お化けカボチャのサンダウンは、気になっている事があった。
  それはサンダウンの養い子である犬の獣人の事だ。黒い子犬であるマッドは、まだ小さく、背丈
 もサンダウンの膝ほどまでしかない。黒い頭に黒い三角の耳をピンと立てて、黒い尻尾をふりふり
 する様は、そこらじゅうの妖精やら魔獣やらを一瞬にして虜にする。
  それに、マッドの家柄も魔族にとっては非常に重要らしかった。
  異端であるサンダウンには良く分からない事なのだが、マッドの死んでしまった親は、高貴な家
 の出であったらしい。そういえば、形見として取ってある首輪も、舶来ものだった。
  そんなわけで、高貴な血を引いているマッドは、魔族達にしてみれば崇め奉ってもおかしくない
 存在だったわけだ。愛くるしい事も含めて。
  それ故に、マッドを育てているサンダウンに対しては、サンダウンがお化けカボチャである事以
 前に嫉妬のような眼差しをぶつけてくる事もある。サンダウンは特に気にしていないが。そもそも、
 サンダウンにしてみれば、マッドがサンダウンの傍にいるのはマッドが選んだ事なので、自分に文
 句を言われても仕方がない事なのである。
  それに、別にそれは今は問題ではない。
  問題は、マッドは高貴な家の出で、愛くるしい存在であるというのに、何故か一人で遊んでいる
 事が多いという事であった。
  マッドは可愛い。
  それは誰もが認めるところだ。老若男女千差万別あらゆる場所あらゆる時代問わず、マッドは可
 愛い。
  にも拘わらず、マッドは同世代の子供達とは遊ばずに、一人でカボチャの人形と犬のぬいぐるみ
 を持って遊んでいる事が多い。
  友達がいないのか、とサンダウンは密かに心配していたが、よくよく考えてみれば可愛らしいマ
 ッドと友達になりたくないと思う輩がこの世の何処にいようか、否、いない。マッドは、子供達の
 脳内では引っ張りだこにしてやりたい存在であるはずだ。実際、マッドがぽてぽてと一人で森を歩
 いていると――サンダウンはその様子を隠れて見ているのだ――何人もの子供が寄ってくる事もあ
 る。ただ、マッドを見るなり奴らは囃し立てるのだが、その内容も、どうやらマッドの気を惹こう
 として、わざと嫌がるような事を言っているようなのだ。
  むろんサンダウンは、そんな事を言われたマッドの機嫌が悪くなるのは分かっているので、そう
 いう時は颯爽と現れる事にしている。
  巨大な鎌を持つ、ぬっと背の高いお化けカボチャを見た瞬間、勿論、子供達は蜘蛛の子を散らす
 ように逃げ出すのだが。
  子供に逃げ出されたサンダウンは、やはり、と思うのだ。 
  もしや、マッドが一人で遊んでいるのは、サンダウンの所為ではないのか、と。
  マッドは高貴な生まれの獣人だが、サンダウンは忌み嫌われるお化けカボチャだ。マッドが傍に
 いるからこそ、最近では物を投げつけられたり、一方的に追い出されたりという事はなくなった。
 しかし、それでも未だに魔族達の中では、天国にも地獄にも行けない愚かな炎は、疎ましい存在に
 違いなかった。サンダウンも、それは分かっている。
  だからこそ、それ故に。
  マッドの存在によってサンダウンの存在が世界に浸透できたように、逆に、サンダウンの所為で
 マッドが世界から断たれてしまう事もあるのではないか。
  本気で、完全に親馬鹿と化しているお化けカボチャは、かなり本気で、マッドに友人がいないっ
 ぽい状態である事を気に病んでいる。
  が、当のマッド本人はあまり興味がないのか、カボチャ畑の世話をしたり、庭に新しい花の種を植
 えたりと忙しく暮らしている。そして暇な時は、カボチャの人形と犬のぬいぐるみで遊んでいる。そ
 してそして、そんな状態がますますサンダウンの気を悩ませるのだ。
  しかし、そんなサンダウンの心配などどうでも良いのか、はたまた見かねたのか、ある日からマッ
 ドは、決まった時間に出かけるようになった。昼ご飯を食べ終わると、とてとてとカボチャ畑を越え
 て何処かに行くのだ。追いかけようかとも思ったが、追いかけられる事が分かっているのか、マッド
 はサンダウンに黙って出かけるので、いつの間にかいなくなっている為、サンダウンは追いかけれた
 試しがない。
  最初のうちは、サンダウンも遊びに行くのなら、と思って眼を瞑っていたが、流石に何度も何度も
 繰り返されると、何か危険な事に手を出しているのではないかと勘繰ってしまう。何せマッドは、小
 さいくせにやたらと我が強く、危険な事にも手を突っ込みたがるし勝ち目がない相手にも噛みつきに
 いくのだ。
  もしもマッドに何かあったら、サンダウンは多分、魔族達にふるぼっこにされる。
  いや、それ以前にサンダウンが生きていけない。
  そんなわけで、何かが起こる前にマッドを捕まえて後をつけようと思っていた矢先。マッドが先手
 を打って、出かけていた理由を連れて帰ってきた。

