マッドの挙動が不審だ。
  さっき――いや昨日から、非常に不審だ。



  サンダウンは、マッドの指に銀の輪が嵌っているのを見て、非常に満足していた。嫌がられるか
 とも思ったのだが、マッドは大人しくそれを指に嵌めこんで、時折それを見つめては頬を赤らめて
 いる。その様子も、サンダウンを非常に満足させた。
  そのまま抱き締めたいと思いながら、しかし今はマッドは料理中であると言い聞かせ、抱き締め
 たい衝動を抑え込む。
  頬を赤らめたまま料理をするマッドは、そそるものがあるのだが、邪魔をすれば怒るのは眼に見
 えている。
  しかし、サンダウンの心境など分かっていないのか、マッドは時折サンダウンに視線を向けて、
 サンダウンと眼が合うたびに頬を赤らめて、慌てて視線を逸らす。それら一連の行動は、普段のマ
 ッドを思えば挙動不審としか言いようがない。が、それ以上に可愛い。なんだ、この、可愛らしい
 生物は。
  実を言えば、サンダウンはサンダウンで、マッドがすぐ傍にいる事に戸惑っていないわけでもな
 かった。傍目にはそうは見えないだろうが、サンダウンはマッドとクリスマスを過ごせるなんて事
 は、想像した事はあっても叶うはずがないと諦めていたのだ。
  だが、現実ではマッドはサンダウンの腕の中にいたり、サンダウンから贈られた銀の指輪を嵌め
 たり、サンダウンの為に料理を作ったりしている。夢じゃないだろうか、と思ったが、どう考えて
 も夢ではない。
  ただ、マッドが何をそんなに頬を赤らめたりしているのかが、分からない。
  指輪を贈った所為だろうとは思うのだが、しかし、それだけではないような気もする。
  なんだろうか、と思いながら、サンダウンは念願のローストチキンと、再びマッドが作ってくれ
 たケーキを突く。そのどちらも、食欲をそそる香りが漂い、ましてマッドが作ってくれたのだから、
 多少の無茶はしてでも、サンダウンは全て胃の中に収めるつもりでいた。
  サンダウンが、もそもそと食事を胃袋に詰め込んでいる間、マッドも同じように食事に手を付け
 ていたのだが、時折何か上の空のように手を止める。それを見咎めてサンダウンが視線を向けると、
 はっとしたように顔を背ける。
  顔を背けられて、ではサンダウンが落ち込むかと言えば、マッドの頬が赤くなっているので、そ
 うはならない。ただ、一体何をそんなに恥ずかしがっているのかと疑問に思うだけだ。

 「………どうかしたのか?」

  耐えかねて、と言うか物凄く気になって訊いてみると、マッドは頬を赤くしたまま俯いた。耳ま
 で赤いのが、可愛い。

 「な、なんでもねぇよ。」
 「だが、顔が赤い。」

  そう指摘すると、ますます赤味が増した。その顔で、ぎゅっと睨みつけてくる。ので、全く威圧
 感がない。

 「うるせぇ!放っとけ!」
 「そういうわけにもいかん。」

  サンダウンは胃袋に料理を詰め込むのを止め、マッドの傍に行く。

 「………どうした?それは、私の所為か?」

  耳朶を噛むように囁くと、マッドは完全に茹でダコになった。眼も少し潤んでいる。やりすぎた
 か、いやしかし、こんな事くらいでこんなふうになるなんて、と心の中で思っていると、マッドが
 潤んだ眼で睨んできた。勿論、怖くない。

 「てめぇが変な時にプレゼントを渡すから、俺のほうがタイミングを逃したんだよ、馬鹿野郎!」

  マッドの指で、ちかり、と指輪が瞬いた。

 「……お前の?タイミング?」

  何の事か分からずに問うと、マッドが顔を背ける。もういい、と呟く彼を追いかけ、サンダウン
 は問い掛けを続ける。

 「良くない。何の事だ?プレゼントとお前に何の関係が……。」
 「だから、放っとけよ、もう!」
 「そうはいかん。」

  このまま放っておくと、何かとんでもないものを見逃してしまいそうな気がする。だから、サン
 ダウンはしつこく聞いた。そして、ついにマッドが吐き捨てる。

 「俺が、あんたにプレゼントを渡すタイミングを逃したって言ってんだよ!」

  白状した途端、マッドは頭から湯気を出して、きゃーと叫んで顔を覆った。もちろん、顔は真っ
 赤である。

 「あんたの所為だ!あんたが変な時にプレゼントを渡すから!」

  しかもそのまま、と言い掛けて再び、きゃーと叫ぶ。色々と忙しそうだ。そんな忙しいマッドに
 サンダウンはぺったりとひっつく。

 「そうか……マッド。プレゼントを……。」

  呟くサンダウンも、思いもかけない事実に、少しばかり声が上擦った。

 「それで、何処にあるんだ?」

  渡せ。今すぐ渡せ、寄こせ。

 「てめぇにやるなんて言ってねぇぞ!」
 「言っただろう。」
 「ああちくしょう、言ったよ、くそ!」

  頭からもうもうと湯気を出しながら、完全に混乱しているマッドは、観念したのかエプロンの下
 から白い上品な箱を取り出した。それを、マッドの気が変わって引っ込めてしまわないうちに、サ
 ンダウンは奪い取る。奪い取ってから、マッドに窺いを立てる。

 「……開けてみても?」
 「好きにしろよ!」

  冷静な時分ならば、奪い取っておいて今更、と言えただろうが、生憎とマッドは頭から湯気を上
 げていて、それどころではない。もそもそと箱を開けるサンダウンさえ、まともに見れていない。

 「マッド……。」

  箱を開け終えて、中に鎮座しているものを見つけ、サンダウンはマッドに再び擦り寄った。銀の
 蓋にしなやかに描かれた馬のシルエットを弄りながら、耳元で、囁く。

 「……高かったんじゃないのか?」

  カチカチと正確に刻む時計盤を見る限り、決して生半可なものではないだろうし、描かれた細工
 の一つ一つが見事な職人技だ。こんな懐中時計、そのへんでは売っていない。

 「うるせぇ!俺を誰だと思ってやがる!マッド・ドッグ様が、懐中時計の一つや二つ買えねぇわけ
  ねぇだろうが!」

  じたばたと吠える犬。
  その犬の真っ赤に染まった頬に口付けを落とすと、頬が更に熱を持ったようだ。色事に長けてい
 るように見えるのに、妙なところで恥ずかしがる。それとも、それは自分が相手だからだろうか。
 だったら、良いのに。
  だが、それ以上の望みは高望みであると知っているサンダウンは、それ以上の想像を止める。
  代わりに、マッドに問うた。

 「しかし、何故、時計だ……?」
 「やかましい!文句があるってのか!別に、てめぇに馬の模様が似合うと思ったとかそんなんじゃ
  ねぇんだぞ!」
 「そうか。」

  ぽろぽろと不用意に零れるマッドの言葉。どうやら、サンダウンがマッドに似合う物を探したよ
 うに、マッドもサンダウンに似合う物を探したらしかった。マッドが、サンダウンの魂の形をどん
 なものと見たのか、微かにだが分かったような気がした。

 「……大切にする。」

  心底からそう告げると、

 「はん、食うに困ったら売ったってかまわねぇんだぜ。」

  と、憎まれ口が返ってきた。