小屋に帰ってみると、やっぱりマッドはまだ戻ってきていなかった。
がらんとした明かりのない部屋を眺めて、サンダウンは少し落ち込んだ。気分は妻が実家に帰っ
てしまった亭主の気分である。
果たして、クリスマスまでにマッドは帰ってくるんだろうかという、既に何度したか分からない
疑問を再び投げかけてみたものの、当然の如くそれに対する答えは何処にもない。というか、普通
に考えてみれば、マッドが戻ってくる可能性は、マッドの人気ぶりを考えてみれば非常に低い。
しょんぼりしてソファに沈み込むと、マッドが真剣に読んでいたクリスマスのレシピをまとめた
本が眼についた。それに手を伸ばして、ぱらぱらと捲ってみる。相変わらずそこに並んでいる言葉
はサンダウンが知らない言語だが、描かれている絵を見ればそれが何なのか分かる。
こんなものを見ていたという事は、少なくともマッドはこの料理をいずれ作る事があるはずだ。
しかし、それがいつとはマッドは言わなかった。真っ赤になりながら、お前に食わせる為ではない
と言っていたマッドを、あの時はただの照れ隠しだとしか思わなかったが、冷静に考えれば賞金稼
ぎが賞金首の為にそんな事するなんて事有り得ないわけで。
一人になったサンダウンは、こうしてマッドが戻ってくるだろうかと不安に思っているわけであ
る。
もし帰って来ないとなると、とサンダウンは脇に置いたプレゼントの包みに、ちらりと視線を向
ける。マッドが好みそうなシックな黒い包装とシルバーのリボンが結ばれたプレゼントは、受け取
り手がいない今、酷く冷たい色合いをしている。
その脇に一緒に置かれているのは、深い緑をしたアルコールの入ったガラスボトルと、光沢のあ
る白い布で包まれた花束だった。
まだ蕾のままの、赤い薔薇の花束。
花屋の店先で買ったそれは、マッドを想像しながら買った所為か、刺が付いたままだ。
クリスマスという季節に合わせてポインセチアにしようかと迷ったが、艶やかな薔薇を見た後で、
どちらをマッドに手渡せば良いのかと考えれば、どうしたって薔薇のほうを選んでしまうというも
のだ。
まるで、その為に生まれてきたのではないかと思うほど、薔薇が似合う男に、薔薇を手渡さない
のはそれ自体が罪だ。
ただし、マッドにすぐに手渡せるとは思わなかったので、蕾を選んで買ってきたのだが。
果たして、蕾が綻んで、大輪に咲き誇った時に、マッドが現れるだろうか。薔薇が枯れて萎むま
でに、マッドは戻ってきてくれるだろうか。
もしも帰ってきてくれなければ、手渡せないプレゼントになど意味はなく、枯れた薔薇になど些
かの意味も込められない。せいぜい、こんなに待っていたのに、という恨み節にしかならない。
マッドに、そうした恨み節をぶつけても、確かに良いは良いのだが、そんな事をしたってマッド
の表情が曇るだけである事をサンダウンは理解している。
そもそも、待ち合わせをしたわけではない。サンダウンは、マッドから、クリスマスを一緒に過
ごすという約束を取りつけてなどいない。
それは、いつだってそうだ。
この小屋で出会う時に限らず、荒野の何処かで決闘をする時だって、何か特別な約束を取り付け
た事など何処にもない。マッドは腐れ縁だと言うが、確かに、まるで吸い寄せられるように出会っ
て、別れる。
そこには、マッドの賞金稼ぎとしての意志が働く事もあれば、サンダウンが微かな期待を寄せる
事もある。
けれども、基本的には、偶然と言う名前が重なりあって、出会うのだ。
その偶然を、クリスマスにまで求めるのは、図々しい事はサンダウンとて理解している。街の賑
やかな明かりや、酒場から流れ出る誘いの歌が、きっとマッドを引き止める。全ての明かりと歌声
が消え去りでもしない限り、マッドがサンダウンのもとに迷いなく来る事は考えられない。
マッドが、自分の意志でサンダウンのもとに来ない限りは。
幾つものクリスマス料理が描かれている本を閉じて、マッドの中に、何処までサンダウンのもと
に来る意志があるかを考える。
手の中で閉ざされている本をマッドが読んでいた事を考えれば、マッドがクリスマスに何らかの
行動を起こす事は思い付く。ただし、それがサンダウンの為であるかどうかは分からない。やや天
の邪鬼なきらいのあるマッドの言葉を額面通り受け止めるか、或いは反転して受け止めるか。
そして、サンダウンとマッドの間にある夾雑物が、何処まで障害となり得るか。普段のマッドは、
サンダウンを見れば尻尾を振りたくる犬のように追いかけてくるが、賑やかしい歌と祈りの声と、
艶やかな光に満ちた世界を飛び越えてまで、サンダウンを探しに来るだろうか。
サンダウンのもとに来ても、何の得にもならないのに。
マッドは、サンダウンがプレゼントを用意しているなんて思わないだろう。それに、酒も薔薇も、
もしかしたらマッドなら両手では抱えきれないほど貰っているかもしれないのだ。むしろ、サンダ
ウンが買ったものよりも、ずっと高価な物を貰っているかもしれない。
サンダウンが運良くマッドに手渡せたところで、マッドは既に飽き飽きしているかもしれないの
だ。プレゼントという名が付く物に。
サンダウンは自分が用意した赤い薔薇を見下ろす。これもまた、マッドにとっては数ある花束の
一つに過ぎないかもしれないのだ。記憶にさえ、残らないかもしれない。
枯れるまでに、と願っているのだけれど。
いっその事、枯れた花を贈れば、その中に何か一筋、痕を残せるだろうか。