 「なあなあ、キッドー。」

  ぽてぽてと可愛らしく歩いてくるマッドは、何かを引き連れている。

 「これってなんだと思う?とかげか?いもりか?」

  そう言うマッドの後ろをついて来たのは、茶色に黒の斑点のある、トカゲともイモリともつかない
 物体だった。ただし、大きさはマッドの身長ほどもある。

 「………なんだ、それは。」
 「それは、おれが聞いてるんじゃねぇか。」

  咄嗟に問うたサンダウンに、マッドは唇を尖らせて言い返した。
  しかし、サンダウンもそれは見た事がなかった。トカゲやイモリに近い身体つきをしているが、し
 かし、トカゲやイモリにしては、寸胴だ。首がない。しかも顔つきも全体的に丸みを帯びていて、眼
 は円らだ。口はなんだか笑っているような曲線を描いている。

 「さいしょは、これくらいの大きさだったんだぜ。」

  そう言って、マッドは自分の手で自分の顔の大きさくらいの幅を作る。しかしマッドの足元にいる
 トカゲ――多分、サラマンダーか何かだと思うのだが――は、マッドの身長ほどの大きさだ。マッド
 とそれが出会ってから、まだそれほどまでの時間が経っていない事を考えると、恐ろしい成長ぶりだ。

 「それに、こいつはふかふかしてんだ。」

  おおよそ、トカゲには似つかわしくない擬態語をマッドはそれに対して使った。そしてその証拠を
 示そうとトカゲの上に乗る。すると、トカゲはマッドの身体を、ふかふかと背中で受け止めた。

    「なあ、キッドー。こいつ、いったいなんなんだー?」
 「………。」

  サラマンダーだとは思う。
  しかし、ふかふかのサラマンダーなど、サンダウンは聞いた事がなかった。
  黙り込んでいるサンダウンを余所に、マッドは巨大なサラマンダーをずりずりと引き摺って、家の
 中に入れようとしている。それを見て我に返ったサンダウンは慌てて止めた。

 「どうするつもりだ。」
 「……おれのねどこに、いれるんだ。」

  こいつふかふかだし。
  そう言って、ぎゅっとサラマンダーに抱きつくマッド。ふかふかのトカゲは、嫌がる素振りも見せ
 ない。
  そうだった。マッドはふかふかのものが好きだった。布団も羽根布団よりも毛布のほうが肌触りが
 良いと言って好む傾向にあった。ざらざらのトカゲならともかく、ふかふかのトカゲは気に入っても
 仕方がない。
  マッドに気に入られたサラマンダーは、大人しくマッドの寝床で枕代わりになったり、マッドを背
 中に乗せて遊んだりしている。マッドも非常にご満悦だ。  
  しかし。
  しかし、どう考えても、トカゲは友人と言うよりも、ペットに近い。一人遊びをしなくなったとい
 う事実がなくなったとはいえ、同じ獣人の友人を作らずに、トカゲと遊んでいるのはどうなのか。そ
 れに、トカゲが寝床にいる所為で、サンダウンが眠ったマッドを自分の寝床に連れて行く機会は、め
 っきり減った――トカゲごと連れて行くのは、なんだか癪なのだ。
  トカゲとばかり遊んで、カボチャの人形は放ったらかしにされている。ぽてんと力なく寝床に置き
 っぱなしになっている茶色いポンチョが寂しい。
  と、思ったら、傍には黒い犬のぬいぐるみがいるから、あんまり寂しくないように見える。

 「…………。」

  どうやら、放ったらかしにされているのは、自分だけのようだった。