、と思わずにはいられなかった。
まさか、自分以外の鬼火が、この森をうろついているなんて。
鬼火は基本的には群れない。墓場ならともかく、こんな森の奥深くで群れる事はない。まして、
サンダウンという先住人がいるのなら、そこを避けるだろう。
なのに、いる。
という事は、もはやそれは理性さえも失った、燻る煙に近い存在なのかもしれない。
叩き潰しておくべきだ。
サンダウンは、ぷっくりと膨れているマッドの旋毛を見下ろしながら、思った。この森にいるの
はサンダウンだけではない。森の奥に入る事が出来るのも、サンダウンだけではない。此処には、
マッドがいる。マッドに危害が及ぶ事だけは、断じて避けねばならない。
サンダウンは手にした大鎌を抱え直し、いつ森狩りを行うか、ゆっくりと考え始めた。