また馬鹿な事を言い出した親友に、ストレイボウは眉間に皺を寄せた。
「いや、だって、おかしいじゃないか。クリスマスというのは家族で過ごすものなんだろう?だっ
たらどうして君は、また、教会の仕事の手伝いなんかやってるのさ。」
「この日が教会にとって重要な一日であって、俺は神の家の住人としてその役割を果たさねばなら
ないからだ。ついでに言うなら、俺には家族はいない。」
何年も前からストレイボウがやっている仕事について、今年になっていきなりケチをつけ始めた
ルクレチア一の剣士は、ストレイボウのにべもない返事に、口を尖らせた。
「何言ってるんだい。それを言うならば神父こそ、その仕事をするべきじゃないのかい。」
「神父様は今日は家族のもとにいらっしゃる。今朝は朝早くからミサをしていらっしゃったからな。」
そう言い聞かせると、ふん、とオルステッドは鼻を鳴らした。
「それがおかしいって言ってるんだよ。正直言って、私には神父が君に面倒事を押しつけているよ
うにしか見えないね。」
「オルステッド!」
放たれたオルステッドの言葉に、ストレイボウは語気を荒げた。そして周囲を見渡し、人の気配
がない事を確認して、安堵の吐息を零す。そして、明らかに不敬罪に問われかねない言葉を吐いた
オルステッドを睨みつけた。
「滅多な事を言うな。」
「誰もいない事くらいかくにんしてるさ。それよりも、君にそういう自覚はないのかい。」
厄介事を押し付けられているっていう。
真剣な眼で問うオルステッドに、ストレイボウは再び溜め息を吐いた。今度の溜め息は、安堵で
はなく、呆れのそれだったが。
勿論、ストレイボウにだってオルステッドが考えた事くらい考えている。神父が、ストレイボウ
が魔法使いという、教会から見れば唾棄すべき存在である事に眼を瞑る代わりに、色々な仕事を押
し付けているのであろうという事くらい。ストレイボウに両親がいない事も、拍車を掛けている。
だが、それをストレイボウが理不尽と思う事はない。いや、思ったとしても口にすべき事ではな
いし、ストレイボウ自身が自分の存在が疎ましいであろう事は分かっている。
「いい加減にしろ。大体、そんな事を言うくらいなら、お前が手伝えばいいんじゃないのか。」
聖誕祭を迎える為の準備。
それをストレイボウは毎年一人で執り行っている。
そして、それについてオルステッドは毎年、君がしなくても良いじゃないかと文句を言うわけだ
が、一度たりともストレイボウを手伝おうとした事はない。
すると、オルステッドは首を竦めた。
「その準備は、敬虔な人間がやらないと意味がないんじゃないのかい?」
生憎と私は敬虔な人間じゃないから。
「ああ、でもそういう意味で言えば、君くらいしか敬虔な人間はいないね。この国には。」
そのまま続けられた言葉に、ストレイボウは再び声を上げた。
「オルステッド!」
「だから誰もいないさ。」
しん、と静まり返った教会の中で、ストレイボウは首を振る。どうして、ここまでオルステッド
が言葉に爛漫であるのかが分からない。まるで、自分の言葉に間違いがないと言わんばかりに。
いや、確かに間違いはないのだが、ストレイボウにしてみれば、その言葉は教会に背く言葉で、
口にしてしまえばそのまま火炙りにされてしまう。その恐れは、もしかしたらストレイボウが魔法
使いであるという出自故に、人一倍強められているのかもしれないが。
「不便だね、言いたい事も言えないなんて。特に君なんか、言いたい事は山ほどあるだろうに。」
魔法使いであるのに、その魔法をほとんど封じ込められている事。教会に歯向かう意志がない事
を知らせる為に、好きでもない仕事をしなくてはいけない事。
「私には、その一端くらい聞かせてくれたって良いだろう?」
「訳の分からない事を言うな。」
ストレイボウにはそんなに爛漫にはなれない。魔法使いとして生を受けた以上、自分に口枷をし
て生きるしかない。それは、オルステッドには分からない事なのかもしれないが。
しばし二人は見つめ合っていたが、やがてオルステッドのほうが諦めたように眼を背けた。
「分かったよ。じゃあ、早くそれを終わらせてくれよ。終わった後で、君の話を聞くさ。」
「お前に言う事など、何もない。」
「君ねぇ……。分かった。それじゃあ、何かに書いてくれればいい。何かに書いて、それを誰にも
見えないように隠してしまうんだ。そうでもしなきゃ、君は破裂してしまうよ。」
オルステッドの言葉の語尾には、ストレイボウに対する労わりがあった。君が心配だ、と嘘偽り
なく言う男は、それと同じくらい率直に願いを口にする。
「もしも、出来るなら、その書き留めた言葉を、いつか私に見せてくれたら良いんだけどね。」