いきなり投げつけられた包みを顔から引っぺがした時には、マッドの姿は既に何処にもなかった。
女の匂い――というか香水の匂いを染みつかせてやってきたマッドに、むかっ腹が立った。しか
もその匂いは、女の為に買ったクリスマスプレゼントが原因だと言う。
サンダウンがマッドへのクリスマスプレゼントを考えている間、マッドは女の為に動いていたの
だ。勿論それはマッドの勝手であって、サンダウンにとやかく言う筋合いはないのだが、しかし自
分がマッドを想っていた間、マッドは全く自分の事など考えていなかったと思えば、どうしようも
なく腹が立った。
そして、あまりにも予想通りに、マッドがクリスマスを過ごすという事が分かって、いっそ乾い
た笑いが出そうだった。
マッドの事だから、クリスマスはきっと、誰か大勢に囲まれて愛されて過ごすだろう。サンダウ
ンのように、街の光に背を向ける必要なんてマッドにはない。サンダウンと一緒に過ごすなんて、
淡すぎる期待は、やはり何処にも介入する余地がなかった。その事が、マッドが女の為に買ったと
いうクリスマスプレゼントで肯定されたようなものだ。
マッドが小屋に戻ってきたその一瞬は、まるで夢でも見ているかのようだったのに。
そのまま抱き竦めて、小屋の中に引き摺りこんでしまって、その膝の上に薔薇の花束を乗せて、
跪いて口付けて。
けれどもそれは、女のような甘ったるい匂いで掻き消されてしまった。
いつもマッドから薫る葉巻の独特の甘さでも、マッド自身の肌の匂いでもなく、それら全てを覆
い尽くすような匂いに、サンダウンは自分が見ていた夢があまりにも儚い事に気付かされた。
大体、サンダウンと一緒に過ごすつもりがないのなら、戻って来なくても良かったのに。期待が
叶ったと喜んだ瞬間に絶望を味わうなど、いくらなんでも酷過ぎる。クリスマスの間はサンダウン
の事などどうでも良くなると言うのなら、サンダウンがいる可能性のある場所など訪れなければ良
いのだ。
華やぐ街の光の中で、仲間達に囲まれて、女の膝の上で愛されていれば良い。
サンダウンはマッドの姿を見ただけで、変に期待を抱いてしまうのだから、サンダウンの眼に決
して届かぬ場所で眠っていれば良い。
そんな我儘で自己中心的な事を考える迷えるおっさんに、当然の如くマッドは怒った。
ふざけんじゃねぇ、と怒鳴って、手に持っていた荷物を物凄い勢いでサンダウンの顔面に投げつ
けた。自己中心的な事をつらつらと語っていたサンダウンに、それを避ける余裕など何処にもなく、
サンダウンはマッドからの投球を甘んじて受け止めた。勿論、顔面で。
投げつけられたそれは、別に硬くはなかった。だから、サンダウンが痛みを覚える事はなかった。
ただ、ぶつけられると同時に思い切り息を吸い込んだので、投げつけられた物体の匂いを思いっ
きり嗅ぐ事になった。
鼻腔に一杯になったのは、葉巻よりも香水よりも、本当に芯の芯から甘ったるい匂いだった。
そして、それは硬くはないが弾力もない為、サンダウンの顔面の形に変形したっきり、もとに戻
らずサンダウンの顔にへばりついたままとなっていた。包んでいる紙袋から、なんだかじんわりと
水分が染み出している。
なんだ、これは。
べり、と引き剥がして視界を取り戻し、前を見れば既にマッドの姿はない。遥か遠くに黒い胡麻
粒のような影があるが、もしかして、あれがマッドだろうか。
あっと言う間に立ち去っていった賞金稼ぎに、サンダウンは少し心を痛めたが、けれどもマッド
が悪いのだと再び自己中心的に考える。サンダウンがマッドの事をどう思っているのかくらい、マ
ッドは知っているはずなのに、まるでサンダウンを嘲笑うかのような行動をするマッドが悪い。
そう思いながら、サンダウンは、マッドに投げつけられた物体を見下ろす。
茶色の紙袋に包まれた、それ。紙袋の中にもう一つ、わりと頑丈な四角い包みがある。が、その
頑丈な四角い包みもマッドが勢い良く投げた所為で、思い切り変形している。サンダウンの顔の形
に。
一体、自分は何を投げつけられたのか。
不審に思って、なんだか湿気ている包みを解く。途端に、いっそう甘い匂いが立ち込めた。そし
て包装を解いた手に、何やら白い塊がべったりとへばりついた。そして指の隙間から零れる赤い物
体。ころころと転がり落ちたそれを追いかけるように、更に蝋燭やら、この時期になると現れる赤
い服を着た老人を模した砂糖菓子やらか転がっていく。
茶色い包装の中には、やっぱり白い塊があちこちに飛び散っていて、その中心に黄色の、きれい
に膨らんだスポンジが甘い匂いを掻き立てている。
くずれた白い塊は、決して綺麗な飾りの形をしていない。御座なりにスポンジを取り囲んでいる
だけだ。その事が、その崩れた物体は、手作りであると知らせている。
そう言えば。
サンダウンは、手に付いた甘い白に眼を見開いて思い出す。
一度、マッドに手作りのケーキを作れと言い募った事がある。その時は、マッドは明らかに呆れ
たような眼差しでサンダウンを見て、全く相手にしてくれなかったのだが。
手の中で崩れた甘い物体に、サンダウンはうろたえた。
もしも、マッドがその事を覚えていて、サンダウンの為に持ってきたのだと言うのなら。
教会で並べ立てるような聖なる炎を燃やす為の蝋燭ではなくて、ツリーもサンタクロースも金銀
で彩られたようなものではなくて。玩具のような細く小さい蝋燭と、砂糖菓子のツリーとサンタク
ロース。生クリームは繊細な細工はされていない、ただスポンジを覆うだけ。それでも苺を挟んで、
苺を乗せて。
けれども、それらは全て崩れてしまっている。
サンダウンが拒絶して、マッドが放り投げて、崩してしまった。
一体、マッドは何を思って何を考えて、これを持ってきたのだろうか。サンダウンが悩んだよう
に、マッドも悩んだのだろうか。
もしも、そうだとしたら。
慌てて、枯れた草が生い茂る荒野を見渡した。
そこには枯れ草を揺らす冷たい風だけが駆け抜けており、そこには誰もいなかった。