マッドはがばりと身を起こし、自分が全裸である事に気がついて、頭を抱えた。
マッド、と低い声で何度も囁かれた。その度に身体が震えて、それを誤魔化そうと身を捩ったが、
きっとサンダウンには何もかもが分かっていたに違いない。サンダウンのかさついた手が、甘く腰
を噛む度に、仰け反って吐息を漏らしたのだから、分からないはずがなかった。
けれども自分をそんなふうに喘がせた男は、それについて笑う事はなかった。
むしろ、マッド以上に追い詰められたような表情で――といっても他人の眼から見ればやはりい
つもの無表情だったが――真面目にマッドに触れてきた。
サンダウンは、すぐにはマッドを弄ぼうとはしなかった。
前戯に入るよりも、それよりも先に、何度も何度も口付けてきた。マッドの唇を自分の唇で何度
も食んで、その感触を確かめているようだった。まるで、その感触がマッドの存在を確実なものと
するかのように。
角度を変えながら、深く深く唇を合わせてくる。舌を絡めて、腕が身体にしっかりと回されて、
どこもかしこも密着して。
もしかしたら、口付けだけで満足してしまうのではないだろうか。
そんな事を思ってしまうくらい、その口付けは長く、そして何度も行われた。他に身体を繋ぎ合
う術を知らないかのように。現に、マッドは口付けだけで情を交わした後のように、身体を弛緩さ
せてしまった。
ぐったりとしたマッドを、サンダウンは驚くほど丁寧に扱った。これまで何度も抱かれた事はあ
るが、これほどまで丁寧に扱われたのは初めてだった。
硝子細工に触れるかのようにマッドの肌に触れてきたサンダウンは、もしかしたら、まだマッド
が何処か遠くに行ってしまうのかと怯えていたのかもしれない。唇でマッドの肌に触れていくサン
ダウンは、丁寧に、けれどもマッドが何処にも行かないようにとマッドの手をずっと握っていた。
マッドの手に嵌めこんだ銀の輪を指でなぞりながら、他に言葉を知らないように、ずっとマッド
の名前を呼び続ける。その声は低く、焦がれを孕んでいたが、同時に怯えてもいるようだった。
きっと、マッドが一声、何か苦痛を形作る声を上げたなら、サンダウンはその手を止めただろう。
事実、サンダウンはマッドの喘ぐ声にさえ、怯えていたようだ。マッドが小さな悲鳴を上げれば、
すぐに宥めるように愛撫を柔らかいものに変え、マッドの声が落ち付くのを待つ。涙を一つ零せば、
慌てたように頬に口付ける。
触れ方を知らないかのように、マッドへの触れ方が分からないとでも言うかのように、手つき一
つ一つには怯えがあった。
それでも、サンダウンは優しく、そして容赦なくマッドの身体を開いていった。特に、マッドの
双丘の奥に関しては、舌と指で徹底的に解された。嫌だ、とマッドが言えばすぐに離れていったけ
れど、ややしてから、再び触れてくる。そうやって、何度も何度もマッドに羞恥を与え、マッドの
身体を開いていった。
「良いか……?」
そして身体を貫く直前に、問われた。それは、初めての事だった。今までは、マッドの事などお
構いなしに入り込んでくるのに。
「良いのか、マッド……?」
マッドが嫌だと言ったなら。
きっと、そのまま引き下がっただろう。その時のサンダウンには、そういう気配があった。けれ
ども同時に、マッドが嫌だと言ったなら傷つくであろう気配もまたあった。
だから、マッドが構わないと言った時、心底嬉しそうに抱きついてきたのだ。マッドの指にある
銀の輪を何度も弄り、マッドの名前だけを繰り返して口付ける。
マッドが、快楽のあまり失神するまで。
そして、マッドを失神するまで貫き続けた男は、マッドの鳩尾の上で指を組んでいる。放浪者で
あるが故に微かに痩せてはいるが、それでも引き締まった筋肉はマッドよりも厚く、ぴったりと密
着している部分からは、とろりとした温かさが滲みだしている。
冬の寒さからマッドを守るかのように抱き締める男の腕の中で眼を覚ましたマッドが、まず真っ
先に思い出したものと言えば、料理の途中で放り出した七面鳥の事だった。全裸で男に抱き疲れて
いる時に思い浮かぶものではないが、思い浮かんでしまったものは仕方ない。
と言うよりも、七面鳥に思考を回さなければ、他の事――サンダウンに抱き締められて、そのま
ま流されてしまった自分の事を、嫌でも考えなくてはならない。
七面鳥、七面鳥、とうわ言のように呟いていると、いつの間に起きたのか――もしかしたら最初
から寝てなどいなかったのかもしれない――サンダウンが背中に口付けを落とし始めた。
「……寒いだろう、こっちに来い。」
身を起こしているマッドの手を引いて、再び腕の中に抱きこもうとしている男を、マッドは一喝
した。
「馬鹿野郎!そんなゴロゴロしてる暇があるか!」
俺の七面鳥が!と叫ぶと、サンダウンが呆れたような声で、もそもそと呟く。
「そんなに急がなくても良いだろう……。まだ時間はある。」
「うるせぇ!ゴロゴロしてるだけのてめぇが言うな!」
「……どうせ、食べるのは晩になるんだろう……。今から作っても冷めるだけだ。」
「やかましい、大体、大体!」
マッドはちらりと自分の指を見て、そこにしっかりと収まっている銀の輪を見て、頬を赤らめる。
「なんで、あんたはもうプレゼントを渡してんだ!こういうのはクリスマス当日に渡すもんじゃね
ぇのか!」
別に、そこに拘りはしないけれど、そもそもそれに拘っていたのはサンダウンではなかったか。
すると、サンダウンは眠たそうに呟く。
「……お前に渡す事が重要であって、いつ渡すかは重要ではない。」
クリスマスは口実だ、とサンダウンはむにゃむにゃと今にも眠りそうな声で言う。
「勿論、お前が傍にいれば良いとは思ったし、思っているが………。」
今、お前は此処にいるわけだし。
サンダウンは眠そうだが、それでもしっかりと腕はマッド獲得の為に動いている。ぎゅうとマッ
ドを抱き寄せて、マッドが何処にも行かないようにと圧し掛かるつもりだ。昨夜の怯えは何処に行
ったのか。
いつもの不遜なおっさんに戻ったサンダウンは、マッドにべったりと張り付いて、その日を過ご
すつもりのようだ。
「マッド……マッド、離れないでくれ。」
寝ぼけた声で、ぼそぼそと呟くおっさん。マッドの頬に唇を寄せ、マッドを離すまいとしている。
お前がいたら他には何も、と言っている声は、やっぱり眠たそうだ。しかしそれでも何とか言葉を
紡ごうとしているという事は、それが本心という事か。尤も、今ある他のものと言えば、七面鳥く
らいしなかないわけだが。
七面鳥よりもお前が良いと言われたマッドは、憮然としてサンダウンの腕の中に潜り込んだ。
そして、指の中から消え去るわけがない銀の輪をなぞりながら、サンダウンにどうやってプレゼ
ントを渡せば良いのかと、仄かに思い悩んだ。