あのおっさんは、何を考えているんだろうな、とマッドは思った。
別れる時、何か物言いたげに、じぃっとこちらを見ていた。
サンダウンがそういう眼をする時は、決まっていつも、マッドに何かを求めている時だ。ご飯と
か。
そういう眼差しで見つめられるたび、口で言えよ、とマッドは思う。
確かにマッドは、他の誰よりもサンダウンの表情を読む事に長けているのかもしれない。長年追
いかけ続けた果てに、その無表情の中の微妙な変化を見つけ出す事が、何故か得意になった。
しかし、だからと言って、じぃっとこちらを見つめるサンダウンが何を言いたいのか、全て分か
るわけではない。いや、見つめられるだけでは、何の事やらさっぱり分からない。
その度に、言いたい事があるのなら、きちんと言葉にしろと言ってやりたくなるのだ。というか、
何度も言った。が、サンダウンはそれを改善しようとしない。
鬱陶しく擦り寄るのではなく、ただ、じぃっとこちらを見つめる男が、何を考えているのかなん
て、マッドにはどれだけ考えても分からないのに。
ただ、あの男が、何かに怯えて、何か自分に対して自信がなさげなところがある時に、ああいう
眼をしてマッドを見る。言わば、縋るような眼付き、とでも言うべきか。
あれだけの銃の腕を持ち、いつも飄々としてマッドをあしらう癖に。
そういえば、とマッドは思う。
クリスマスのレシピを見ていたら、何だか非常に喜んだな、あのおっさん。
別に、クリスマスをあのおっさんと一緒に過ごすなんて事を考えたわけではない。断じて違う。
サンダウンにもそう告げた。お前の為にクリスマス料理を作るわけではないのだ、と。
だが、それでも、サンダウンが変に期待をしていたというのなら。
いや、そもそもなんで賞金首が賞金稼ぎと一緒にクリスマスを過ごしたいだなんて思うのか。そ
の時点で、色々と間違っている。
マッドも、特に、クリスマスの予定は特に決まっていない。その日も仕事をしている可能性だっ
てある。賞金稼ぎとはそういうものだ。確かにクリスマス時期は、ならず者達も敬虔な気持ちにな
るのか、大きな騒ぎが多発する事はない。しかし、それでも何かが起こるのが西部の荒野だ。だか
ら、突発で仕事をする事だって有り得る。
何もなければ、賞金稼ぎ仲間と酒場に雪崩れ込むか、娼婦達と抱き合って過ごすか。前者だと酒
の準備が必要だし、後者なら花束なりなんなりと準備する必要がある。クリスマス前から忙しくな
るのだ。
だから、サンダウンと一緒に過ごすなんて事、普通に考えれば有り得ない。
そんな事、サンダウンだって分かっているはずだ。
全てを知らないとは言え、サンダウンはマッドが普段どんなふうに生きているのかくらい、知っ
ているはずだ。
マッドはサンダウンのように、孤高に生きているわけではない。一人きりで荒野を彷徨う事はあ
っても、街に戻れば手を広げて迎え入れてくれる場所は沢山あるし、その気になれば群れて狩りを
する事だってある。
サンダウンのように、世界に、乾いた砂と青い空しかないわけではない。
マッドの世界には、もっと沢山のものがある。サンダウンだけしか、選択肢がないわけではない。
そこまで考えて、マッドはぎょっとする。
まさか、サンダウンの世界には、マッド以外の選択肢がないわけではないだろうな、と。
そんなはずがない。如何にサンダウンが孤高と言えど、何処かで女を抱いている事くらいあるだ
ろうし、マッドだけを選択肢にする必要もない。だが、もしも、その選択肢をサンダウンが勝手に
狭めているのだとしたら。
もしや、本気でクリスマスをマッドと過ごすつもりではあるまいな。
そんな必要もないのに。
クリスマス前の店先には、何処から取り寄せたのか、わざわざツリーを飾っているところもある。
金銀のモールや、青や赤のオーブを吊り下げたツリーの上では、クリスマス・リースがぶら下がっ
ている。
サンダウンだって、これらを誰かと見に来たっていいはずだ。それが似合うかどうかはともかく
として。マッドをじぃっと見つめて、それ以外の事は全て諦めたような表情をしなくても良いのに。
マッドだけを選択肢の中に入れて、それ以外を排除する必要はないのに。
本当に、一体、何を考えているのか。
クリスマスにマッドと一緒に過ごしたいとか思いながら、クリスマスツリーも、クリスマスリー
スも、何もかも排除するのか。
それともあのおっさん、まさかとは思うが、今頃あの小屋をクリスマス一色の色合いで飾り立て
たりしていないだろうな。
その光景を一瞬想像し、マッドは身震いした。
小屋の中にクリスマスツリーと、クリスマスリースが飾られて、ポインセチアまで何処からか入
手しているんじゃないだろうか。もしかしたら、サンタの衣装まで手に入れているかもしれない。
そんなの、嫌だ。
別に、クリスマスの時期が嫌いなわけではない。あちこちで聞こえる讃美歌の声も、金銀赤緑に
彩られる街並みも、いつもよりも明りの多い路地も、それらの煌めきは嫌いではない。
だが、あのおっさんが、似たような事をよりにもよってあの小屋の中でやらかしているというの
は、想像すると何故か薄気味悪い。しかもそれをやらかしている場合、間違いなくその対象者はマ
ッドなわけで。
そんなの、冗談抜きで、勘弁してほしい。
いや、別に、サンダウンと一緒にいるのが嫌だとかではなくて、そんなクリスマスの演出なんぞ
をいい歳した男二人でやって何が楽しいのか。
大丈夫だ、あのおっさんは基本的に面倒臭がりで動かないから大丈夫だ、と思うものの、これま
でにマッドの知らないうちにリフォームを企てているので、安心はできない。
ポインセチアくらいまでなら勘弁してやるが、それ以上の事は、嫌だ。厩が金銀のモールで覆わ
れているなんて、嫌だ。しかもあのおっさん、飾り立てるだけ飾り立てて、多分そのまま放置する。
そうなった場合、片付けるのは、マッドの役目だ。
そんなの、嫌だ。
マッドは自分の妄想に身震いをして、サンダウンがとち狂った事をしないように、早めに小屋に
戻る必要があると思った。